芸術教育研究所 保育 こどもの歌
芸術教育研究所 保育 こどもの歌の位置づけ
保育で歌を扱うとき、つい「今月の歌」「行事の歌」「発表の歌」のように、目的が先に立ちやすいものです。けれど芸術教育研究所の文章を読むと、出発点は「子どもがための教育」であり、子どもの人格の尊厳を守り、円満な人格形成を援助する保育理論を提起する、という立ち位置が明確です。こうした考え方に立つと、「こどもの歌」は“保育者が教えるもの”というより、“子どもの内側にある成長の方針が、集団の生活の中で立ち上がるための素材”として扱いやすくなります。
特に印象的なのは、「成長の方針は、その子自身の中にある」という一文です。歌の時間を、正しい音程や大きな声を目標にしてしまうと、子どもが自分のテンポで参加する余地が狭くなります。逆に、子どもが自分の中にある可能性や主体性を発揮しやすいように組み立てると、同じ“歌”でも活動の質が変わります。
ここでのポイントは、歌を「指導の対象」に固定しないことです。歌は、安心・模倣・やりとり・間合い・身体の調整・ことばの獲得など、生活の多層とつながります。つまり、歌だけが上達しても保育が豊かになるとは限らず、逆に生活が整えば歌は自然に育ちます。
参考:研究所の保育観(子どもの人格・主体性・研修の目的)
芸術教育研究所 保育 こどもの歌とわらべうた
芸術教育研究所の「保育者像」には、わらべうた等の民族の素朴な伝承を愛する人、という項目があります。ここから読み取れるのは、わらべうたが単なる“昔の歌”ではなく、保育者の感性・観察・関係づくりを鍛える入口になり得る、ということです。
わらべうたが保育で強い理由は、曲そのものより「構造」にあります。多くのわらべうたは、短いフレーズの反復、呼びかけと応答、手遊びや身体接触の合図、テンポの揺れ(間)を含みます。これは、言語の発達途中にいる子どもが“理解より先に参加できる”形式です。つまり、参加のハードルが低い。
また、わらべうたは“音楽活動”であると同時に、“関係の稽古”でもあります。たとえば輪になる、順番を待つ、相手の目を見る、手を出す/引く、近づく/離れる。こうした微細な社会性は、説明で教えるよりも、遊びの流れの中で起きた方が定着します。
日常の導入はシンプルで構いません。
- 朝の集まり前:2分だけ「短い反復の歌」
- 移動前:歩くテンポに合う歌(歩行が整う)
- 午睡前:声量を落とした歌(鎮静の合図になる)
- 片付け前:片付けの“合図”としていつも同じ歌
“毎回同じ歌でもいい”という発想が、実は長期的に効きます。子どもは「予測できる」ことで安心し、自分から参加しやすくなるからです。
芸術教育研究所 保育 こどもの歌の実践(年齢別)
年齢別に見ると、「できること」より「起きやすいこと」を軸にすると実践がぶれにくくなります。歌を“発達の評価項目”にせず、“発達が起きる場面の設計”に置くイメージです。
【0・1・2歳】
この時期は、歌を「歌わせる」のではなく「環境音」に近づけるのがコツです。短い旋律、同じ語のくり返し、ゆっくりしたテンポ、抱っこや膝など身体の支えとセットにします。
- ねらい:安心、模倣の芽、呼吸の安定
- 保育者のコツ:音程の正確さより“息の流れ”と“間”
- 観察の観点:目線が合う回数、身体の緊張がほどける瞬間
【3・4歳】
集団での遊びが成立しやすくなり、「役割」「順番」「ルール」が歌と結びつきます。わらべうたは、ルール説明を短くできる利点があります(歌いながらルールが伝わる)。
- ねらい:やりとり、見立て、ルールの内面化
- コツ:最初から全員参加を目指さず、見ている子を尊重する
- 観察:歌の一部だけ口ずさむ子が増えると、参加が近いサイン
【5歳】
表現が豊かになり、歌が「物語」「場面」「行事」に接続します。ただし、行事の完成度に引っ張られると、子どもが“自分の表現”を試す余地が減ります。
- ねらい:表現の選択、友だちとの協働、聞く姿勢
- コツ:完成形を固定しすぎず、歌い方の選択肢を残す
- 観察:誰が主導しているか(保育者/子ども/グループ)
実践の手順は、次の「型」を持つと回しやすいです。
- いつもの場所・いつもの合図(安心)
- 保育者が短く提示(模倣)
- 子どもの反応を待つ(間)
- 遊びへ接続(生活化)
- 終わりの合図で締める(見通し)
芸術教育研究所 保育 こどもの歌と保育者像
歌の技術以前に、保育者の“あり方”が活動の質を左右します。芸術教育研究所の「保育者像」には、子どもの家族・両親をパートナーとして認める人、コミュニケーションの力を信じる人、理想を掲げ現実分析のできる人、などが並んでいます。これを歌の実践に翻訳すると、園内だけで完結させない姿勢が見えてきます。
たとえば、家庭と園の間に「歌の行き来」を作ると、子どもの表情が変わります。家で歌ったものが園で出る、園で流行ったものが家に持ち帰られる。その循環は、子どもにとって「自分の生活がつながっている」感覚になります。保護者への伝え方は、うまく歌えるかの評価ではなく、家庭での関わり方の提案に寄せると受け入れられやすいです。
保護者への掲示・連絡の例(文章の方向性)
- 今日のわらべうた:短いフレーズを繰り返しました。
- ねらい:みんなで同じテンポを共有する楽しさ。
- おうちで:寝る前に、声を小さくして同じ歌を1回だけ。
もう一つ大事なのは「現実分析」です。歌の時間がうまくいかない要因は、歌そのものではなく、生活の流れ(移動の混乱、疲れ、室温、座る配置、見通し不足)にあることが多い。歌を変える前に、環境を直す。ここを徹底すると、保育者の負担が減ります。
芸術教育研究所 保育 こどもの歌の独自視点(記録)
検索上位の話題では「おすすめの歌」「わらべうたの効用」が中心になりがちですが、現場で差がつくのは“記録のしかた”です。歌は一見すると成果が見えにくく、忙しい時期ほど「やった/やらない」だけの扱いになりやすい。そこで、歌の実践を保育記録に落とせる形にすると、活動が継続し、学級の合意形成も進みます。
おすすめは、音楽的な評価ではなく「関係と主体性」の記録です。たとえば次のような観点を、1回の活動で1つだけ拾います。
- 参加の形:歌う/口パク/手だけ/見ている/距離を取る
- きっかけ:友だちの声、保育者の間、手の動き、場所の安心
- 関係:誰に近づいたか、誰の真似をしたか、視線が合ったか
- 調整:声量を自分で下げた、テンポを合わせようとした
- 余韻:活動後に口ずさんだ、別の遊びに展開した
記録のテンプレ(そのまま使える短文)
- 「○○(歌)で、Aは最初は見ていたが、Bの手の動きを真似して輪の外から参加した。」
- 「テンポを速めたくなる場面で、Cが一度止まり、周りを見てから再開した。」
- 「終わりの合図の後も、Dが小声で繰り返し、落ち着いて片付けへ移行できた。」
“意外な効き方”として、記録があると、行事前の焦りをコントロールしやすくなります。完成度を上げる圧力がかかったとき、記録に残っているのは「子どもの主体性が動いた瞬間」です。そこに立ち返ると、歌が「見せるため」から「育つため」に戻ります。
また、チーム保育では「共通語」が重要です。歌の良し悪しでは議論が空回りしやすい一方で、「参加の形」「きっかけ」「移行が滑らかだった」などの言葉は共有しやすい。結果として、保育者同士の連携が良くなり、子どもに向けるまなざしも揃っていきます。
(参考:芸術教育研究所が掲げる保育者像・コミュニケーション重視の方向性)


