田楽とは芸能の源流、保育士が知るべき歴史と魅力
田楽は「食べ物の田楽」しか知らない人が多いけれど、実は芸能としての田楽が能楽を生んだ親元です。
田楽とは何か:芸能の定義と基本的な意味
田楽(でんがく)とは、古来より稲作にかかわる行事や祭礼から生まれた歌舞のことです。平安時代中期に成立した日本の伝統芸能であり、農作業の豊作を神に願う人々の儀礼が芸能へと発展したものとされています。
その起源については「田植えの前に豊作を祈る田遊びから発達した」という説と、「渡来のものである」という説があり、完全には解明されていない部分も残っています。これが田楽研究の面白い点でもあります。
大きく分けると、田楽には3つの形態があります。
- 田遊び・田植踊:秋の豊作を予祝するもので、稲作の作業をまねて演じるもの
- 田植神事:実際に田植えをしながら豊作を願うもの
- 芸能化した田楽:田に関わる歌舞が洗練されて演じられるようになったもの
これが基本です。
田楽では「びんざさら(編木)」と呼ばれる独特の楽器が必ず使われます。長さ10〜20センチほどの木片(ちょうど名刺を縦に並べたイメージ)を紐で一列につなぎ、両端を持って広げたり閉じたりして音を出す体鳴楽器です。踊り手が踊りながら器用に操り、さまざまなリズムを生み出します。このびんざさらは平安時代から現代まで田楽の象徴的な楽器として使われています。
びんざさらのほか、腰鼓、銅拍子、笛なども使われます。演者が風流笠(かざりのある大きな笠)などの華やかな被り物を着用することも特徴のひとつです。円陣や対向、入れ違いなどの編隊を組んで踊る点も、田楽ならではのスタイルです。
日本の伝統芸能の中でも、田楽はとくに「庶民の生活に根ざした芸能」という点で独自の位置を占めています。これは保育士として子どもたちに日本文化の豊かさを伝えるうえで、非常に有用な切り口になります。
参考:田楽の基本情報と楽器について(文化デジタルライブラリー)
田楽の芸能としての歴史:平安から室町への流れ
田楽の歴史は、平安時代に明確な記録として現れます。現存する最古級の史料は998年の『日本紀略』で、京都の松尾神社の祭礼で田楽が演じられたと記録されています。
最大の転換点は1096年(永長元年)に起きた「永長の大田楽」です。これは一種の社会現象で、貴族から庶民まで身分の上下を問わず京都全体が田楽熱に巻き込まれました。当時の政情不安や末法思想といった社会不安を背景にしていたともいわれており、まるで現代のフェスティバルのような盛り上がりだったと記録されています。この出来事が、田楽を「農耕儀礼」から「芸能」へと決定的に変えた瞬間でもありました。
意外ですね。
その後、平安時代後期には寺社の保護を受けて「田楽座(でんがくざ)」という専門集団が形成され、田楽法師(でんがくほうし)という職業的な芸人が生まれます。田楽が職業芸能として成立したのはこの時期です。
鎌倉時代に入ると、田楽にさらに演劇的な要素が加わり「田楽能(でんがくのう)」と呼ばれるようになります。この時期、田楽は猿楽よりも高い人気を誇っていた時代もありました。鎌倉幕府の執権・北条高時が田楽に熱中したことは『太平記』に記されており、室町幕府4代将軍・足利義持も田楽の名人「増阿弥(ぞうあみ)」の芸を愛好したことで知られています。
つまり、田楽は単なる農民の踊りではなく、将軍や貴族をも熱狂させた当時最高峰のエンターテインメントだったということです。
その後、室町時代に入ると観阿弥・世阿弥が率いる大和猿楽が台頭し、田楽は次第に衰退していきます。しかし田楽が能楽の成立に与えた影響は計り知れず、能を大成した世阿弥自身が「当道の先祖」として田楽の名人・一忠を挙げているほどです。
| 時代 | 田楽の状況 |
|---|---|
| 平安中期 | 稲作儀礼として成立。998年『日本紀略』に記録 |
| 1096年(永長元年) | 「永長の大田楽」で社会現象に |
| 平安後期 | 田楽座・田楽法師の誕生 |
| 鎌倉時代 | 田楽能へと発展。将軍・武家に愛好される |
| 室町時代 | 猿楽の興隆により衰退、能楽の源流となる |
| 現代 | 郷土芸能として24件が重要無形民俗文化財に指定 |
参考:能楽の歴史と田楽の関係(国立能楽堂 ユネスコ無形文化遺産 能楽への誘い)
田楽と猿楽の違い:能楽に至る2本の道
保育士として子どもに日本の伝統芸能を説明するとき、田楽と猿楽(さるがく)の違いを整理しておくと話の深みが増します。
猿楽は奈良時代に中国から伝来した「散楽(さんがく)」が発展したもので、物まねの要素が強い芸能でした。いかにその役柄に似せるか、感情や行動をリアルに模すかが中心にあります。
一方、田楽は舞いを中心とし、象徴的に演じるという特徴があります。具体的に何かをそっくりまねるのではなく、農耕の喜びや神への感謝を舞い踊ることで表現する芸能です。これは大きな違いです。
南北朝から室町時代にかけて、能は大きく「猿楽能」と「田楽能」の2種類に分かれていました。田楽能の名人として知られているのは、一忠(いっちゅう)、喜阿弥(きあみ)、増阿弥(ぞうあみ)といった人物です。なかでも一忠は、鬼などの様々な物まね芸に秀でながらも優美な芸も兼ね備えており、観阿弥が「我が風体の師なり」と尊敬したことで知られています。
結論は、田楽と猿楽は「舞い中心」と「物まね中心」という方向性の違いがあったということです。
その後、観阿弥が大和猿楽の物まね芸に、田楽や曲舞(くせまい)の舞踊的要素を取り込むことで能楽の原型が完成していきました。つまり今日の「能」の中には、田楽のDNAが確実に生きているのです。これを知ると、子どもたちへの伝統芸能の説明に厚みが生まれます。
参考:猿楽と田楽の違い・能楽の成立(HugKum 小学館)

現代に生きる田楽:那智の田楽とユネスコ無形文化遺産
田楽は江戸時代に入るとほぼ忘れ去られた存在となりました。しかし現代においても、日本各地の神社祭礼の中に田楽の姿を見ることができます。現在、重要無形民俗文化財に指定されている田楽関連の民俗芸能は全国で24件にのぼります。
その中でも特に有名なのが、和歌山県の「那智の田楽」です。熊野那智大社の例大祭(那智の火祭)で毎年7月14日に奉納されるもので、約600年の歴史を持ちます。2012年にはユネスコ無形文化遺産にも登録されました。
那智の田楽の演者構成は、笛1人・腰太鼓4人・編木(びんざさら)4人・番外の舞人(シテテン)2人の計11〜12人です。びんざさらや腰太鼓を打ち鳴らしながら、円陣を描いたり、列を組み替えたりしながら躍動的に踊ります。田楽の本曲として21曲が保存会によって伝承されています。これは使えそうです。
また、現代的な田楽の復活として注目されているのが「大田楽」です。五世野村万之丞氏が各地の伝統芸能や民俗芸能、西洋の動きや音楽などを取り込んで創出したもので、現在は九世野村万蔵氏が引き継いでいます。
大田楽の特徴は、ジャグリングやアクロバットも取り入れた華やかな演出と、老若男女誰もが参加できるオープンな形式です。石川県加賀市山代温泉の「山代大田楽」をはじめ、東京六本木や池袋など全国各地で開催されています。
子どもたちと「那智の田楽」の映像を一緒に見たり、びんざさらに似た手作り楽器を製作したりすることで、伝統芸能の生きた体験につなげることができます。
参考:那智の田楽について(和歌山県文化財ページ)

田楽と料理の意外なつながり:おでんの名前の由来も田楽にあった
「田楽」という言葉は、実は食卓でも毎日のように使われています。豆腐や蒟蒻、里芋などを串に刺して味噌をつけて焼く「味噌田楽」、そして「おでん」も、もとを辿ると芸能の田楽に行き着きます。
田楽の舞の中には「高足(たかあし)」と呼ばれる曲芸があります。白い袴を着た演者が一本の棒に乗って飛び跳ねる踊りで、その姿が「串に刺さった白い豆腐の上に茶色の味噌が乗っている様子」に見えたというのが味噌田楽の名前の由来とされています。
おでんは、もともと「お田楽(おでんがく)」の省略形です。食べ物としての田楽から「でんがく→でん→おでん」と変化したという説があります。厳密な意味ではおでんは田楽の煮込みバージョンとして発展した料理です。
| 料理名 | 田楽芸能との関係 |
|---|---|
| 味噌田楽 | 高足(棒乗り)の衣装と、串刺し豆腐の姿が似ていたため命名 |
| おでん | 「お田楽(おでんがく)」が短縮されてできた言葉 |
この話は、子どもたちへの伝統芸能の導入として非常に効果的です。「みんながご飯のときに食べるおでんは、実はとても古い踊りの名前からきているんだよ」と話すだけで、子どもたちの目が輝きます。
日常の食べ物と伝統芸能をつなぐこのエピソードは、保育現場での文化的な語りかけにそのまま活用できます。給食や行事食でおでんや田楽料理を出すタイミングに合わせて話すと、子どもの記憶に残りやすくなります。
参考:田楽の語源と料理への影響(語源由来辞典)

参考:農林水産省 うちの郷土料理「味噌田楽」
保育士が田楽の芸能を子どもに伝えるための独自視点:予祝の感覚を育む
田楽の芸能としての核心にあるのは「予祝(よしゅく)」という考え方です。予祝とは「まだ起きていないことが、すでに実現したように喜ぶ・祝う」という日本古来の文化的発想です。
田楽はもともと、秋の収穫よりも前の春に「豊作になった姿を先に演じる・踊る」ことで、本当に豊作になることを祈る芸能でした。つまり「なりたい姿・願う姿を体で表現する」という発想が根っこにあります。これが基本です。
この「予祝」の感覚は、現代の保育実践でも非常に重要です。子どもたちが「運動会でかっこよく走れた自分」を想像して踊ったり、「お友達と仲良く遊んでいる姿」を劇で表現したりすることは、田楽が何百年もかけて育てた文化的な知恵と同じ根を持っています。
保育の現場では「伝統芸能を鑑賞させる」という方向だけでなく、「身体表現・リズム遊びの中に田楽の精神を取り入れる」という発想が有効です。
具体的には以下のような活用が考えられます。
- 🎵 びんざさら風の手作り楽器:厚紙や木片を紐で繋いだ簡易版びんざさらを作り、音のリズム遊びに活用する
- 🌾 田植えごっこ・収穫ごっこ:稲作の動作を体で表現し、その後「田楽踊り」として発展させる
- 🎭 予祝の劇あそび:「こうなったらいいな」を先に体で表現するという田楽的な発想を取り入れた劇あそびを行う
- 📖 絵本と連動した語り:田楽にまつわる絵本や昔話を読み聞かせた後、踊りや音遊びに発展させる
伝統芸能を「難しいもの」として遠ざけず、こうした生活・遊びとの接点から近づいていくことが、子どもたちの文化的な土台づくりにつながります。
幼稚園教育要領・保育所保育指針においても、「伝統的な行事や文化に触れる体験を大切にすること」が明記されています(領域「環境」)。田楽はその実践に最も適した素材のひとつです。
なお、北区立飛鳥山博物館では「王子田楽」を題材にした親子向け講座が開催されており、博物館と連携した体験型学習の参考事例として保育計画に組み込むことも検討できます。
参考:教員・保育者養成につなぐ民俗芸能の伝承過程(名古屋女子大学リポジトリ)
https://nagoya-wu.repo.nii.ac.jp/record/4271/files/kojinjinbun64_139-148.pdf
参考:文化デジタルライブラリー びんざさら楽器図鑑
https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc6/edc_new/html/804_sasara.html

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