角野栄子の本とエッセイが保育士に響く理由と全作品ガイド
読み聞かせをがんばるほど、子どもが本嫌いになる危険があります。
角野栄子のエッセイを保育士が読む意味と基本プロフィール
角野栄子さんといえば、真っ先に思い浮かぶのは『魔女の宅急便』でしょう。1985年に福音館書店から刊行されたこの作品は、13歳の魔女キキが自立を目指して見知らぬ街へ飛び出す成長物語です。現在も国内外で読み継がれているロングセラーですが、実は角野さんの著作は260冊を超えます。
角野さんは1935年、東京・深川生まれ。早稲田大学教育学部を卒業後、出版社に勤め、24歳でインテリアデザイナーだった夫とともにブラジルへ移民として渡りました。当時、片道切符だけを持って船に乗り込んだといいます。2年間のブラジル滞在で得た経験は、帰国後の作家活動の大きな土台となりました。
35歳での作家デビューは、決して若くはありません。その後、主婦として子育てをしながら7年間ひとりで童話を書き続け、50歳で『魔女の宅急便』を世に送り出しました。意外ですね。
2018年には、「小さなノーベル賞」と呼ばれる国際アンデルセン賞作家賞を日本人として3人目で受賞。その功績を称えた東京都江戸川区では、2023年11月に「魔法の文学館(江戸川区角野栄子児童文学館)」がオープンしました。建物の設計は隈研吾氏が手がけ、いちご色の内装で「コリコの町」の世界観を体験できます。
保育士にとって角野さんのエッセイが特別なのは、単に「名作の作者が書いた本」だからではありません。角野さんが50年以上の創作活動を通して培ってきた「子ども観」「想像力への考え方」「言葉への姿勢」が、保育の現場で役立つ具体的な視点に満ちているからです。
参考になる情報はこちら:角野栄子さんの国際アンデルセン賞受賞に際した江戸川区の選評と受賞内容について詳しく記載されています。
角野栄子のエッセイ代表作①『「作家」と「魔女」の集まっちゃった思い出』の内容と魅力
2019年に角川書店から刊行されたこのエッセイ集(文庫版2023年)は、2024年の角野栄子作品ランキングで第2位に入るほどの人気を誇ります。50年にわたる作家生活の中で各紙・誌へ寄稿してきたエッセイから選んだ珠玉の作品集です。
内容は非常に幅広く、亡き母のぬくもりを感じた幼少期の記憶、晩酌する父のあぐらの中で聞いたオノマトペ、ブラジルで偶然出会った「赤毛の魔女」との縁、小学生の娘から「普通のお母さんになってよ」と言われた日、紀伊國屋書店の新入社員時代に喫茶室で目撃した若き岡本太郎の姿など、鮮やかな記憶の断片が次々と綴られています。
喜びだけでなく、悲しみも人に力を与える。これが原則です。
保育士が読むと特に刺さるのは、角野さんが子どもの頃の原体験を大切にしているという点です。3歳で母を亡くした角野さんは、幼い日の断片的な記憶を作家としての感性の源泉にしています。子どもが日常のどんな小さな出来事からも物語を見つけ出す力を持っている、ということが行間から伝わってきます。
また「右にならえのように同じ言葉で書かれた子どもの手紙を読むと、将来が心配になる」という角野さんの言葉は、保育現場にも鋭く刺さります。保育士が子どもにとって多様な表現を認める環境を作ることの大切さを、改めて考えさせてくれる一冊です。
文庫版の解説は作家の小川糸さんが担当しており、読書感としても軽やかで読みやすいのも魅力のひとつです。
📚 作品詳細はこちら:KADOKAWAの公式サイトで内容・試し読みを確認できます。
「作家」と「魔女」の集まっちゃった思い出 – KADOKAWA公式
角野栄子のエッセイ代表作②『おいしいふ~せん』が伝える日常の愛おしさ
2023年11月にNHK出版から刊行された『おいしいふ~せん』は、食をテーマにした56編のショートエッセイ集です。発売直後から増刷を重ね、2024年のランキングでも第3位にランクイン。オールカラーのカラフルなイラストと小ぶりな装丁は、プレゼントにも最適と評判です。
内容は88年間の人生を「食」の記憶で振り返るというユニークな構成です。たんぽぽの汁を吸って亡き母を想った子ども時代、戦時下に弟と1個の卵を分け合った記憶、初めての食体験に驚いたブラジル生活、『魔女の宅急便』の読者から届いた「ゆすらんめのジュース」——それぞれの食の記憶に、生きた時代の手触りがくっきり刻まれています。
これは使えそうです。
保育士にとって気になるのは、食育の観点だけではありません。幼い頃の食体験が記憶にどう刻まれるか、というエピソードが随所に登場するからです。保育園でのご飯の時間、おやつの時間が、子どもの一生に残る感覚体験になりうるという実感を、角野さんのエッセイが静かに後押ししてくれます。
たとえば、弟と1個の卵を分け合ったという戦時中のエピソード。子ども2人でたった1個の卵を大切に食べた——それが角野さんにとって一生忘れられない「食の記憶」になっています。保育現場での「初めて食べた」「みんなで食べた」という体験が、どれほど子どもの心に影響するかを考えさせてくれる逸話です。
文章のリズムが軽快で、長い文章が苦手な方でも読み進めやすいのがこのエッセイの特長です。56編の短いエッセイで構成されているため、仕事の合間やお昼休みのスキマ時間に読むのにもぴったりです。
📚 作品詳細はこちら:NHK出版の公式ページで試し読みと購入ができます。
角野栄子のエッセイから学ぶ「読み聞かせ」の落とし穴と保育士への警告
保育士であれば、読み聞かせを毎日のように行っているはずです。子どもたちの前で絵本を開き、丁寧に声に出して読む——その行為はとても大切で、子どもの語彙力・想像力・情緒の発達に効果があると多くの研究でも示されています。
ところが、角野さんはあるエッセイや取材でこんなことを語っています。「読み聞かせはたくさんあるけれど、自分で読むようにならないと、本当の本好きにはならない。読み聞かせは〝聞き書〞であって〝読書〞ではない」と。
これは読み聞かせを否定しているのではありません。読み聞かせだけで満足してしまい、子ども自身が文字を追って物語を最後まで読み切る体験を持てないまま育つことへの警鐘です。つまり「読み聞かせ=読書体験の完結」ではない、ということです。
保育士として知っておきたいのは、子どもが「ひとり読み」へ移行するための橋渡しを担う存在でもあるという視点です。角野さんが提案するのは、「最初の数ページだけ読み聞かせて、おもしろいところで止める」という方法。残りは自分で読んでみて、という仕掛けです。子どもの「続きが気になる!」という気持ちを引き出すことが大事です。
もうひとつ覚えておけばOKです。「役に立つかどうかで本を選ぶと、子どもは読むのが嫌になる」という指摘です。教育効果を重視して選んだ絵本を子どもが嫌がる、という現象は保育現場でも起きがちです。大人が面白いと思った本を選ぶ、それだけで十分という角野さんの言葉は、保育士の本選びに対する姿勢を見直すきっかけになります。
参考:角野栄子さんの言葉をもとに「子ども自身が本を読む力を育む大切さ」について詳しくまとめられた記事です。
「言葉が失われつつある時代に」角野栄子さんが語る本と子どもの関係 – 天然生活
保育士が知っておきたい角野栄子の子ども観と「想像力」という魔法
角野さんがインタビューや講演で繰り返し語ることがあります。それは「想像力こそ、人間が持つ一番の魔法」という言葉です。2018年の国際アンデルセン賞記念講演でも、この考えを「想像する力は生きる力にもなる」と表現しています。
保育士にとって、この言葉は非常に重く受け取れます。子どもが積み木で遊ぶとき、泥団子を「ごちそう」に見立てるとき、砂場の山を「火山」だと言い張るとき——そのすべてが「想像力」の発露です。それは単なる遊びではなく、生きていくための力の根っこを育てている行為だということを、角野さんのエッセイや著作は繰り返し示しています。
角野さんが特に重視するのは「物語に教訓を押し込まないこと」です。戦争を描いた『トンネルの森 1945』でも、「戦争は悪い」とは一行も書かなかった。10歳の少女が目にした光景だけを記し、読者それぞれが感じることを大切にしています。この姿勢は、保育の場で子どもの気持ちを「こう感じるべき」と誘導することへの戒めとも重なります。
また、角野さんは子どもからの手紙が激減したことを憂えています。50年の作家活動の中で、子どもが書く言葉の量も質も変わってきたといいます。スマートフォンや動画が日常に溢れる今、子どもが言葉を使って「自分の気持ちを形にする」機会が減っています。だからこそ保育士が「子どもの言葉を受け止め、引き出す」役割を担うことが、以前より大切になっています。
角野さんのエッセイには、自分の子ども時代の経験・感情が生き生きとした言葉で描かれています。保育士がそれを読むことで、「子ども目線を取り戻す」効果があります。大人になるにつれて薄れていく「子ども感覚」を、エッセイを通じて追体験できるのです。
参考:角野栄子さんが語る「想像力と生きる力」についての講演・インタビューをもとにした記事です。
「想像力」は生きる力につながるもの——角野栄子さんが願っていること – パルシステム
保育士目線で選ぶ角野栄子の本リストと現場での活用アイデア【独自視点】
角野さんのエッセイは「読んで楽しむ」だけにとどめるのはもったいないです。保育現場での実践につなげるための読み方・使い方を、ここでは独自の視点で整理します。
まず「読み聞かせ導入本」として活用できるのが「アッチ・コッチ・ソッチの小さなおばけ」シリーズ(ポプラ社)です。全48巻を超えるシリーズで、食いしん坊のおばけ・アッチが主人公のユーモア溢れる童話です。4〜6歳の子どもへの読み聞かせに合わせやすく、内容も楽しいため「次はどうなるの?」と子ども自身が興味を持ちやすい構成になっています。読み聞かせから「ひとり読み」への橋渡しに使いやすい1冊です。
次に「職員間で共有したい一冊」として挙げたいのが、エッセイ集『「作家」と「魔女」の集まっちゃった思い出』(KADOKAWA)です。子育てしながら7年間書き続けた角野さんの姿が、保育士として日々働く人の「仕事と自分」を振り返るきっかけになります。角野さん自身が子育て経験者であり、「普通のお母さんになってよ」と娘に言われながらも書き続けた、という体験は、保育士が理念と現実の間で揺れる場面に重なる部分があります。
そして「自分の感性を磨く本」として、『おいしいふ~せん』(NHK出版)は最適です。88年間の人生を56の食のエッセイで綴るというユニークな構成は、日常の当たり前の場面を「特別なもの」として捉え直す視点を与えてくれます。保育士がご飯の時間や散歩の時間に子どもとどう向き合うか、そのヒントが静かに詰まっています。
実際の保育で使えるポイントをまとめると、次のような場面が考えられます。
- 🍳 食育の場面:『おいしいふ~せん』の食の記憶エピソードを参考に、「今日のごはんで一番好きなものは?」と子どもに問いかけ、感想を言葉にさせる時間を作る
- 📚 本コーナーの選書:「役に立つかどうかで選ばない」という角野さんの言葉を意識し、保育士自身が「面白い!」と感じた角野作品を棚に並べる
- 🎨 自由表現の時間:「右にならえにしない」という角野さんの子ども観をもとに、お絵描きや工作で「正解を決めない」ことを意識する
- 💬 保護者への発信:「読み聞かせ=読書体験の完結ではない」という視点を、保護者向けのおたよりや懇談会で紹介する
角野さんの本を読んで感じた気づきを、日常の保育の小さな場面に少しずつ取り入れてみてください。いきなり全部変えようとする必要はありません。たとえば今週の読み聞かせで1冊だけ「保育士が好きな本」を選んでみる、それだけでも十分なスタートになります。
参考:「魔法の文学館」の概要・所蔵冊数・子どもたちへの想いが詳しく掲載されています。


