愛着理論とボウルビィが保育士に伝えること
「愛着形成は母親だけの仕事」と思っている保育士ほど、子どもの発達を見逃しやすいです。
愛着理論ボウルビィの誕生:WHOの調査から始まった研究
ジョン・ボウルビィ(1907〜1990)は、イギリス出身の精神科医・精神分析家です。ケンブリッジ大学で心理学を学んだ後、児童精神医学の研究者として歩みはじめました。彼の研究が世界的に注目されるきっかけになったのは、1950年代に世界保健機関(WHO)の要請を受けて行った、欧米各国の戦争孤児収容施設の調査です。
施設で育った子どもたちは、衣食住が保障されているにもかかわらず、身体的な発育の遅れや知的・情緒的な発達の遅れが顕著に見られました。施設に収容された子どもの死亡率が家庭養育の子どもより高いケースも報告されていました。ボウルビィはこの原因を「母性的養育の剥奪(マターナル・デプリベーション)」と名づけ、特定の養育者から十分なケアと愛情を受けられない環境が、身体的・知的・情緒的・社会的発達に長期的な悪影響をおよぼすと世界に発信しました。
この研究成果は各国の児童施設の環境改善に直結し、保育・福祉の歴史を変える転換点となりました。つまり愛着理論は、単なる学術的な心理学理論ではなく、実際の子どもたちを救うために積み上げられた、現場発の知見でもあるのです。
保育士にとって大切なのは、ボウルビィが最終的に主張したのは「母親だけが愛着を育てられる」という意味ではないという点です。椙山女学園大学・石橋尚子氏の資料でも明記されていますが、ボウルビィの言葉は「母親のような愛情で子どもに接しよう」というものであり、愛着対象は「母親的な人物」全般を含んでいます。保育士がこの点を正確に理解しているかどうかが、日々の関わり方の質に直結します。
【椙山女学園大学】乳児期の子育てで大切にしたいこと(愛着理論と三歳児神話の誤解釈について解説したスライド資料)
愛着理論の4段階:アタッチメント形成のプロセスを保育士が知る
ボウルビィは、愛着行動の発達を4つの段階に整理しました。保育士がこのプロセスを理解しておくと、子どもの行動の「なぜ?」が見えやすくなります。
| 段階 | 時期 | 特徴 |
|---|---|---|
| 第1段階 | 出生〜12週頃 | 人を区別せず、誰にでも関心を示す(泣く・微笑む・手を伸ばす) |
| 第2段階 | 12週〜生後6ヶ月頃 | 特定の人物(主に母親)への働きかけが顕著になる。分離への泣きはまだ見られない |
| 第3段階 | 生後6ヶ月〜2・3歳頃 | 特定の愛着対象への接近行動・後追い・人見知りが明確になる。「安全基地」として使い始める |
| 第4段階 | 3歳頃〜 | 愛着対象がいなくても情緒的に安定できるようになる。目標修正的な協調性が芽生える |
第3段階が、保育士の関わりが最も重要な時期です。この段階の子どもは特定の愛着対象を「安全基地(secure base)」として活用しながら、そこから外の世界を探索します。探索していても不安を感じると安全基地に戻り、安心を確認してからまた離れていきます。このサイクルが健全に機能することで、好奇心・挑戦心・社会性の土台ができます。
第4段階では、愛着対象が物理的にそばにいなくても、心の中に「守ってくれる人がいる」という感覚(内的作業モデル)が維持されます。これが後の自己肯定感や対人信頼感の基盤になります。結論は「3歳頃からの安定が長期的な人格形成を支える」です。
【マイナビ保育士】愛着形成とは?発達段階と保育士が大切にしたい関わり方(保育士ライターによる解説記事)
愛着理論のエインズワースによる分類:3タイプを保育士が見分けるポイント
ボウルビィの理論を実験によって体系化したのが、アメリカの発達心理学者メアリー・エインズワースです。彼女が考案した「ストレンジシチュエーション法(SSP:Strange Situation Procedure)」は、現在も世界的な標準評価手法として使われています。
ストレンジシチュエーション法とは、約20分間の構造化された場面(8場面)を通じて、子どもが愛着対象との「分離」と「再会」にどう反応するかを観察するものです。「初めての場所に連れてこられる→見知らぬ大人が登場する→養育者がいなくなる→再び戻ってくる」という流れで、子どもがその人物を「安全基地」として使えているかどうかを確認します。
この観察研究によって、愛着のタイプが以下の3つに分類されました(後にメインらがD型を追加しています)。
- 🟢 B型(安定型):分離時に泣いたり不安を示すが、再会時には素直に喜び、保育士に近づいて安心を取り戻す。安全基地を有効に使えている状態。
- 🟡 A型(回避型):分離時も再会時も感情の起伏が少なく、養育者を避けるような行動をとる。感情を表に出すと無視されてきた可能性がある。
- 🔴 C型(アンビバレント型):分離時に激しく泣き、再会しても安心できずにいつまでも怒りや不安が続く。養育者の応答が一貫していないと形成されやすい。
保育現場で「この子はなぜいつも私を避けるの?」「なだめても全然落ち着かない…」と感じる場面があるとしたら、これらのタイプの視点で子どもの行動を見直すと、対応の糸口が見えやすくなります。これは使えそうです。
A型の子どもに特に注意が必要です。表面上は「手がかからない子」に見えるため見落とされやすいのですが、安心を求めることをあきらめている状態である可能性があります。保育士が積極的に声をかけ、応答するだけで変化が生まれることがあります。
【聖愛大学】アタッチメント理論から考える保育所保育のあり方(ストレンジシチュエーション法の8場面の詳細と保育への応用を解説した研究論文)
安全基地と内的作業モデル:愛着理論の核心を保育士が理解する
ボウルビィの愛着理論でとりわけ重要な概念が「安全基地(Secure Base)」と「内的作業モデル(Internal Working Model)」の2つです。
安全基地とは、子どもが不安や恐怖を感じたときに「守ってもらえる」と感じて戻れる場所・人のことです。単なる「やさしい大人」ではありません。子どもが困ったときに確実に応答してくれる、一貫した存在であることが条件です。安全基地がしっかりあると、子どもは「探索」に向かえます。外界を好奇心を持って調べ、時に失敗しても安全基地に戻れば大丈夫、という感覚があるからこそ、挑戦できるのです。
内的作業モデルとは、幼少期の愛着経験を通じて心の中に形成される「自分と他者への見方・信念」のことです。簡単に言えば、「自分は愛される価値がある存在か」「他者は信頼できる存在か」という内面的な確信のセットです。安定した愛着を経験した子どもは「自分は大切にされる」「困ったら誰かが助けてくれる」という内的作業モデルを持ち、それが自己肯定感・対人関係・ストレス対処能力の基盤になります。
内的作業モデルは修正可能です。乳幼児期の経験が最も影響力を持ちますが、その後の保育士や教師、祖父母などとの安定した関係によって、不安定なモデルが改善されることも研究で示されています(Main, 1990)。母親との関係が安定していない子どもでも、保育士との安定した関係を通じて内的作業モデルが安定する方向に動くことができます。保育士の存在意義がここにあります。
【現代の愛着研究】内的作業モデルとは?公認心理師が解説(保育者・教師との関係による内的作業モデルの修正可能性についての解説)
愛着理論を保育士が実践するための応答的関わりのコツ
ボウルビィの愛着理論を保育現場に生かすためには、日々の「応答」の積み重ねが核心です。子どもが出す小さなサインをどれだけ拾えるかが、安定型の愛着形成に直結します。
まず大切なのが一貫した応答性です。泣いたとき、不安そうなとき、保育士に駆け寄ってきたとき——毎回同じように受け止める姿勢が「この人は必ず応えてくれる」という信頼感をつくります。1回の完璧な対応よりも、100回の「そこそこの応答」の方が愛着形成への影響が大きいとも言われます。つまり「完璧さ」より「続けること」が条件です。
次に有効なのがスキンシップと身体的接触です。抱っこや背中をさするなどの接触により、脳内でオキシトシン(愛着ホルモン)が分泌され、子どもに安心感をもたらします。おむつ替えや着替えの場面も、ただの作業として流すのではなく、「きれいにしようね」「気持ちいいね」と声をかけながら行うことで、愛着形成のチャンスに変わります。
アイコンタクトと表情も重要です。赤ちゃんは生後数週間から人の顔に強い関心を示します。保育士が目を合わせて笑顔を返すだけで、「自分は気にかけてもらっている」という感覚が生まれます。子どもが新しい遊びに挑戦しようとしているとき、保育士が穏やかな笑顔で見守ることで「これは安全な体験だ」と判断できます。これを心理学では社会的参照と呼びます。
さらに、0〜1歳児クラスでは担当制の導入が有効です。特定の保育士が同じ子どもの世話を継続することで、深い愛着が形成されやすくなります。マイナビ保育士の記事でも「0〜1歳児クラスは担当の保育士を決めることで愛着関係を育みやすくなる」と明記されています。厳しいところですね、人員不足の現場では難しい面もありますが、担当が決まっているだけで子どもの安心感は確実に変わります。
- 💬 泣いている子どもに即座に声をかける(反応が少し遅れても構わない。大事なのは確実に応答すること)
- 👀 子どもと目を合わせてから話しかける習慣をつける
- 🤲 抱っこ・背中さすりなどのスキンシップを日課に組み込む
- 📋 担当制を取り入れ、同じ保育士が継続的に関わる体制をつくる
- 😊 子どもが挑戦しているとき、温かい表情で見守る(社会的参照を意識する)
保育士自身の心の安定も見逃せません。保育士がストレスや疲労を抱えていると、子どもへの応答の質が下がります。自分自身のセルフケアも、愛着形成のための実践のひとつと考えてください。
【ほいくプラス】ボウルビィの愛着理論について(愛着行動の3種類・4段階を図解でわかりやすく解説したページ)
愛着理論の誤解「母親だけが育てるべき」は研究的に支持されていない
保育士として働いていると、保護者から「保育園に預けると愛着形成が阻害されるのでは?」という不安の声を聞くことがあります。この不安の背景にあるのが「三歳児神話」です。三歳児神話とは、「3歳までは母親が子育てに専念すべき」という考え方ですが、これはボウルビィの愛着理論の誤解釈から生まれたものです。
椙山女学園大学の資料にも記されているとおり、三歳児神話の「3歳までの発達が重要」という点は正しい認識です。しかし「母親だけが育てなければならない」という部分は、研究的に支持されていません。ボウルビィ自身が言っているのは「母親のような細やかな愛情を持って接すること」であり、その主体は母親だけに限定されていないのです。
現代の研究では、愛着対象の多様性がはっきりと示されています。日本心理学会の『心理学ワールド』95号に掲載された文化人類学の研究によると、中央アフリカの狩猟採集民アカの乳児は平均5〜6人の養育者に対して愛着行動を示していたことが報告されています(Meehan & Hawks, 2013)。複数の養育者が存在していても、主たる愛着対象への愛着形成が妨げられるわけではないことが証明されています。
厚生労働省の研究報告(2001年)でも、「母親に対して安定した愛着を形成していない子どもであっても、それとは独立して保育者への安定した愛着を形成することができ、保育者への安定した愛着が円滑な発達につながる」と明示されています。保育士が安全基地になれることは、研究的に確立した事実です。
保護者からこうした不安が出たときは、「愛着対象は複数でよく、保育士との関わりはお子さんの安心感を増やします」と自信を持って伝えてください。それが大丈夫です。
【日本心理学会 心理学ワールド95号】ヒトのアタッチメント再考(文化人類学・霊長類学から見た愛着関係の多様性と母親以外の養育者の重要性を解説)

心理学は面白い (心理学の基礎の基礎)

