折口信夫のまれびと論を保育に生かす本の選び方

折口信夫のまれびと論と本から学ぶ保育の行事の深み

節分の鬼は「悪者」ではなく、子どもに幸福をもたらすために来る神様です。

この記事でわかること
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折口信夫とまれびとの基本

民俗学者・折口信夫が1929年の『古代研究』で提唱した「まれびと」概念の意味と、その背景にある「常世(とこよ)」「他界」の思想をわかりやすく解説します。

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保育行事とまれびとのつながり

なまはげ・節分の鬼・お盆のご先祖様など、保育現場でなじみ深い行事が「まれびと信仰」と直結していることを、具体的な事例とともに紹介します。

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保育士におすすめの本の選び方

折口信夫の原著から入門書・関連図書まで、保育士が無理なく読めるレベル別の本の選び方と、子どもへの伝え方のコツをまとめています。

折口信夫とは誰か・まれびとの概念を生んだ「古代研究」とは

 

折口信夫(おりくちしのぶ)は1887年(明治20年)に大阪で生まれ、1953年(昭和28年)に没した国文学者・民俗学者・歌人です。歌人としては「釈迢空(しゃくちょうくう)」という号で知られ、柳田國男に師事しながらも独自の視座を持つ学者として「折口学」とも称される体系を打ち立てました。

その代表作が1929~30年に刊行された『古代研究』です。全集に収められた原著は国文学篇・民俗学篇の複数巻にわたる長大なもので、一般の読者にとってはなかなか手が出しにくい側面があります。

つまり「折口信夫の本は難しい」というのが原則です。

しかし内容の核心はシンプルにまとめることができます。折口が出発点にしたのは、三重県・大王崎で海のかなたに感じた「魂のふるさと」という実感でした。この体験から、古代人が「常世(とこよ)」と呼んだ永遠の国・他界の概念が生まれます。さらに沖縄の旅で「アンガマア」という伝統行事を目撃し、他界からやってくる翁と媼をもてなす光景の中に「まれびと」の原型を発見したのです。

「まれびと」は漢字で「稀人・客人」と書き、「まれに来る人」という語義から来ています。

古代の人々は、他界(常世)から季節の節目に来訪する神的存在を「まれびと」と呼び、その訪れを心待ちにしながら精一杯もてなしてきました。折口が『古代研究』の中で示したのは「他界へのあこがれ→他界からやってくるまれびと→まれびとへのもてなし→もてなしから生まれる文化」という壮大な連鎖です。

この発想は単なる神話の話にとどまりません。茶道・華道・芸能・建築・料理など、日本文化の多くがこの「まれびとへのおもてなし」から生まれたと折口は考えたのです。意外ですね。

折口の生年・没年や業績については、国立国会図書館の「近代日本人の肖像」ページに詳しい情報があります。

国立国会図書館「折口信夫」近代日本人の肖像(業績・経歴の基本情報)

まれびとと保育行事のつながり・節分の鬼となまはげの本当の意味

「悪い子はいねえがー!」という大声とともに鬼の仮面をつけた大人が現れる。子どもが泣きながら逃げ回る――秋田のなまはげはその代表例です。ただし、これを「子どもを怖がらせて懲らしめる行事」と捉えるだけでは、本来の意味の半分も伝えられていません。

なまはげは折口信夫が定義した「まれびと(来訪神)」の典型例です。2018年にはユネスコ無形文化遺産として「来訪神:仮面・仮装の神々」の1件として登録されており、国際的にもその文化的価値が認められています。この登録には日本全国の来訪神行事10件が含まれており、なまはげのほかに甑島のトシドン、宮古島のパーントゥ、能登のアマメハギなどが並びます。

まれびとが原則です。ポイントを整理します。

行事名 地域 来訪する時期 主な役割
なまはげ 秋田県男鹿市 大晦日の夜 怠惰を戒め、幸福をもたらす
トシドン 鹿児島県下甑島 大晦日の夜 子どもを褒め・諭し、年餅を授ける
アマメハギ 石川県輪島市・能登町 正月〜節分 春の訪れを告げ、怠惰を祓う
パーントゥ 沖縄県宮古島市 旧暦9月・12月 聖なる泥で厄を祓う
節分の鬼 全国 2月3日(節分) 邪気を祓い、新春の福を呼ぶ

保育現場でよく行われる節分行事も、この文脈で理解すると意味が変わってきます。折口学の視点から見れば、節分の鬼は「まれびと」の一形態です。「来訪する異形の神が共同体の人々を戒め、幸福をもたらして帰る」という構造は、なまはげと完全に一致します。

これは使えそうです。

保育士として子どもに節分を説明するとき、単に「悪いものを豆で追い払う」という説明にとどまらず、「鬼は遠くから会いに来てくれた大切なお客さまで、みんなに元気でいてほしくて来てくれているんだよ」という言葉を添えると、子どもの心に残る説明ができます。なまはげの行事では、家の主人が鬼(まれびと)を酒と料理でもてなし、翌年の幸運を祝うという要素もあることを覚えておけば、行事の説明に深みが出ます。

また、甑島のトシドンでは3~8歳の子どもがいる家を訪問し、怒った後に必ず「褒め」と「年餅(お年玉の起源)」を授けるという流れがあります。保育士が節分の鬼役を担うときに「怖いだけ」で終わらず、最後に子どもを褒めて温かく締めくくるという構成の参考になります。

来訪神の各行事の詳細は、nippon.comの解説記事に詳しくまとまっています。

nippon.com「災厄をはらい、生きる力を授ける来訪神」(ユネスコ登録10件の解説)

折口信夫のまれびとを学べる本・レベル別おすすめガイド

折口信夫の原著は、読んだことのある研究者ですら「わからないところがたくさんある」と率直に述べるほど難解です。これが基本です。したがって、保育士が折口学に触れる際には入門書から入るのが賢明な順序といえます。

まず最初におすすめしたいのが、国文学者・上野誠(奈良大学名誉教授・国文学者)が2022年4月に幻冬舎から刊行した『折口信夫「まれびと」の発見 おもてなしの日本文化はどこから来たのか?』(全248ページ)です。NHK Eテレ「100分de名著」の放送をきっかけに刊行されたこの本は、折口の膨大な著作から129のトピックを抜き出し、上野氏が平明な語り口で読み解いています。折口の言葉を直接引用しながら解説しているため、原著の雰囲気を感じながら本質をつかめる構成です。

次のステップとして、新書版では角川ソフィア文庫の『古代研究 I 民俗学篇1』があります。折口自身の文章に挑戦したい場合、文庫化された形でまとまっており、現代語の注釈も収録されています。さらに原文に忠実な形で触れたい場合は、青空文庫でも折口の主要テキスト「とこよとまれびと」などが無料公開されています。

  • 📗 初級(保育士入門):上野誠『折口信夫「まれびと」の発見』(幻冬舎・2022年)── 平易な語り口で129トピック。まず1冊目にここから始めれば間違いありません。
  • 📘 中級(もう少し深掘り):NHK出版テキスト「100分de名著 折口信夫『古代研究』」── 上野誠監修・全4回の放送テキスト。図解やポイント整理が豊富で読みやすいです。
  • 📙 上級(原著に挑戦):折口信夫『古代研究 I 民俗学篇1』(角川ソフィア文庫)── 原文と注釈のセット。難易度は高いですが、本物の折口文章のリズムが楽しめます。
  • 📕 行事特化の参考書:新部正樹『折口信夫の古代研究 「まれびと」の考古学』(ぺりかん社)── 各地の来訪神行事を実地調査と照らし合わせた専門的な1冊。行事担当の保育士に役立ちます。

「まれびと」という言葉が1929年に定義された点は、覚えておけばOKです。定義されてから約100年が経った今も、この概念は保育・教育・地域行事の文脈で有効に機能しています。

上野誠著の入門書について、幻冬舎の公式ページで目次や概要を確認できます。

幻冬舎『折口信夫「まれびと」の発見』公式ページ(目次・書誌情報)

まれびとの思想と保育の「おもてなし文化」・日本文化全体への広がり

折口信夫が「まれびと論」で提示したもっとも大きな命題は「日本文化の原点はおもてなしにある」というものです。この発想は保育の仕事に直結する視点を含んでいます。

折口が示した文化の連鎖をもう一度整理すると、次のような流れになります。

  • 🔵 他界(常世)からまれびとが訪れる
  • 🔵 まれびとに祝福の言葉(呪詞・寿詞)をもらう
  • 🔵 その言葉が後に「文学(詩・歌)」へと昇華する
  • 🔵 まれびとをもてなすための空間・料理・芸能・道具が洗練され「文化」になる

つまり日本の茶道・華道・能・歌舞伎・料理文化・建築美……これらはすべて「客神(まれびと)に喜んでもらうため」という動機を共有しているというのが折口の大きな主張です。

保育士にとってこの視点はどう役立つでしょうか?

たとえばお正月の門松。これは単なる飾りではなく、「神の依代(よりしろ)」として他界からまれびとを迎えるための目印が原型です。お盆の迎え火も、先祖というまれびとを迎えるための灯りです。こうした由来を知った上で子どもたちに説明すると、年中行事の一つひとつに「命のつながり」という奥行きが生まれます。

これが条件です。行事に「意味」を持たせて伝えること。それが子どもの心に残る保育になります。

また折口は、年中行事を「生活の古典」と位置付けていました。「年中行事によって、日本人は日本人に戻る」という上野誠の言葉はこれを現代語に換言したものです。毎年繰り返される保育行事(お正月・節分・七夕・お月見・クリスマスなど)は、子どもたちが「生活の時間軸」を体感する貴重な機会です。

まれびとの概念を知っている保育士と知らない保育士では、同じ節分行事でも子どもへの言葉がけの深さが変わります。そこに保育士としての「教養」の価値があります。

折口が「年中行事」を「生活の古典」と論じた視点については、NHK「100分de名著」の解説記事で詳しく読むことができます。

NHK「100分de名著」折口信夫『古代研究』番組ページ(年中行事論の概説)

保育士だけが気づける「まれびと」視点・子どもの涙が行事を完成させる理由

これは一般にはあまり知られていない視点ですが、保育士こそが深く理解できる折口信夫の思想の核があります。

なまはげが来たとき、子どもが泣き叫ぶ光景を見て「かわいそうだから今年はやめよう」と考えた経験はないでしょうか。実は、この「子どもの恐怖と涙」は行事の失敗ではなく、行事が正常に機能している証拠です。

折口の学説ではまれびとは「畏怖と歓迎が同時に存在する存在」として描かれています。鬼は怖い。だが同時に、その来訪によって福がもたらされる。この二重性こそが、まれびとの本質的な性格です。

子どもが泣くということは、「異界の力の訪れ」を体で感じているということです。これが原則です。

甑島のトシドンでは3歳から8歳の子どもがいる家に来訪し、その子の「その年の行いや短所」を指摘して諭した後、必ず年餅を授けて帰ります。つまり構造として「恐怖→叱責→祝福→贈り物」という流れが最初から組み込まれています。保育での節分行事を設計するときにも、このテンプレートは参考になります。

「怖い鬼が来る→子どもが怖がる→豆をまいて鬼が帰る→みんなで福豆を食べて喜ぶ」という流れも同じ構造です。行事が「恐怖」だけで終わらず、最後に「安心と喜び」で締まるように設計することが重要です。

また折口は「芸能は神をもてなすことから始まった」とも述べています。保育の現場でよく行われるお遊戯会や発表会も、子どもが「何かを表現して伝える」喜びを育てる場です。それは遠く古代の「神への奉仕としての芸能」と根っこでつながっている、と考えると、保育の仕事の奥行きが変わって見えてきます。

来訪神が「恐怖と祝福の二重性を持つ存在」である点は、文化遺産の世界の解説ページでも確認できます。

文化遺産の世界「来訪神行事の民俗的構成」(来訪神の役割と二重性の解説)

死者の書・口ぶえ (岩波文庫) (岩波文庫 緑 186-2)