音楽教育研究の歌で育む保育士の実践力と子どもの表現

音楽教育研究の歌が保育士の実践に与える深い影響

「上手に歌わせようとするほど、子どもが歌を嫌いになるリスクが高まります。」

この記事でわかること
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選曲の落とし穴

保育で使われる歌の約70%が幼児の実際の声域を超えた音域を持つと研究で示されています。音域を知らずに選曲すると、子どもに無理な発声を強いる原因になります。

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わらべうたの多面的な効果

わらべうたは音楽的な発達だけでなく、言語習得・数概念・社会性・自己肯定感など複数の領域に同時に働きかける保育ツールです。

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歌の選び方が保育の質を決める

音楽教育研究が明らかにした「子どもが歌うために作られた歌」の条件を理解することで、保育士としての専門性が一段と高まります。

音楽教育研究が示す幼児の歌唱声域と選曲の基準

 

保育の現場で「子どもたちが大きな声で歌っている」場面は、一見元気で活発に見えます。しかし音楽教育研究の観点から見ると、それが必ずしも良い状態とは限りません。宮崎国際大学の日髙・横山(2021)による研究では、保育・幼児教育で実際に使われている歌曲集から300曲を分析した結果、その約70%が音域1オクターブ以上の楽曲で構成されていることが判明しています。

これが何を意味するかというと、幼児の自然な声域はおよそ1オクターブ程度とされているのに、実際に使われる曲の大半がその範囲を超えているということです。つまり選曲の段階で、すでに多くの子どもにとって「頑張らなければ歌えない曲」が使われている状況になっています。

年齢別に声域を確認すると、研究者ら(久保田2017、穴澤ほか)の先行データから以下のようにまとめられています。

年齢 無理なく歌える声域の目安 歌える音程の幅
1歳児 C¹〜G¹ 3度程度
2歳児 C#¹〜A¹ 3〜4度
3歳児 B♭⁰〜A¹ 5度
4歳児 B♭⁰〜B♭¹ 5〜6度
5歳児 A⁰〜B¹ 6〜7度

つまり、どの年齢も声域の幅は非常に狭いということです。

たとえばピアノの鍵盤で考えると、「ドから上のソまで」という狭い範囲が3〜4歳の子どもにとっての自然な歌声の限界に近い。その範囲を大幅に超えた曲を「元気よく歌いましょう!」と指導すると、子どもは声を張り上げるか、無理やり高音を出そうとどなって歌うしかなくなります。そのどなり声は、表現を楽しんでいるのではなく、発声器官への負荷にほかなりません。

選曲が保育の質を直接左右することは、この数字からも明らかです。

「発達段階に合った音域の曲を選ぶ」ことが原則です。

参考:幼児の歌唱声域と子どもの歌曲集の音域についての考察(宮崎国際大学・日髙まり子、2021)では300曲の楽曲分析と声域データが詳細にまとめられています。

宮崎国際大学紀要「幼児の歌唱声域と子どもの歌曲集の音域についての考察」(PDF)

音楽教育研究が証明する「子どもが歌うための歌」の条件

高崎健康福祉大学の岡本拡子教授(音楽による幼児教育研究の専門家)は、保育現場で取り入れるべき歌として「子どもが歌うために作られた歌」を明確に挙げています。具体的には『かたつむり』『めだかのがっこう』『ぞうさん』といった昔から子どもたちに親しまれてきた童謡や唱歌がその代表です。

これらに共通する特徴として、音域が狭く音程の上下変化が激しくない点が挙げられます。一方で人気アニメの主題歌や流行のポップスは、プロのアーティストが歌うために設計されており、音域が非常に広くなっています。たとえば『アナと雪の女王』の主題歌などは、音域が2オクターブ以上に及ぶことも珍しくありません。

これは子どもにとって非常に難しい設定です。

岡本教授は「うまく歌えない子どもが『私は歌が下手なんだ』と思い込んで、歌や音楽を嫌いになってしまう可能性が否定できない」と指摘しています。保育士が選曲を誤ると、子どもの音楽体験そのものをネガティブなものに変えてしまいかねません。これは単なる「その場の歌の失敗」にとどまらず、その後の音楽的な関わりへの意欲に関わる問題です。

「子どもが歌うための歌」には、以下のような条件が研究・実践から示されています。

  • 🎵 音域が狭い(1オクターブ以内が目安):年齢の声域に収まる曲であること。
  • 📖 歌詞が子どもの生活経験に根ざしている:自然・動物・遊びなど、子どもが実感できる内容であること。
  • 🔄 リズムがシンプルで繰り返しがある:反復が子どもの記憶力や安心感につながること。
  • 🗣️ 発音しやすい言葉が使われている:日本語のリズムや抑揚と合っていること。

「子どもに合わせた歌を選ぶことが保育の専門性」という視点は、音楽教育研究において繰り返し強調されています。流行をそのまま取り入れることではなく、発達に基づいた選択ができるかどうかが問われているわけです。

参考:高崎健康福祉大学・岡本拡子教授へのインタビュー(保育現場での歌の選び方について)

ほいくらし|「子どもが歌うことを前提につくられた歌」|岡本拡子教授インタビュー

音楽教育研究で注目されるわらべうたの多面的な発達効果

わらべうたは「昔の遊び歌」とだけとらえられることがありますが、音楽教育研究の世界ではその教育的価値が複数の角度から実証されています。北陸大学の古賀(2014)による「子育て支援におけるわらべうたの役割」では、わらべうたによる保育実践が音楽的な側面だけでなく、乳幼児の発達的側面を促すものであることが主張されています。

わらべうたの最大の特徴は、音域が非常に狭いことです。ほとんどのわらべうたは4〜5度の音程の幅に収まっており、しゃべりはじめたばかりの1〜2歳の子どもでも、話すことの延長として自然に歌える設計になっています。『かごめかごめ』『はないちもんめ』『一本橋こちょこちょ』などがその代表で、押しつけがましい技術指導なしに楽しめる点が重要です。

さらにわらべうたがもたらす効果は多岐にわたります。

  • 🗣️ 言語発達への貢献:日本語固有のリズムやイントネーションで作られているため、語彙や発音の習得を促します。
  • 🔢 数概念の芽生え:「いちり、にり、さんり…」と数字を歌詞に含むわらべうたが多く、数への興味を自然に引き出します。
  • 🤝 社会性協調性の育成:仲間と呼吸を合わせて歌うことで、他者と関わる喜びが生まれます。
  • 💪 自己肯定感の向上:「できた」「一緒に楽しめた」という成功体験が積み重なりやすい構造になっています。

ハンガリーの音楽家コダーイ・ゾルターンは「すべての子どもに音楽を」という理念のもと、わらべうたを中心とした音楽教育体系(コダーイ・メソッド)を構築しました。日本でも「コダーイ芸術教育研究所」がこの実践を保育現場に普及させており、現在も多くの保育士が研修を通じて学んでいます。これはただの「昔遊び」の復活ではなく、科学的な裏付けに基づいた教育実践の継承です。いいことですね。

保育士として今すぐ実践できることとして、日常の活動にわらべうたを1日1曲でも取り入れることから始めてみることが有効です。コダーイ芸術教育研究所(東京)では保育者向けの研修・講座も提供しており、実践的な指導技術を学べる場として活用できます。

参考:コダーイ芸術教育研究所の保育士向け研修情報

コダーイ芸術教育研究所|研修・講演会・講座

音楽教育研究から見た手遊び歌の脳・認知発達への影響

手遊び歌は保育の場で非常によく使われます。しかしその教育的価値が実際にどれほど深いものかを、研究の観点から正確に把握している保育士はそれほど多くないかもしれません。

EYS音楽教室(子ども向け音楽教育)の解説にもあるように、手遊び歌では「普段しない手の形を作ったり、リズムに合わせて動かしたりと、考えなければできない動きをするため、脳を刺激できる」という点が科目横断的に評価されています。歌いながら指の形を変え、リズムに合わせて順番通りに体を動かすという行為は、脳の前頭葉(計画・実行機能)と運動野・聴覚野が同時に活動する複合的な課題です。

大阪芸術大学の論文(2021)では、コダーイの考え方を引用しつつ「子どもは音楽をすることで、ただ音楽を学ぶだけでなく、歌うことで解放され、緊張が解け、仕事への関心をもつようになり、規則正しさに慣れる」と記されています。これは手遊び歌が認知的な発達だけでなく、情緒の安定にも働きかけることを示しています。

手遊び歌の代表例として『ピクニック』を見てみましょう。この歌では「1と5でたこ焼き食べて、2と5で焼きそば食べて…」という歌詞が登場し、数の学習・食文化の理解・想像力(見えない食べ物を手で表現する)という3つの学習要素が自然と組み込まれています。これは使えそうです。

ただし手遊び歌の教育効果を最大化するには、以下の点に注意が必要です。

  • 👁️ 保育士も一緒に歌うこと:保育士がピアノ伴奏に専念し、子どもだけに歌わせる形は研究上も推奨されていません。一緒に声を出して表現することで、子どもの模倣学習が促進されます。
  • 🔁 繰り返し行うこと手遊び歌の発達効果は一回限りでは出ません。継続的な反復によって、記憶・運動・情緒の定着が深まります。
  • 🎯 年齢に合った難易度を選ぶこと:1〜2歳なら単純な動作のもの、3歳以上からは順番・数・ルールを含むものへと段階的に移行することが有効です。

「動きと歌と学びが同時に起きる」のが手遊び歌の強みです。

参考:子どもの歌遊び・手遊びの意外な効果(EYS音楽教室コラム)

EYS-KIDS|子供の歌遊び・手遊びの意外な効果とは?おすすめ曲やポイントを紹介

音楽教育研究が見落とされがちな「歌わせ方」の保育実践への応用

ここまで選曲・声域・わらべうた・手遊び歌について見てきましたが、実は多くの保育士が見落としがちなのが「歌わせ方」そのものの問題です。

玉川大学の論文「幼児期における『生活の歌』の教育的意義と役割」(2021)では、次のような指摘があります。「音楽の本質的な意義を度外視して、ひたすらに上手に歌わせようとする保育は、子供に規律や忍耐力を学ばせているだけに過ぎない」。この一文は、保育の現場で無意識に行われがちな「正確に歌わせる指導」への強い警鐘です。

また、宮城学院女子大学の論文「保育所保育指針にみる表現(音楽)の方向性」では、「保育士等と一緒に歌ったりということは、子どもに『さあ、歌いましょう』と指示を出し、子どもだけに歌わせて保育士等はピアノなどの伴奏に専念するということではない」と明記されています。つまり、伴奏係として鍵盤だけを叩いていては不十分ということです。

では保育士として何ができるでしょうか。以下の3点が研究・実践の双方から支持されています。

  • 🎤 保育士自身が楽しそうに歌う:子どもは大人の表情や姿勢に敏感です。保育士が心から楽しんでいる姿は、子どもの「歌いたい」という気持ちを引き出す最大の要因になります。
  • 🛑 音程の間違いを過度に指摘しない:音程が外れていても、表現の楽しさ・喜びを育てることを優先することが音楽教育研究の基本的立場です。特に3歳以下では音程の正確さよりもリズム感・声を出す喜びを重視する指導が推奨されています。
  • 🌱 子どもの自由な表現を尊重する:歌詞を変えて歌ったり、自分でリズムを変えたりする行為は、創造性の発露です。一律に「正しく歌いなさい」と修正することは、その芽を摘む行為になりかねません。

岡本拡子教授もインタビューの中で「『こんな音楽』という教材から考えるのではなく、『子どものなにを育てたいか』と考えることが大切」と述べています。これは音楽活動に限らず、保育全体の姿勢として重要な視点です。子どもの豊かな感性と音楽への愛着を育てるには、技術指導より「音楽と共に過ごす豊かな時間」を積み上げることの方が、長期的な教育効果として大きいと考えられています。

「音楽を楽しむ経験が先、技術は後」が基本です。

まず自分のクラスでの歌唱活動を振り返ってみてください。子どもたちは歌っているとき、楽しそうな表情をしていますか?それとも硬い表情で「正確に歌おう」と緊張した様子になっていませんか?その答えが、今後の実践を変える第一歩になるはずです。

参考:幼児期における「生活の歌」の教育的意義と役割(玉川大学論文・要旨)

玉川大学学術リポジトリ|幼児期における「生活の歌」の教育的意義と役割

音楽教育研究報告 (35) 鑑賞力を高める指導法研究 ―音楽作品と物語文の味わい方の共通性に着目して―