ゴードン音楽学習理論と歌で育む子どもの音楽的発達

ゴードン音楽学習理論と歌で育む子どもの音楽的発達

ピアノ伴奏なしで歌う保育士こそ、子どもの音楽的才能をいちばん伸ばせます。

🎵 この記事でわかること
🧠

ゴードン音楽学習理論とは?

エドウィン・E・ゴードン博士が提唱した、音楽を「言語習得」と同じプロセスで学ぶという革新的な理論。「オーディエーション」という内的な音楽思考力が核心です。

🎤

歌指導への具体的な活かし方

トーナルパターン・リズムパターンを使ったア・カペラ歌唱の実践法、準備的聴音の7段階に沿った年齢別アプローチを解説します。

👶

9歳までが勝負の音楽的臨界期

音楽適性は9歳頃までに大きく決まるという研究データに基づき、0歳〜5歳の保育現場でどんな働きかけが最も効果的かを具体的に紹介します。

ゴードン音楽学習理論の基本概念と「歌」の位置づけ

エドウィン・E・ゴードン(1927〜2015)は、アメリカの音楽教育研究者として生涯にわたり子どもの音楽的発達を研究し続けた人物です。彼が提唱したMusic Learning Theory(音楽学習理論、以下MLT)は、音楽の習得プロセスを「言語習得」と徹底的に対応させて理論化した点で、世界的に高い評価を受けています。現在はイタリア・スペイン・ポーランドなどヨーロッパ各国、さらに韓国・中国・台湾でも広く実践されていますが、日本ではまだ知名度が高いとは言えません。

MLTの中心にあるのが「オーディエーション(Audiation)」という概念です。これは、実際に音が鳴っていない状態でも、頭の中で音楽を理解・想像・記憶・予測する能力のことを指します。たとえば、曲を聴き終わった後にそのメロディを心の中で再現できる、楽譜を見ながら音を出さなくても音楽が「聴こえる」——そういった内的な音楽思考力がオーディエーションです。これは音楽における「読解力」に相当します。

つまりオーディエーションが原則です。

歌の学習においてオーディエーションが果たす役割は非常に大きく、子どもが音程やリズムを正確に歌えるかどうかは、単なる発声練習の問題ではなく、この内的な音楽思考力の発達度に左右されるとゴードンは主張しました。よく「音痴な子」と表現されるケースも、オーディエーション能力が十分に育っていない段階に現れる一時的な現象と捉えるのがMLTの見方です。

保育士にとって、この視点は大きなヒントになります。子どもが歌を「正しく」歌えなくても、それは発達の過程であり、叱ったり修正を急ぎすぎたりすることがかえって音楽的な萌芽を摘んでしまうリスクがあります。これは使えそうです。保育士という立場から、歌の場面でどのように声かけし、どのような環境を提供するかがMLT実践の出発点となります。

オーディエーションは大きく分けて8つの種類があるとされており、「聴覚オーディエーション」「記憶オーディエーション」「想像オーディエーション」「予測オーディエーション」「読譜オーディエーション」「書譜オーディエーション」「即興的オーディエーション」「作曲的オーディエーション」が含まれます。保育士が日常の歌指導で意識すべき中心は、最初の3つ——聴き、覚え、想像する力を育てることです。

ゴードン博士の音楽学習理論(MUSICALBA音楽院)—MLTの概要と日本での実践情報

ゴードン音楽学習理論が示す歌の発達段階「準備的聴音」7ステップ

MLTでは、子どもが本格的な音楽的思考(オーディエーション)に達する前の段階を「準備的聴音(Preparatory Audiation)」と呼び、3つのタイプと7つのステージに分けて説明しています。保育士がこの発達段階を理解しておくと、日々の歌の場面でどう関わるかが根本的に変わります。

まず「タイプ1:文化的順応(Acculturation)」は、誕生から概ね2〜4歳頃を指します。子どもは周囲の音楽を吸収し(ステージ1)、やがて音楽に対してランダムに体を動かし声を出す(ステージ2)、さらに意図的に合わせようとし始める(ステージ3)という流れを経ます。この段階が基本です。

大切な点は、ステージ1では「歌わせよう」とするより、豊かな音楽環境に浸らせることが優先であるということです。ゴードンは、この時期の子どもには声楽よりも器楽曲(歌詞のない音楽)を聴かせることを推奨しています。歌詞があると子どもの注意が言語情報に向いてしまい、純粋な音楽的特性——音の高さ・リズム・調性——の吸収が妨げられることがあるからです。これは意外ですね。

次に「タイプ2:模倣(Imitation)」は概ね2〜5歳頃です。子どもは自分が出している声が周りの大人の声と違うことに気づき始め(ステージ4)、やがてトーナルパターン(音の高さのまとまり)やリズムパターン(リズムのまとまり)をある程度正確に模倣できるようになります(ステージ5)。

「タイプ3:同化(Assimilation)」は概ね3〜6歳頃で、子どもは歌いながら自分の呼吸や体の動きと声を協調させることを学びます(ステージ6・7)。つまり、音程が安定してくるのはこの段階で生理的・筋肉的な協調が整ってからです。

タイプ ステージ 目安年齢 保育士の関わり方
①文化的順応 1〜3 0〜3歳頃 多様な音楽を聴かせる・特定の反応を強要しない
②模倣 4〜5 2〜5歳頃 トーナル・リズムパターンを繰り返し歌い、子どもの反応を温かく受け止める
③同化 6〜7 3〜6歳頃 歌と体の動きを合わせる活動を自然に促す

正確に歌えない子どもを「音痴」と判断するのは早計であり、ステージ4〜5のプロセスにある子どもに修正を急かすと、音楽への苦手意識を植えつけてしまいます。注意に注意すれば大丈夫です。保育士が子どもの「ずれた歌」を否定せず、むしろ一緒に歌い返して楽しむことが、次のステージへの橋渡しになります。

Early Childhood Music(The Gordon Institute for Music Learning)—準備的聴音の7段階の詳細解説(英語)

ゴードン音楽学習理論における歌のトーナルパターン・リズムパターン指導

MLTの実践において、歌の指導の柱となるのが「トーナルパターン(Tonal Patterns)」と「リズムパターン(Rhythm Patterns)」という考え方です。パターンとは言語でいう「単語」に相当するもので、音楽の語彙ともいえます。

トーナルパターンとは、2〜4音程度のシンプルな音の組み合わせです。たとえば「ドーミーソー」「ソーファーミー」といった短い音型を指します。リズムパターンは「タンタンタン」「タタタ・タン」のような短いリズムの組み合わせです。

MLTでは、子どもに歌を覚えさせるときに曲全体を最初から与えるのではなく、まずこうした短いパターン単位で繰り返しのやりとり(エコー)を積み重ねることを重視します。これは言語でいえば、文章を丸暗記させる前に単語や短いフレーズを徹底的に使いこなせるようにする感覚に近いです。

具体的には、保育士がア・カペラ(伴奏なし)でトーナルパターンを歌い、子どもがそれを声でまねする活動から始まります。移動ド唱法(主音を「ド」として読む方法)を使うことも多く、調性感を自然に育むのに役立ちます。ここで重要なのは、子どもが「間違えた」としても、それをすぐ直すのではなく、まず子どもの歌ったパターンをそのまま保育士が歌い返し、次に正しいパターンを提示するという「肯定→提示」の流れです。

活動例 内容 ねらい
トーナルパターンエコー 保育士が「ドーミーソー」と歌う→子どもが真似 音の高さの語彙を増やす
リズムパターンチャント 「タンタタ・タン」を手拍子とともに唱える リズム感・拍感の育成
わらべうたパターン遊び 「なべなべ」などの短い音型を繰り返す 文化的順応と音楽語彙の蓄積

わらべうたはMLTの実践に非常に相性がよいことが、日本の研究者(小畠エマ・横浜国立大学)によっても指摘されています。わらべうたは短いフレーズの繰り返しが多く、ピアノに頼らずア・カペラで歌える点がMLTの考え方と合致しているからです。

ア・カペラで歌うことが条件です。ピアノ伴奏をつけると、子どもの注意が鍵盤音に引きずられてしまい、純粋な「歌う声」の模倣が妨げられることがあります。保育士がア・カペラで歌えるスキルを磨くことは、MLTの観点から見て非常に価値の高い専門性といえます。

The MLT Approach(GIML公式)—トーナル・リズムパターン指導法の概要(英語)

ゴードン音楽学習理論が明かす「歌」と音楽適性の9歳臨界期

ゴードンの研究において特に注目すべきデータが、「音楽適性は概ね9歳頃までに大きく発達し、それ以降は変化が緩やかになる」という知見です。これは言語習得における「臨界期」の概念と非常に似ています。

9歳という年齢は小学校3年生に相当しますが、保育士が関わる0〜5歳という時期は、まさにこの音楽適性の発達において最も伸びしろの大きい黄金期にあたります。早期の豊かな音楽体験が、その後の一生の音楽的発達の土台を形成するという意味で、保育士の役割は極めて大きいといえます。

これが条件です。ゴードンが音楽学習理論の副書名に「新生児と幼い子どものための(A Music Learning Theory for Newborn and Young Children)」と明記しているのも、0歳からの音楽環境が決定的に重要だという認識があるからです。

ただし、ここで誤解してはならない点があります。ゴードンは「早期教育=早く楽器を習わせること」を推奨しているのではありません。むしろ5歳以前は「非形式的なガイダンス(Informal Guidance)」、つまり自由で自然な音楽環境への浸透を優先し、子どもに特定の反応を強制しないアプローチを基本としています。

📌 0〜3歳(非構造的な非形式的ガイダンス)

多様な調性・拍子の歌を保育士がア・カペラで歌いかけます。特定の反応や成果を期待しません。子守歌・わらべうたが有効です。

📌 3〜5歳(構造的な非形式的ガイダンス)

保育士が内容を計画しながらも、子どもの自発的な反応を待ちます。トーナルパターン・リズムパターンのエコー活動を取り入れます。

📌 5歳以降(形式的指導)

時間を区切り、特定の応答を求める正式な音楽活動が始まります。幼稚園・小学校での音楽授業に相当します。

0〜5歳の間に「豊かな音楽のことば」を環境として与えること。これがゴードン理論の核心的なメッセージです。岡山大学大学院の小川容子教授も「子どもの音楽的行動の土台に何があるかを読み取ること」の重要性を説いており、保育現場でも子どもの音楽的萌芽を評価する視点が求められています。

「音感(おんかん)」は測れるのか(ヤマハ音楽研究所/岡山大学 小川容子教授)—ゴードンの音楽適性テストと音楽的発達研究の権威ある解説

ゴードン音楽学習理論を保育の歌指導に活かす独自視点:「音楽バブル期」を逃さない保育士の声かけ術

MLTには、一般の音楽教育メソッドではほとんど語られない「ミュージック・バブル(Music Babble)」という概念があります。これは言語習得でいう「옹알이(ベビートーク)」——赤ちゃんが意味をなさない音を繰り返す時期——の音楽版です。

子どもは音楽的な発達の初期段階において、大人から見れば「外れた音程」「バラバラなリズム」で声を出し続けます。トーナルバブル(音程がはっきりせず話し声のような音程で歌う)とリズムバブル(一定のテンポや拍がなく、不規則に動く)がこれにあたります。

残念ながら、日本の保育現場では「みんなと同じ音程で歌えない子」に対して早期に矯正しようとしたり、グループ活動で前に出てもらうことを避けたりする場面がまだ見られます。しかしMLTの観点では、この「ズレた歌」こそが正常な発達過程の証であり、保育士がここで誤った対応をすると、音楽的な発達に長期的な悪影響を及ぼす可能性があります。

厳しいところですね。では、ミュージック・バブル期の子どもに対して保育士はどう声かけすればよいのでしょうか?

✅ 効果的な声かけの例:

  • 「上手!」「合ってる!」という評価の言葉より、「いっしょに歌おう♪」「もう一回聞かせて」というような参加を促す言葉を使う
  • 子どもが歌ったパターンを保育士がそのまま歌い返す(否定せずに受け取る)
  • 次に正しいパターンを自然なかたちで提示する(「こっちもどうぞ」のニュアンスで)

❌ 避けたほうがよい声かけの例:

  • 「それ違うよ」「もっと高く(低く)歌って」などの直接的な修正
  • 「上手な子と一緒に歌って」のような比較
  • 歌えない場面での沈黙や困惑を見せる表情

このような「肯定→モデル提示」のパターンは、研究者の小畠エマ氏(横浜国立大学)がMLTに基づく保育者のア・カペラ歌唱力育成研究の中でも指摘している実践的な示唆です。保育士が自分自身の歌声に自信を持ち、ピアノなしでも豊かにア・カペラで歌い続けることが、子どものオーディエーション発達を直接支える力になります。

保育士向けには、MLTに基づく音楽教育の学習機会として、MUSICALBA音楽院(東京・月島)が定期的にワークショップを開催しています。10回コースでMLTの理論と実践を体系的に学べるプログラムで、保育士だけでなく幼児教育者も参加できます。自分の歌声を磨きたい保育士は、一度調べてみる価値があります。

「歌い-作り-聴く」ことで育つ無伴奏歌唱の力(小畠エマ・横浜国立大学)—MLTに基づく保育者ア・カペラ歌唱力育成の研究論文(CiNii)