流れ星の歌童謡を保育で活かす歌詞と作詞家の秘密

流れ星の歌・童謡を保育で活かす歌詞と正しい使い方

2番・3番の歌詞をコピーして使うと、著作権侵害になる可能性があります。

🌟 この記事のポイント
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60年以上も作詞者が不明だった

童謡「流れ星」は1924年発表ながら、作詞者が誰かわからない”幻の童謡”として長らく語り継がれていました。1987年にようやく判明した、驚きの背景をご紹介します。

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1番と2・3番で著作権が異なる

1番の歌詞はパブリックドメインですが、2番・3番は現在も著作権保護期間中。保育士が誤った使い方をするとJASRACへの対応が必要になる場合もあります。

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子どもの情操・想像力を育てる曲

ヨナ抜き音階で書かれた親しみやすいメロディーが、子どもの感性や語彙力を豊かにします。保育現場での効果的な活用法もあわせて解説します。


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流れ星の歌(童謡)の歌詞とその世界観

 

童謡「流れ星」は、1924年(大正13年)に雑誌『婦女界』7月号で発表された日本の童謡です。作曲は明治・大正・昭和にかけて数多くの名作童謡を生み出した中山晋平で、「赤とんぼ」「しゃぼん玉」などとともに語り継がれる名曲のひとつです。

歌い出しの「くらいみ空の 流れ星/どこへ何しに 行くのでしょ」という1番の歌詞は、暗い夜空を流れる星が「のどが乾いたから、誰も知らない湖に水を飲みに行く」という、子どもが一読して情景を思い浮かべやすい内容になっています。不思議な詩情がありますね。

この歌詞には、西条八十(大正期を代表する詩人・作詞家)が選考した際のコメントが残っており、「はろばろとした空想があって面白い。暗い中に微光のあるところが、露西亜の童話でも読んでいるような気がする」と評されました。ロシアの童話を連想させるほど、独特の幻想的な雰囲気を持つ作品だということです。

歌詞は全部で3番構成になっています。1番は流れ星が夜空を流れる情景と、星が水を飲みに行くという設定が描かれます。2番では揺れる水面に映る流れ星、3番では星が旅を終えて戻るというストーリーが展開されます。ただし、1番のみが管野都世子の作詞で、2番・3番は後年、彼女の息子である佐々木仁が補作したものです。この点は保育で使うときに特に注意が必要です。

保育士として子どもに教えるとき、1番の歌詞の意味をていねいに説明することで、子どもが夜空や水の動きを頭の中でイメージしながら歌えるようになります。「星がのどが乾いた、ってどういう感じかな?」と問いかけるだけで、子どもたちから豊かな言葉が引き出されることがあります。これは使えそうです。

ながれ星 – Wikipedia(歌詞・作詞者・作曲者・発表年などの基本情報)

流れ星の歌・童謡の作詞者が60年以上不明だった理由

童謡「流れ星」を語るうえで、最も驚くべき事実は作詞者が60年以上にわたって”不詳”だったという点です。意外ですね。

この曲は1924年(大正13年)の雑誌発表時から、作詞者の名前が明記されませんでした。昭和初期の小学校の唱歌にも採用されて全国的に歌われたにもかかわらず、一部のレコードには誤って「野口雨情作詞」と記載されるなど、情報が混乱し続けた経緯があります。

転機が訪れたのは1984年(昭和59年)。神奈川県知事だった長洲一二氏が毎日新聞のコラムで「この歌を作ったのは誰なんだろう」と問いかけたところ、全国から70件以上の反響が寄せられました。それでもすぐには判明しませんでした。

決定的な手がかりが得られたのは1987年(昭和62年)のことです。NHK総合の水曜ドラマ「ばら色の人生」の中で主人公が毎回「流れ星」を歌ったことがきっかけとなり、作詞者の家族が名乗り出ました。こうして65年ぶりに作詞者が明らかになったのです。

作詞者は宮城県仙台市出身の管野都世子(本名:管野とも、後に佐々木とも)です。独身の24歳ごろに書いた詩を、1922年(大正11年)の雑誌『婦女界』の懸賞童謡に応募し、西条八十の選で見事1席を獲得しました。賞金はわずか「10円」でしたが、当時の10円は現代換算で約2〜3万円相当ともいわれ、若い女性が詩の才能だけで得た名誉ある報酬でした。

管野都世子は1949年(昭和24年)に53歳で病没しており、自分の詩が正式に作品として認められる日を生きて見ることはありませんでした。つまり作詞者が名誉を受けないまま世を去ったということです。保育士として子どもたちにこの歌を伝えるとき、歌の裏にある人間ドラマを添えると、より深い文化教育につながるでしょう。

なっとく童謡・唱歌 中山晋平の童謡(3);流れ星(作詞者判明の経緯と楽譜情報の詳細)

流れ星の歌・童謡の著作権と保育現場での正しい使い方

「流れ星の歌」を保育現場で使うとき、著作権の扱いには注意が必要です。特に「1番はOKで、2・3番は注意が必要」というルールを知らずにいると、思わぬリスクが生じます。

まず1番の歌詞と楽曲については、作詞者の管野都世子(1949年没)と作曲者の中山晋平(1952年没)の著作権保護期間がともに満了しており、パブリックドメイン(著作権消滅)となっています。日本の著作権法では、著作者の死後70年が経過した時点で保護期間が終わるため、現時点では両名の作品はいずれも自由に使用できます。これは問題ありません。

一方で、2番・3番の歌詞を補作した佐々木仁については、現在もまだ著作権保護期間中です。つまり保育だよりや行事プログラムなどに2番・3番の歌詞全文を印刷・掲載することは、著作権侵害になる可能性があります。著作権が条件です。

特に注意したいのがSNSへの投稿です。園のInstagramやFacebookで「流れ星」を歌う子どもの動画を投稿する際に、2番・3番の歌詞を画面にテキストとして表示すると、JASRACから著作権使用料を求められるケースがあります。保護者向けの連絡アプリに全歌詞を貼り付ける行為も同様のリスクをはらんでいます。

では実際、保育でどう動けばよいでしょうか。基本は「1番だけを使う」か、「JASRACの管理楽曲として手続きをした上で使用する」の2択です。園の年間行事で使用する場合、JASRAC(日本音楽著作権協会)に問い合わせると、保育施設の利用形態に応じた手続き案内を受けることができます。

JASRAC「学校で音楽を使うときには」(教育機関での音楽利用手続きの公式案内)

流れ星の歌・童謡を保育に活かす指導のポイント

童謡「流れ星」は、ト長調・4分の4拍子・テンポは♩=92(やや速め)という構成で作られています。ヨナ抜き音階(ファとシを抜いた5音音階)が使われており、日本人が自然に歌いやすい音の並びになっています。

ヨナ抜き音階とは何でしょうか?ドレミファソラシドの7音から「ファ(4番目)」と「シ(7番目)」を除いた5音で作られた音階のことで、日本の伝統音楽に深く根ざしたスケールです。この音階で書かれた曲は、子どもが初めて聞いても「なんか知ってる感じ」と感じやすく、保育の場での導入に向いています。実際、「さくらさくら」「荒城の月」など昔から愛唱される曲の多くがこの音階を使っています。

保育で「流れ星」を指導する際には、いくつかのポイントを意識すると子どもたちの反応が変わります。

まず、歌い出しの「くらいみ空」という表現を子どもたちと一緒に体で感じさせることが大切です。部屋のカーテンを閉めて少し暗くしてから歌ってみると、「夜の空」の雰囲気を体感しながら歌えます。視覚と聴覚を組み合わせると記憶への定着が高まります。これが基本です。

次に、「流れ星ってどこへ行くと思う?」と子どもたちに問いかけてから歌詞の内容を伝えるとよいです。「水を飲みに行くんだよ」と答えを教えたとき、子どもたちの驚く顔が見られるはずです。問いかけから入ることで聞く姿勢が生まれ、言語発達にもつながります。

また、「流れ星」は七夕(7月)や星まつりの時期の行事と組み合わせやすい曲です。星の切り紙を作りながらBGMとして流したり、星空プロジェクターを使って夜空を演出しながら歌ったりすると、子どもの情操教育に自然につながります。時期に合った選曲が条件です。

流れ星の歌と同じ大正童謡・作曲者・関連曲を知る独自視点

「流れ星」の作曲者・中山晋平は、大正から昭和にかけて日本童謡界を牽引した人物です。彼が作曲した楽曲は、「しゃぼん玉」(野口雨情作詞)「雨降りお月」(野口雨情作詞)「てるてる坊主」(浅原鏡村作詞)など、現代でも保育の現場で頻繁に使われる名曲ばかりです。

中山晋平が活躍した大正時代は、「童謡運動」と呼ばれる芸術教育の潮流が起きた時代でもあります。それまでの唱歌が教育目的・道徳的内容を重視していたのに対し、大正の童謡運動は「子どもの感性や想像力そのもの」を育てることを目指した作品づくりを推進しました。「流れ星」もそういった芸術童謡の精神のもとで生まれた作品のひとつです。この背景を知ると歌の見方が変わりますね。

あまり知られていないことですが、中山晋平は「流れ星」というタイトルの曲を2曲作曲しています。1つが本記事で紹介している管野都世子作詞の「流れ星」で、もう1つは蕗谷虹兒(ふきやこうじ)作詞の「ほしほし ながれぼし/どこへいった」というもので、大正12年に発表されました。つまり同じ作曲者による「流れ星」が2曲あるということです。楽曲情報を調べるときは作詞者名で確認するのが原則です。

保育士として中山晋平の作品群を知っておくと、季節や行事に合わせて関連曲を選曲しやすくなります。たとえば夏の七夕行事なら「流れ星」、梅雨の時期なら「雨降りお月」、秋の行事なら「赤とんぼ」(山田耕筰作曲・北原白秋作詞)のような大正童謡のラインナップを持っておくと、年間を通じた選曲計画が立てやすくなります。

大正期の四大童謡詩人(北原白秋・野口雨情・西条八十・本居長世)についての知識も、保育士として持っておくと指導の幅が広がります。これは知っておくと得です。「流れ星」は西条八十が審査員として1席に選んだ作品であり、選者の眼力と管野都世子の詩の才能が組み合わさった歴史的な作品だということを、保育の場の文化教育として伝えていくことができます。

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