文部省制定唱歌の歴史と保育での活用
実は文部省制定唱歌の約8割は作者不明です。
文部省制定唱歌とは何か|明治から続く音楽教育の礎
文部省制定唱歌は、明治14年(1881年)から昭和24年(1949年)まで、文部省(現在の文部科学省)が編纂・制定した学校教育用の歌のことです。西洋音楽を取り入れた日本の近代音楽教育の出発点となりました。
明治時代、日本は欧米の文化を積極的に取り入れていた時期でした。音楽教育もその一環として、伊澤修二らが中心となって「小学唱歌集」を編纂します。第一集は明治14年に発行され、全33曲が収録されました。
これが文部省制定唱歌の始まりです。
当時の日本には、子どもたちが学校で歌うための歌がほとんどありませんでした。そこで文部省は、西洋の音楽理論を基礎としながら、日本人の感性に合った歌を作ることを目指したのです。
特徴的なのは、多くの曲で作詞者・作曲者が明記されていない点です。これは国家事業として作られたため、個人名を出さない方針がとられたからです。約8割の曲が作者不明のまま現在に至っています。
保育現場で今も歌われる「春がきた」「うみ」「虫のこえ」なども、実は文部省制定唱歌です。100年以上前に作られた歌が、現代の子どもたちにも親しまれているということですね。
文部省制定唱歌の代表曲|保育でよく使われる童謡たち
保育現場で日常的に歌われている曲の多くが、実は文部省制定唱歌に由来しています。季節や行事に合わせて選ぶと、子どもたちの生活体験と音楽を結びつけやすくなります。
春の代表曲としては「春がきた」「春の小川」「ちょうちょう」があります。「春がきた」は明治43年の「尋常小学読本唱歌」に初めて掲載されました。シンプルなメロディーで、2歳児クラスでも歌いやすい曲です。
夏には「うみ」「われは海の子」が定番です。「うみ」は大正2年に発表され、広い海の情景を3拍子のゆったりしたリズムで表現しています。プール遊びの前後に歌うと、子どもたちの気持ちが水遊びモードに切り替わります。
秋の歌では「虫のこえ」「紅葉」「里の秋」が人気です。「虫のこえ」は明治43年の作品で、コオロギやスズムシなど秋の虫の鳴き声を歌詞に取り入れています。散歩で虫の声を聴いた後に歌うと、実体験と結びついて記憶に残りやすくなります。
冬は「ゆき」「冬景色」「お正月」があります。「ゆき」は大正2年の作品で、雪が降る様子を1番から3番まで丁寧に描写しています。初めて雪を見る子どもたちに、雪の降り方や積もる様子をイメージさせるのに役立ちます。
文化庁の著作権に関する資料には、文部省制定唱歌の多くが著作権保護期間を満了していることが記載されています。
つまり自由に使えるということですね。
これらの曲を季節の行事や日々の活動に取り入れることで、子どもたちは日本の四季を音楽を通して感じ取ることができます。
文部省制定唱歌が作者不明の理由|国家事業としての音楽教育
文部省制定唱歌の大きな特徴は、作詞者・作曲者が明記されていない曲が圧倒的に多いことです。現代の感覚では不思議に思えますが、これには明確な理由がありました。
当時の文部省は、唱歌を「国家による教育事業の一環」として位置づけていました。個人の創作物ではなく、国が責任を持って提供する教材という考え方です。そのため、関わった音楽家や教育者の名前を表に出さない方針がとられました。
実際には、伊澤修二、東儀季芳、上真行、奥好義などの音楽家や教育者が制作に携わっていました。しかし公式には「文部省編纂」とだけ記され、個人名は伏せられたのです。
この方針には別の理由もあります。西洋音楽と日本の伝統音楽を融合させる試みは、当時としては実験的なものでした。もし個人名を出して批判を受けた場合、その個人が責任を負うことになります。国家事業として匿名にすることで、そのリスクを回避する狙いもあったのです。
戦後になって研究が進み、一部の曲については作者が判明しています。例えば「春の小川」の作詞は高野辰之、作曲は岡野貞一だと分かっています。それでも全体の8割程度は、今も作者不明のままです。
保育現場でこの背景を知っておくと、子どもたちや保護者に「なぜ作った人の名前が書いてないの?」と聞かれたときに、歴史的な経緯を説明できます。
作者不明でも価値は変わりません。
むしろ国を挙げた音楽教育の成果として、今も歌い継がれている意義を伝えられるでしょう。
文部省制定唱歌を保育で使うメリット|発達に合わせた音楽体験
文部省制定唱歌を保育活動に取り入れることには、現代の保育においても多くのメリットがあります。単なる懐メロではなく、子どもの発達を支える教材としての価値が見直されています。
最大のメリットは、メロディーとリズムがシンプルで覚えやすい点です。文部省は子どもの音域や発達段階を考慮して曲を選定していました。例えば「ちょうちょう」は音域が狭く(ドからラまでの6音)、2歳児でも無理なく歌えます。
歌詞も子どもの生活に密着した内容が多く、理解しやすくなっています。「春がきた」なら「どこにきた 山にきた 里にきた」という繰り返しのリズムで、場所の概念を自然に学べます。言葉の獲得期にある幼児にとって、リズムと言葉が結びつくことは言語発達を促します。
季節感を養える点も見逃せません。日本の四季を歌った曲が豊富なので、行事や自然観察と組み合わせることで、子どもたちは季節の移り変わりを五感で感じ取れます。秋に「虫のこえ」を歌いながら散歩すれば、実際の虫の声と歌詞が結びつきます。
情操教育の面でも効果的です。文部省制定唱歌の多くは、自然の美しさや生活の喜びを穏やかに歌っています。激しい刺激の少ない優しいメロディーは、子どもの心を落ち着かせる効果があります。
著作権の心配がほぼない点も、保育現場にとっては大きなメリットです。ほとんどの曲が著作権保護期間を過ぎているため、発表会で使用しても、録画してDVDにしても、権利処理の必要がありません。
どんな場面でも使えるということですね。
ただし、アレンジされた楽譜や録音については、編曲者や演奏者の権利が発生する場合があるので、そこだけは注意が必要です。
文部省制定唱歌の選び方|年齢と季節に合わせた活用法
保育現場で文部省制定唱歌を効果的に使うには、子どもの年齢と発達段階に合わせた選曲が重要です。曲の難易度や歌詞の内容を見極めることで、音楽活動の質が大きく変わります。
0〜1歳児クラスでは、リズムが単純で音域の狭い曲を選びます。「ちょうちょう」「ぶんぶんぶん」のような繰り返しの多い曲が適しています。この時期は歌詞の意味を理解するよりも、メロディーを耳で覚えて体を揺らすことが目的です。
2〜3歳児クラスになると、簡単な歌詞付きで歌える曲が増えます。「春がきた」「うみ」など、日常生活で見聞きする言葉が出てくる曲を選びましょう。
音域はドからソくらいまでが目安です。
4〜5歳児クラスでは、歌詞の内容が少し複雑な曲にも挑戦できます。「虫のこえ」「紅葉」など、季節の移り変わりや情景描写のある曲が適しています。この年齢になると、歌詞の意味を理解しながら歌えるようになります。
季節に合わせた選曲も大切です。春なら「春の小川」「春がきた」を3月から5月にかけて歌います。実際に散歩で小川を見たり、花が咲く様子を観察したりした後に歌うと、体験と音楽が結びつきます。
夏は「うみ」「われは海の子」をプール活動と組み合わせます。水遊びの前に歌うことで、子どもたちの期待感が高まります。ただし「われは海の子」は歌詞が古風で難しいため、5歳児クラス向けです。
秋は「虫のこえ」「紅葉」を9月から11月に取り入れます。園庭や公園で秋の虫を探したり、落ち葉拾いをしたりする活動と連動させると効果的です。「里の秋」は少し物悲しい曲調なので、落ち着いた雰囲気の時間帯に歌うとよいでしょう。
冬は「ゆき」「お正月」「冬景色」を選びます。「ゆき」は雪が降る地域では実体験と結びつきやすいですが、温暖な地域では絵本や写真を見せながら歌うとイメージしやすくなります。
行事と組み合わせるのも効果的です。正月明けに「お正月」、節分前に「豆まき」(厳密には文部省制定唱歌ではありませんが同時期の曲)、ひな祭りに「うれしいひなまつり」を歌うことで、日本の伝統文化を自然に伝えられます。
選曲で迷ったら、まずは自分が歌いやすい曲から始めるのがコツです。保育者が楽しそうに歌っていれば、子どもたちも自然と興味を持ちます。
無理に全部歌う必要はありません。
年間を通して10〜15曲程度をローテーションで歌えば、十分に季節感や音楽体験を提供できます。
