編曲法と歌を保育士が現場で活かす基礎知識
市販の楽譜通りに弾いていると、子どもが怒鳴り声で歌ってしまうことがあります。
編曲法とは何か・歌の伴奏で保育士が知るべき基本
編曲とは、すでに存在する楽曲を別のスタイルや演奏形式に作り直すことを指します。保育の場面では「原曲を完全に変えること」ではなく、「弾き手(保育士)と歌い手(子ども)の両方にとって歌いやすく・弾きやすくすること」が目的です。
保育現場で求められる編曲は、大きく3つに分けられます。①伴奏の音符を簡略化すること、②子どもの声域に合わせてキーを変えること(移調)、③曲のイメージに合わせてリズムや和音を工夫すること、です。この3つが基本です。
市販の楽譜には「バイエル終了程度」という難易度設定のものが多く販売されています。しかし現場では、右手でメロディーを弾きながら左手で伴奏し、さらに歌うという三つの動作を同時にこなさなければなりません。複雑な楽譜に縛られる必要はありません。
東京未来大学の研究(紙屋・後藤、2008年)によれば、同じ曲でも伴奏をアレンジして変えるだけで、飽き始めた子どもたちが再び歌に引き込まれる効果があることが、幼稚園の実践から確認されています。これは使えそうです。
一方で、注意点もあります。著作権法上、楽曲を改変する「編曲権」は著作権者が独占的に持っており、無断でアレンジした楽譜をSNSや動画に公開することは翻案権の侵害に当たる可能性があります。保育室内での実演は著作権法上の問題はありませんが、アレンジした楽譜をオンラインで共有する際は注意が必要です。
著作権と編曲の範囲については、専門的な情報を以下で確認できます。
音楽の著作物における編曲と著作権の考察(虎ノ門法律特許事務所)
歌の編曲法に必要なコードの基礎と保育士向け活用法
コードとは和音に付けられた記号のことです。難しそうに見えますが、保育現場での歌の伴奏ではたった3つのコードを覚えるだけで大半の童謡が弾けるようになります。
その3つとは、ハ長調(Cキー)の場合、C(ドミソ)・F(ドファラ)・G7(シファソ) の3つです。これを「主要三和音(スリーコード)」と呼びます。「もりのくまさん」「ぞうさん」「チューリップ」など、保育現場で頻繁に使われる童謡のほとんどがこのスリーコードだけで成立しています。スリーコードが条件です。
実際に「もりのくまさん」を例にとると、コードの流れは次のようになります。
| フレーズ | 使うコード |
|---|---|
| 「あるひ もりの なかで」 | C → G7 → C |
| 「くまさんに であった」 | C → F → G7 → C |
この① C-G7-C ② C-F-G7-C という2パターンを体に覚えさせてしまえば、他の多くの曲にも応用できます。さらに、コードの構成音の順番を変えた「転回形」を使うと、左手の移動距離が短くなり、ぐっと弾きやすくなります。例えばFコードを「ファ・ラ・ド」ではなく「ド・ファ・ラ」に変えると、CコードからFコードへの移行がスムーズになります。
コードを感覚的に把握したら、次は拍子に合わせた弾き方を覚えます。
- 4分の4拍子:1拍目に根音(最低音)、2〜4拍目に上2音を弾く
- 4分の3拍子:コードの3つの音を1拍ずつ弾く(ドミソ = 3拍)
- 4分の2拍子:根音と上2音に分けて2拍にする
この考え方だけで、楽譜を見なくても伴奏が組み立てられます。これが原則です。
保育士向けコード伴奏の具体的な解説は以下のサイトが参考になります。
ぴぴピアノ教室:基本三和音だけで童謡をアレンジする方法(幼稚園教諭・保育士向け)
編曲法で歌を子どもの声域に合わせる移調の実践ポイント
市販の子どもの歌の楽譜を使ったとき、子どもたちが叫ぶように歌っていたり、声が出なくて口だけ動いていたりした経験はないでしょうか。その原因の多くは「楽曲の音域が子どもの声域と合っていない」ことにあります。
宮崎国際大学の研究(日髙・横山、2021年)によると、保育・幼児教育で使われる童謡・遊び歌300曲を分析した結果、全体の約70%が音域1オクターブ以上 の楽曲でした。一方、幼児が無理なく歌える声域は年齢によって次のように異なります。
| 年齢 | 無理なく歌える声域の目安 | 音程幅の目安 |
|---|---|---|
| 3歳児 | ド(C¹)〜ソ(G¹) | 5度 |
| 4歳児 | ド(C¹)〜ソ(G¹) | 5〜6度 |
| 5歳児 | ラ(A⁰)〜シ(B¹) | 6度前後 |
つまり3〜4歳児にとって快適な声域は「ドからソ」の約5音程度しかありません。意外ですね。市販の楽譜には最高音が「レ²(D²)」前後に設定された曲が多く、これは子どもの声域を1度から4度上回っています。その結果、子どもが音域に無理をしてどなり声になってしまうのです。
移調の方法はシンプルです。楽曲の最高音と最低音を確認し、子どもの声域に収まるようにキーを下げます。例えば「最高音がD²(レ)の曲」を「最高音がA¹(ラ)」に下げたい場合、曲全体を短3度(3半音)下げればOKです。ピアノの鍵盤3つ分下の音に置き換えるだけでできます。
移調をすると、コードも変わります。ハ長調からイ長調(Aキー)に移調した場合は、C→A、F→D、G7→E7 に置き換えればそのまま使えます。コードネームで把握していると、この作業が格段に速くなります。
幼児の声域と歌曲集の音域に関する学術的な根拠はこちらの論文で確認できます。
宮崎国際大学:幼児の歌唱声域と子どもの歌曲集の音域についての考察(PDF)
編曲法で歌の伴奏を簡略化する3つのアレンジパターン
複雑な楽譜の伴奏をそのまま弾こうとすると、歌うことに意識が向かなくなります。保育士にとって弾き歌いの本来の目的は「上手に弾くこと」ではなく「子どもと一緒に歌って楽しむこと」です。つまり伴奏は手段です。
左手の伴奏を簡略化するには、以下の3パターンを段階的に試すのが効果的です。
パターンA:全音符に変換(難易度★☆☆)
左手の音符をすべて全音符(1小節伸ばしっぱなし)に変換します。例えば「ドソミソ」という動きのある伴奏を「ドミソ」の全音符1つに変えるだけです。音の動きがなくなるため、右手と声に集中できます。
パターンB:二分音符に変換(難易度★★☆)
全音符を二分音符に変換します。4分の4拍子の場合、1小節に2つのコードを弾くことになります。コードが小節途中で変わる曲に対応できます。
パターンC:四分音符に変換(難易度★★★)
コードの根音だけを単音で1拍目に弾き、残りの拍で上の2音を和音で弾くパターンです。例えばCコードなら「ド(単音)→ミソ(和音)→ミソ(和音)→ミソ(和音)」と弾きます。音に厚みが出てプロらしい印象になります。
パターンA→B→Cと順番に練習することで、自然に上達を実感しやすくなります。慣れてきたら、アルペジオ(分散和音)という手法も加えられます。アルペジオとはコードの構成音を同時に鳴らさず一つずつ弾く方法で、やさしい雰囲気や流れるような伴奏になります。「ぞうさん」「揺りかごのうた」のような穏やかな曲と相性が良い伴奏法です。
編曲法を保育士がリズムと歌で活かす独自の実践アプローチ
ここでは、一般的な解説ではあまり触れられない「リズムの組み替えによる編曲」の視点をご紹介します。伴奏のコードを変えるだけでなく、リズムパターンを変えるだけでも歌の印象は大きく変わります。同じ音を使っていても、全然違う曲に感じられることがあります。
たとえば「おどるポンポコリン」を例に考えてみましょう。元の曲は跳ねるようなマーチ系のリズムですが、左手の伴奏をスラー(なめらかな弾き方)中心のパターンに変えると、落ち着いたバラード調になります。子どもが興奮しすぎているお昼寝前の時間帯などに「同じ曲のゆったりバージョン」として使うと、生活のリズムの切り替えにも活用できます。
これは東京未来大学の研究(紙屋・後藤、2008年)でも裏付けられており、「幼児を歌にもう一度惹きつけるためにはアレンジは有効である」という実践結果が報告されています。飽きてきた子どもたちも、伴奏が変わった瞬間にピアノのほうを振り向いたという記録があります。
具体的なリズム変換の例としては次の3つが現場で使いやすいです。
- マーチ系:コードを四分音符でリズミカルに刻む。運動・外遊びの導入に向く。
- バラード系:コードを全音符・二分音符で伸ばす。静かな時間に向く。
- アルペジオ系:コードを分散して弾く。お話の前・読み聞かせの前に向く。
年間の行事や生活場面によって同じ曲でも雰囲気を変えられるのは、編曲を知っている保育士だけの強みです。楽譜通りにしか弾けない状態と、自在にアレンジできる状態では、保育の引き出しの数が根本的に変わります。
保育現場でのピアノ伴奏アレンジを動画で確認したい場合は以下が参考になります。
YouTube:弾き歌いで覚えておくと便利な伴奏パターン#1
また、コード奏法の体系的な習得には、保育者向けの教材として「コードで弾けるピアノ伴奏法(教育芸術社)」が保育者養成校でも広く使われており、初心者でも段階的に学べる構成です。まず一冊手元に置いておくのが近道です。


