小泉文夫 民族音楽の世界を保育に活かす方法

小泉文夫の民族音楽の世界が保育と子どもに与える力

あなたが毎日歌っているわらべうた、実はピアノより先に教えると子どもの言語発達が加速します。

小泉文夫『民族音楽の世界』を保育に活かす3つのポイント
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わらべうたは音楽教育の出発点

小泉文夫は「わらべうたからの出発」を提唱。日本語のリズム・アクセントと一致した旋律が、子どもの言語感覚と音感を同時に育てます。

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世界の民族音楽が感性を広げる

CD71枚・732曲の民族音楽は保育の「聴く」活動に応用可能。多様な音への接触が、子どもの感受性と好奇心を育みます。

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『民族音楽の世界』は保育士の必読書

1985年にNHK出版から刊行された356ページの名著。西洋音楽偏重を見直す視点が、保育の音楽指導を根本から豊かにします。

小泉文夫の民族音楽の世界とはどんな本か

 

小泉文夫(こいずみ ふみお、1927〜1983年)は、日本における民族音楽学の草分け的存在として知られる学者です。1985年7月にNHK出版(日本放送出版協会)から刊行された『小泉文夫 民族音楽の世界』は、全356ページに及ぶ大著で、彼が生涯をかけて収集・研究した世界各地の音楽の知識がぎっしりと詰まっています。

本書が生まれた背景には、約30年間にわたるラジオ・テレビでの啓蒙活動があります。小泉はNHK-FM「世界の民族音楽」という番組を長年担当し、その柔らかく軽妙な語り口で多くのファンを獲得しました。番組は1965年から小泉が亡くなる1983年まで続き、今でも伝説的な存在として語り継がれています。本書は、そのラジオ番組の集大成とも言える内容です。

東京大学文学部美学科を卒業した小泉は、1957年から2年間インドに留学し、現地の古典音楽を実際に習いながら研究するという徹底したフィールドワークを行いました。これが民族音楽研究者として独自のスタイルを生んでいきます。当時、西洋音楽一辺倒だった日本のアカデミズムの中で、インドへ留学するのは非常に珍しいことでした。

つまり、本書は単なる「音楽の教科書」ではありません。数十か国を実際に訪れ、現地の人々と交流しながら音を集め続けた研究者の、生きた記録といえます。

東京藝術大学 小泉文夫記念資料室(公式)—楽器・書籍・録音など膨大なコレクションを所蔵。資料の概要と見学案内を確認できます。

小泉文夫の民族音楽の世界が示す「わらべうた」の重要性

小泉文夫がその研究の中で特に力を注いだのが、「わらべうた」でした。これは保育士にとって非常に重要なポイントです。

小泉は著書『子どもの遊びとうた』(草思社、1986年)や、1973年に刊行した『おたまじゃくし無用論』(青土社)の中で、当時の日本の音楽教育が西洋音楽(五線譜・ピアノ)を中心に置きすぎていることを強く批判しました。「西洋音楽一辺倒では、子どもが日本語の音感覚を育てる機会を失う」というのが、彼の一貫した主張です。

では、なぜわらべうたが重要なのでしょうか。小泉の音階理論によると、わらべうたの旋律は「エンゲ・メロディー型」と呼ばれる3音〜4音の非常にシンプルな構造でできています。この構造は日本語の高低アクセントと深く連動しており、子どもが歌いながら自然に日本語の音の高低を身体で覚えていきます。「なべなべそこぬけ」「どんどんばしわたれ」などの有名なわらべうたが、まさにこの3音旋律の典型例です。

保育の現場で重要なのはここです。保育士がわらべうたを歌う時、子どもたちは無意識のうちに日本語の言語的なリズムと音の高低を体感しています。言語能力の発達を支えるとともに、友達と体を動かしながら集団の一体感を育む。これがわらべうたを保育に取り入れる理由です。

実際、新潟青陵大学の研究(渡辺優子、2014年)では、4園の5歳児のわらべうた遊びを観察・声紋分析した結果、「わらべうたは子ども達が楽しめる」「集団でのコミュニケーション手段になる」という保育士からの評価が得られています。わらべうたが実証的に効果的であることがわかっています。

新潟青陵学会誌「保育におけるわらべうたの教育的効果」—声紋分析を用いた実証研究。わらべうたと日本語のリズム・アクセントの関係を詳細に解説しています。

小泉文夫の民族音楽の世界が解き明かした4つの音階と保育への応用

小泉文夫の最も重要な学術的功績の一つが、日本伝統音楽に存在する「4種のテトラコルド」の発見と理論化です。これが保育士の音楽指導に直結する知識です。

テトラコルドとは、4つの音(弦)をひとまとまりとする音楽の単位のことで、小泉は日本の伝統音楽の中に次の4種類のテトラコルドが存在することを分析しました。

種類 特徴 代表例
民謡音階 庶民の民謡に多い。明るく素朴な響き さくらさくら」一部
都節(みやこぶし)音階 江戸期の三味線音楽に特有。哀愁のある響き かごめかごめ」「ずいずいずっころばし
律(りつ)音階 雅楽・お経に使われる。荘厳な響き 仏教音楽
琉球音階 沖縄独自の開放的な響き 沖縄民謡全般

この理論が保育に役立つ理由は明確です。子どもたちが「○○ちゃん、あ~そ~ぼ」と呼びかける時、その音程は昔から変わっていません。スマートフォンに飽きた子どもが手遊び歌を始める時、そこには都節のテトラコルドが自然と入っています。これが「日本的な音感覚」の正体です。

保育士がこの理論を知っておくと、子どもが自発的に歌い出す歌の旋律構造を理解し、それに合った音楽活動を計画しやすくなります。結果として、子どもの音楽的な成長を意識的にサポートできるようになります。これは大きなメリットです。

小泉文夫の民族音楽の世界から学ぶ——CDと書籍の保育現場活用法

小泉文夫の没後、キングレコードによってCD71枚組・732曲という壮大なコレクション『小泉文夫の遺産〜民族音楽の礎』が2002年(平成14年)に発売されています。世界各地の民族音楽が網羅されたこのコレクションは、保育の現場での「音楽体験」の幅を劇的に広げるものです。

保育士として取り入れやすい活用法を具体的に考えてみましょう。

まず、「聴く活動」への応用です。たとえばインドネシアのガムランをお昼寝の時間にBGMとして流す、西アフリカのジャンベ(太鼓)を朝の会の前に流してリズム感を引き出すなど、日常保育に溶け込ませる方法があります。子どもたちは「変な音だ」と感じながらも、じっと聴き入ることが少なくありません。これが感受性の入口になります。

次に、「体を動かす活動」への応用です。モンゴルのオルティンドー(長い歌)の伸びやかなリズムや、バリ島のケチャの強烈なリズムパターンは、子どもたちが自由に体を動かす自由活動のBGMとして活用できます。童謡やクラシックとは異なる刺激が、子どもの身体表現の幅を広げます。

また、書籍面では、草思社から1986年に出版された『子どもの遊びとうた——わらべうたは生きている』(小泉文夫著)は、保育士が直接参照できる実践的な内容が多く、今でも古本市場で入手可能な一冊です。NHK出版の『小泉文夫 民族音楽の世界』(1985年)とあわせて手元に置いておく価値があります。

草思社「子どもの遊びとうた——わらべうたは生きている」紹介ページ—わらべうたの民族性・音楽教育への応用について詳しく解説されています。

小泉文夫の民族音楽の世界を知った保育士だけが気づく「独自視点」——世界の子どもの歌との共通点

小泉文夫が世界各地でフィールドワークを行う中で気づいた、非常に興味深い事実があります。それは「世界中の子どものわらべうたには、驚くほどの共通構造がある」という発見です。

小泉は国内だけでなく、訪れた国々でその土地の子どもの歌を必ず採集しました。アフリカ、エスキモー(イヌイット)の地域、東南アジア、ヨーロッパ……。そうして集めたデータを分析すると、子どもの歌は世界中で3音〜4音程度のシンプルな音程範囲に収まっていることが浮かび上がってきました。つまり、「子どものうた」の構造は文化を超えた普遍性を持っている、ということです。

これは保育士にとって重要な視点を与えます。子どもが自然に口ずさむ歌、呼びかける声、遊びの中で生まれるメロディーは、文化や国籍に関わらず似た構造を持っています。外国籍の子どもが保育園に入ってきた場合でも、シンプルなわらべうたや手遊び歌は言葉の壁を超えて通じ合える接点になり得ます。

厚生労働省の調査によると、2023年時点で日本の保育施設に通う外国籍の子どもの数は年々増加傾向にあります。小泉の視点——「世界の子どもの音楽には共通の土台がある」——を知っている保育士は、多文化保育の場面でも音楽を架け橋として使いやすくなります。これが「知っていると得する」情報です。

さらに、小泉は1970年の大阪万博(Expo’70)でアフリカの音楽家を招聘した際、その楽器を購入・保存するという行動をとっています。「本物の音に触れる体験」を子どもに提供することの大切さを、小泉は研究者として体現していました。保育の現場でも、本物の民族楽器(カスタネット、ジャンベ、アンクルンなど)に触れる機会を作ることが、子どもの感性を広げる大きな一歩になります。

東京藝術大学アートプラザ「世界の音楽のすべてを記録しようとした男!小泉文夫の壮大な夢と記録」—小泉文夫記念資料室の非常勤講師へのインタビュー記事。フィールドワークの詳細や資料室の概要が豊富に語られています。

小泉文夫の民族音楽の世界——著書と記念資料室を保育士がどう活用するか

小泉文夫は1983年8月20日、わずか56歳で肝不全のため急逝しました。癌の発見・治療が遅れたのは、あまりにも多忙だったからとも言われています。しかしその後も彼の業績は、東京藝術大学に開設された「小泉文夫記念資料室」を通じて確実に受け継がれています。

資料室には現在、楽器約800点・書籍日本語約3,600冊・外国語約1,800冊・録音テープ・映像資料・レコードなどが所蔵されています(2003年時点のデータ)。アジア14地域17民族の音楽、250種類以上の楽器が収録された「アジアの楽器図鑑」はウェブ上でも公開されており、保育士が手軽にアクセスできるリソースです。

資料室への一般見学は予約制で可能です。一部の楽器は実際に手に取って音を出すことができます。東京藝術大学(東京都台東区上野公園)を訪問できる保育士の方は、子どもへの音楽指導の引き出しを増やすための研修として活用するのも一つの方法です。

小泉の著作は現在もいくつかが刊行中です。特に保育士に向けておすすめの書籍としては次のものが挙げられます。

  • 📖 『小泉文夫 民族音楽の世界』(NHK出版、1985年)—本記事のテーマ。民族音楽の全体像を知るための基本書。
  • 📖 『子どもの遊びとうた——わらべうたは生きている』(草思社、1986年)—わらべうたの教育的意義を直接語った一冊。保育実践に最も直結。
  • 📖 おたまじゃくし無用論』(青土社、1980年)—西洋音楽偏重への警鐘。音楽教育の本質を考えさせられる書。
  • 📖 『音楽の根源にあるもの』(平凡社、1994年)—人間と音楽の普遍的なつながりを探る。

また、1989年から毎年4月4日(小泉の誕生日)に、公益信託小泉文夫記念民族音楽基金が「小泉文夫音楽賞」を授与しています。民族音楽学における国際的な学術賞として、世界的に認知されています。小泉の名前が今も世界の民族音楽研究者に敬意を持って語られているのは、彼の業績が普遍的な価値を持ち続けているからです。

保育士として日々子どもの音楽活動に関わる中で、「なぜわらべうたが子どもの心に刺さるのか」「どうすれば音楽体験をより豊かにできるか」を深く理解したいなら、小泉文夫の仕事に触れることが近道です。世界の音楽を俯瞰した彼の視点は、保育という場で音楽と子どもをつなぐ、強力な土台になります。

東京藝術大学 小泉文夫記念資料室「アジアの楽器図鑑」—アジア14地域17民族・250種以上の楽器と音楽を無料で確認できるウェブリソース。保育の「聴く活動」の教材探しに役立ちます。

おたまじゃくし無用論