お手玉の歌と日露戦争が保育現場を変える理由

お手玉の歌と日露戦争を保育に活かす方法

このわらべ歌を歌詞の意味も知らないまま子どもに教えると、保護者クレームに発展するケースが実際にあります。

📌 この記事でわかること
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歌詞と日露戦争の関係

「一列談判破裂して」の歌詞が生まれた明治時代の背景と、具体的な歌詞の意味・登場人物を解説します。

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お手玉遊びが脳に与える効果

日本大学・森昭雄教授の研究で、2個のお手玉遊びが難しいパズルよりも前頭前野を活性化させることが証明されています。

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保育現場での正しい活用法

歌詞の背景を踏まえた上で、保育士が現場で安心して使える導入方法・ねらいの立て方を具体的に紹介します。


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お手玉の歌「一列談判」と日露戦争の歌詞の意味とは

 

「一列談判破裂して、日露戦争始まった」——保育現場でこのフレーズを耳にしたことがある保育士は少なくないはずです。しかし、この歌詞が具体的にどの歴史的事件を指しているのかを正しく理解している保育士は、実はそう多くありません。

「一列談判」とは、明治37年(1904年)1月に日本とロシアの間で行われた最後の外交交渉が決裂したことを指しています。「一列」の語源については諸説あり、「一月(=日露開戦直前の1904年1月)」の転訛という説や、「日列(=日本対列強)」の転訛という説、さらには交渉会場のテーブルが一列に並んでいたからという説まで存在し、現在でも確定していません。意味不明の言葉のように聞こえるのは、そのためです。

歌詞に登場する「クロパトキン」とは、日露戦争当時のロシア満州軍総司令官・アレクセイ・クロパトキンのことです。奉天会戦後に解任された実在の人物であり、「クロパトキンの首を取り」という歌詞は物騒に聞こえますが、実際には処刑されたわけではありません。一方の「東郷大将」は、日本海海戦でロシアのバルチック艦隊を破った海軍司令官・東郷平八郎元帥のことで、当時の英雄として国民的人気を誇っていた人物です。

つまり、この歌は実在の人物と歴史的事件を題材にした、いわば「ニュース替え歌」だということですね。

国立国会図書館のレファレンス事例によれば、このお手玉歌のタイトルは「一れつ談判」とされており、『日本わらべ歌全集2下・岩手のわらべ歌』(柳原書店・1985年)に楽譜と歌詞が収録されています。また、同書では「日露戦争を題材にした全国的な手まりうた」として位置づけられており、岩手に限らず全国各地でほぼ同様の歌詞が歌われていたことが確認されています。

歌詞は地域によって細部が異なります。隠岐の島で昭和55年に収録されたバージョンでは「七月十日の戦いで、ハルピンまでも攻め入って、クロバトキンの首をとり、東郷大将万々歳、大山大将万々歳」と続き、大山巌元帥(日露戦争での満州軍総司令官)の名前も登場します。鳥取県・米子市のバージョンでは「日露戦争流行(はやり)けり」という言い回しになっており、口承ならではの変化が生じているのが興味深い点です。

歴史資料として扱うことが大切です。

国立国会図書館レファレンス協同データベース|「一列ランパン破裂して」の歌のタイトルや出典について

(歌のタイトル「一れつ談判」の出典・楽譜・解説を確認できる信頼性の高い一次情報です)

お手玉の歌は日露戦争の軍歌が元になっている保育士に知ってほしい背景

この歌がただの「子どもの遊び歌」ではなく、明治時代の軍歌をルーツに持つことを知っておくと、保育での取り扱い方が大きく変わります。

わらべ歌研究の権威・千葉瑞夫氏は『日本わらべ歌全集2下』の中で、「一列談判」は「ほとんど『道は六百八十里』の替え歌」と紹介しています。「道は六百八十里」とは、明治24年(1891年)に永井建子が作曲した軍歌「凱旋(道は六百八十里)」のことです。この軍歌が庶民の間で口ずさまれるうちに「軍歌節」「軍隊節」として流行し、そのメロディーに日露戦争の出来事を乗せて歌われるようになったのが、「一列談判」の成り立ちと考えられています。

軍歌由来というルーツは、そのままです。

さらに興味深いのは、歌詞の冒頭「一列談判破裂して」のフレーズが、日清戦争の頃に流行した「欣舞節(きんぶぶし)」の「日清談判破裂して」という歌いだしから影響を受けている可能性が高い点です。これはわらべうた研究者・小泉文夫氏の著書『わらべうたの研究』(昭和44年)でも同様の考察が示されています。つまり、「日清談判」→「日露談判」という形で、戦争が変わるたびに歌詞が更新されてきた可能性があるわけです。

こう考えると、伝承わらべ歌は「時代を映す鏡」という表現がよく当てはまります。

また、Wikipediaの手鞠歌の記事によれば、「一列談判」は数え歌の形式をとっており、イチ・ニ・サン・シ……と各句の頭に数字を読み込んでいます。「五万の兵、六人残して、七月十日、八艘軍艦」という数字の連なりは、遊びながら自然に数を覚えさせる構造になっているのです。これは江戸時代から続く「数え歌」の伝統を踏まえた形式であり、単なる戦争賛美ではなく、当時の子どもに数の概念を親しませるための工夫が凝らされていたとも読み取れます。

この歌の「メロディーが覚えやすい」「リズムが跳ねている」という特徴は、元になった軍歌が庶民向けに変形された「ピョンコ節」のリズムを受け継いでいるためです。ピョンコ節とは付点音符(タタタン)のリズムを特徴とする通俗的な節回しで、子どもの手まり歌・お手玉歌に広く見られます。覚えやすいリズムの理由がわかりますね。

保育士がこの背景を知ることで、「なぜこの歌が今も伝わっているのか」を子どもに語れるようになり、伝承遊びに深みが生まれます。

水沢のわらべ歌♪mmland♪|まりつき歌「いちれつだんぱん」

(「一列談判」の歌詞全文・由来・参考文献が整理されたページです。軍歌「凱旋」との関係も詳述されています)

お手玉の歌を保育に導入する際に保育士が押さえるべきねらいと配慮

日露戦争を題材にした歌詞の内容を踏まえたうえで、この伝承遊びを保育現場に正しく取り入れるための視点を整理しておきましょう。

まず押さえておきたいのは、「お手玉の歌」と「お手玉の遊び」は分離して活用できるという点です。保育の場では、遊びのねらいは主に「手指の巧緻性を育む」「リズム感を養う」「集中力を高める」といった発達的側面に置かれます。「ほいくis」の解説によれば、お手玉遊びの期待される姿として「手に持って遊ぶことで五感が刺激され、脳の活性化につながる」「お手玉を集中して目で追うことで集中力を高める」「歌をうたいながらお手玉をすることでリズム感を養う」の3点が挙げられています。

ねらいを明確にすることが基本です。

一方、歌詞については選択的に扱うことができます。「一列談判」の全歌詞をそのまま子どもに歌わせることにためらいを感じる保育士も多いでしょう。その場合、お手玉遊びの際に歌う歌は「あんたがたどこさ」や「一番はじめは一宮」など他のわらべ歌に切り替えながら遊びを楽しみ、「一列談判」については「昔の子どもたちが歌っていた歌だよ」と歴史的事実として紹介する方法が有効です。

対象年齢別の導入方法についても整理しておきましょう。2〜3歳児には、まずお手玉を握ったり転がしたりする感触遊びが中心になります。4〜5歳児になると「あんたがたどこさ」に合わせて輪になってお手玉を回す遊びや、1個のお手玉を投げてキャッチする「投げ玉」に挑戦できます。5歳児では2個の投げ玉にも取り組めますが、これは難易度が高いため、段階的に練習する必要があります。

また、わらべ歌研究者・小泉文夫氏が述べているように、伝承わらべ歌は「時代を映す鏡」です。年長クラスであれば、「このお手玉の歌はね、今から120年以上前に作られた歌なんだよ」と簡単に歴史背景を伝えることも、社会とのつながりを感じる体験になります。子どもたちが「なんで戦争の名前が入っているの?」と興味を持ったとき、それは絶好の対話のチャンスです。

その際の参考リンクとして、以下の民話解説ページは専門的な視点から歌詞の背景を丁寧に解説しており、保育士自身の予習にも役立ちます。

出雲かんべの里 民話の部屋|一列談判破裂して・手まり歌の解説

(クロパトキン・東郷大将・大山大将の実在の背景を解説。保護者への説明にも使える信頼できる解説ページです)

お手玉の歌と日露戦争の歴史が脳科学的に見せるすごい効果

「お手玉の歌を歌いながら遊ぶ」という行為が、なぜ脳に良いのかを科学的に理解しておくと、保育士として保護者に説明できる語彙が格段に増えます。

日本大学の森昭雄教授(日本のお手玉の会顧問)は、実際にお手玉遊び中の脳波を測定し、「2個のお手玉をゆっているとき」は「難しいパズルを解いているとき」よりも前頭前野が活性化することを証明しました。前頭前野は集中力・判断力・感情コントロールに関わる脳の部位であり、3歳〜8歳の幼児期にこそ積極的に刺激したい領域です。さらに同研究では、利き手でない方の手からお手玉を上げる「反対回し」のほうが、通常の回し方よりも脳への効果が高いこともわかっています。

脳の活性化が期待できます。

歌を歌いながらお手玉をするという組み合わせが特に重要です。音声(聴覚)・リズム(運動感覚)・手の動き(触覚)という3つの感覚情報が同時に脳に入力されることで、単にお手玉をするだけの場合よりも神経回路への刺激が多面的になります。「一列談判」のような付点リズム(ピョンコ節)は、テンポが一定で弾みがあるため、幼児が体を自然にリズムに乗せやすく、手の動きと歌を連動させるハードルが下がります。

NHK「あさイチ」(平成28年1月19日放送)でも「お手玉で遊ぶことで、集中力アップや認知症の予防ができる」とお手玉の効用が紹介されました。これは子どもだけでなく、高齢者の認知症予防にも応用されている事実であり、「昔遊び」であるお手玉が現代の脳科学と合致していることを示しています。

また、北陸先端科学技術大学院大学の伝承遊び研究によれば、お手玉遊びは「操作系の運動能力・運動感覚が育成される運動遊びであり、お手玉遊びに多く触れることにより、手先の器用な子どもに成長することが期待できる。また、繰り返し練習することで、集中力や忍耐力が培われる」とまとめられています。これは保育士が月案・指導案に「ねらい」を記述する際に活用できる根拠として非常に有用です。

具体的なメリットは大きいですね。

保育士として、歌いながらお手玉をする活動を取り入れる際は、まずシンプルな1個キャッチから始め、慣れてきた子には2個の投げ玉へとステップアップする段階設計が効果的です。わらべ歌のリズムに乗って手を動かすという体験が、脳・感覚・社会性のすべてを同時に育てる機会になります。

お手玉の歌と日露戦争の独自視点:100年後の保育士が伝承歌を語る意味

ここでは検索上位には見当たらない視点として、「なぜ2026年の保育士がこの歌を知らなければならないのか」について考えてみます。

「一列談判」が最後に盛んに歌われていたのは1950年代頃まで、つまり今から70年以上前です。現代の子どもたちの祖父母世代にあたる人々が子ども時代に経験した遊びです。それが現在も「伝承遊び」として保育現場に残っているのは、単なる懐古趣味ではなく、歌とともに体を動かすという体験様式そのものに普遍的な価値があるからです。

伝承には理由があるということですね。

歌の背景を理解しないまま子どもに歌わせることのリスクを考えてみましょう。「クロパトキンの首を取り」「死んでも尽くすは日本の兵」といった歌詞をそのまま保護者に伝わるような形で扱えば、「なぜ園で戦争の歌を歌っているのか」という問い合わせが来る可能性は十分あります。近年、SNSで保育現場の活動内容が拡散されるケースが増えており、歌詞の内容に対して保護者が敏感に反応するシーンは実際に起きています。

一方で、歌を「排除する」のではなく「歴史資料として提示する」という姿勢は、保護者との信頼関係を逆に深めるチャンスになります。「この歌は明治時代に作られた手まり歌で、当時の子どもたちが歌っていたものです。歌詞の意味を知りながら、その時代に思いを馳せることも伝承遊びの大切な側面だと考えています」という一言が言えるかどうかで、保育士としての専門性への評価は大きく変わります。

さらに、この歌が「替え歌として生まれ、地域によって歌詞が変化してきた」という事実は、子どもが伝承遊びに参加する意欲を引き出す導入にも使えます。「同じ歌でも、おじいちゃんおばあちゃんが住んでいた場所によって歌詞が違うかもしれないよ」と伝えれば、子どもは家に帰って祖父母に聞いてみるかもしれません。世代を超えた対話のきっかけを生み出せる、それがこの歌の持つ潜在的な価値です。

これは使えそうです。

保育士が「お手玉の歌と日露戦争」を正しく理解することは、単なる雑学ではありません。子どもに伝えるべき内容を選択・整理できる専門職としての判断力を磨くことであり、保護者との対話においても一段上の説明ができる武器になります。日本大学・森昭雄教授の研究が示すように、お手玉そのものには脳科学的な根拠がある遊びです。歌詞の背景を知った上で遊びに取り入れれば、保育の質はさらに高まるはずです。

(お手玉のねらい・対象年齢・指導のポイントが体系的にまとまっており、月案・指導案作成の参考になります)


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