平均律クラヴィーア曲集 第1巻 難易度を正しく知って選曲ミスをゼロにする
1番から順番に練習すると、上達が3倍遅くなります。
平均律クラヴィーア曲集 第1巻の全体像と難易度の基準
バッハの平均律クラヴィーア曲集 第1巻(BWV 846〜869)は、「ピアノの旧約聖書」と称されるほど音楽史上の重要作品です。ハ長調から始まり、長調・短調を交互に並べながら24の調性を一通り網羅した全24曲(前奏曲+フーガの48楽章)で構成されています。バッハが1722年ごろにまとめたとされ、もともとは教育目的で編まれた側面も強い曲集です。
まず「難易度」を語る際に基準となるのが、ドイツの権威ある楽譜出版社ヘンレ社(Henle)の9段階評価です。1が最も易しく、9が最難関。平均律第1巻では、最も易しいとされる第1番ハ長調の前奏曲がレベル2、難しい部類のフーガ(4声・5声)がレベル6〜7に位置しています。つまり第1巻全体としては、ヘンレ評価で「5〜6」前後に集中しており、ピアノを習い始めて数年ほどの中級〜上級者向けというのが客観的な位置づけです。
難易度が曲によってかなりばらつくのが、この曲集の特徴でもあります。
| 難易度感 | 代表曲(バルトーク順上位) | ヘンレ評価の目安 |
|---|---|---|
| 易しい | 第6番 BWV851(二短調)、第2番 BWV847(ハ短調)、第9番 BWV854(ホ長調) | プレリュード3〜4 / フーガ4〜5 |
| 中程度 | 第1番 BWV846(ハ長調)、第13番 BWV858(嬰ヘ長調)、第15番 BWV860(ト長調) | プレリュード4〜5 / フーガ5〜6 |
| 難しい | 第4番 BWV849(嬰ハ短調)、第8番 BWV853(変ホ短調)、第20番 BWV865(イ短調) | プレリュード5〜6 / フーガ6〜7 |
平均律第1巻はただ「バッハの曲集」とひとくくりにできるものではありません。曲によって難易度が2〜3段階も違うということです。これが重要なポイントです。
声部の数も難易度を左右します。フーガは「2声・3声・4声・5声」に分かれており、第1巻の中で唯一の5声フーガである第4番 BWV849(嬰ハ短調)は、第1巻最難関クラスの一曲とされています。5声とは、手のひら1枚で同時に5つの声部(メロディーライン)を追うようなもので、通常の両手演奏とはまったく異なる思考が要求されます。これは大変ですね。
なお、インベンション(2声)やシンフォニア(3声)を経験してから平均律に入るのが一般的な学習ルートですが、「シンフォニアが全曲完成しないと平均律は弾いてはいけない」という厳格なルールは存在しません。実際には平均律の易しめのフーガ(3声)には、シンフォニアの延長線上で取り組める曲がいくつもあります。
参考:ピティナ(日本ピアノ教育連盟)による平均律クラヴィーア曲集 第1巻の解説ページ。各曲の背景・調性・構成について詳しい情報が掲載されています。
平均律クラヴィーア曲集 第1巻 BWV 846-869 – ピティナ・ピアノ曲事典
平均律クラヴィーア曲集 第1巻を1番から練習するのはなぜ危険なのか
「平均律は1番から順番に練習する」と思っている方は多いです。しかし、これが上達を遅らせる最大の落とし穴になります。
ヘンレ社の評価で見ると、第1番 BWV846のフーガはレベル6です。9段階の6というのは「上級手前」に相当し、たとえば同じバッハのインベンション全15曲の最難関クラスとほぼ同等か、それ以上の難易度です。第1番の前奏曲(レベル2)は確かにシンプルな分散和音の積み重ねなのでとっつきやすいですが、続くフーガは4声で構成されており、初めて平均律に取り組む方には手に余ることがほとんどです。
つまり前奏曲は弾けても、フーガで挫折するということです。
この問題を解消するために役立つのが、バルトーク(Béla Bartók)が難易度の易しい順に並べ直した版の存在です。ハンガリーの大作曲家であるバルトークは、平均律第1巻・第2巻の全48曲を難易度順に並べ直した教育版を出版しました。これは彼自身が優れたピアニストでもあり、指導者としての観点から整理したものです。
バルトーク版で第1番(=最も易しい)とされているのは、第1巻ではなく第2巻の第15番(ト長調)です。第1巻の中で最も易しい位置づけとされるのは第6番(二短調 BWV851)で、バルトーク順では全48曲中2番目に登場します。バルトーク順ではトップ10の中に第1巻から6番、2番、9番、10番、11番の5曲が含まれており、これが実質的な「入門おすすめ5曲」とも言えます。
| バルトーク順位 | 曲番(第1巻) | 調性 | ポイント |
|---|---|---|---|
| 2位 | 第6番 BWV851 | 二短調 | 入門に最適。バランスが取れている |
| 7位 | 第2番 BWV847 | ハ短調 | 主題が明快で理解しやすい |
| 8位 | 第9番 BWV854 | ホ長調 | 速めだが構造がシンプル |
| 4位 | 第10番 BWV855 | ホ短調 | 2声フーガで最も取り組みやすい |
| 6位 | 第11番 BWV856 | ヘ長調 | 軽やかで舞曲風、弾きやすい |
第10番(ホ短調)のフーガは第1巻唯一の2声フーガです。2声ということは、右手と左手がそれぞれ1本のメロディーを受け持つだけなので、声部の分離という意味では最も負担が少ない。これは使えそうです。
なお、第1番(ハ長調)のバルトーク順位は全48曲中22番目です。これは「易しくも難しくもない、ちょうど中間より少し易しめ」という位置づけを意味します。「1番だから簡単」ではないということが数値でも確認できます。
参考:バルトークによる平均律難易度順の詳細な一覧表と星5段階評価が確認できるページです。
平均律クラヴィーア曲集 第1巻 フーガ難易度を声部数で理解する
平均律第1巻の難易度を語るうえで、「フーガの声部数」は避けて通れない視点です。声部数とは、フーガの中で独立して動くメロディーラインの数のこと。2声・3声・4声・5声の順に難しくなります。
第1巻には2声フーガが1曲(第10番)、3声フーガが11曲、4声フーガが11曲、5声フーガが1曲(第4番)含まれています。3声と4声がほぼ半々という構成です。
🎵 声部別の難易度感と入門おすすめ曲
- 2声(第10番 ホ短調):声部の分離が最もシンプル。右手と左手がそれぞれ独立したラインを追う。入門として最適。
- 3声(第2番、第6番、第9番、第11番など):3本のラインが同時に動く。シンフォニア経験者なら取り組みやすい。主題が聴き分けられると演奏しやすくなる。
- 4声(第1番、第14番、第16番など):4声は両手でそれぞれ2声を担当。声部の独立性を保ちながら弾くには相当な訓練が必要。
- 5声(第4番 嬰ハ短調):第1巻唯一の5声。転調が多く音楽的理解と指の技術を同時に要求される最難関クラス。
フーガが難しいのは技術的な問題だけではありません。
たとえば4声フーガを弾く場合、頭の中では「4人の歌手が別々に歌っている」ところを同時に聴き分け、自分の両手でその4人を演じなければなりません。合唱指揮者がソプラノ・アルト・テノール・バスを一人で担うようなイメージです。これはかなり特殊な能力を要します。
3声から始めるのが原則です。
日常的にピアノを弾く時間が限られる場合、まず3声フーガを1曲丁寧に仕上げることで、4声への橋渡しになります。特にピアノ経験はあっても「多声音楽を弾いたことがない」という方は、第2番(ハ短調)か第6番(二短調)から入るのが現実的です。第2番はヘンレ評価でフーガが「4/5」と第1巻の中でも低め、第6番も「4/5」と安定しており、この2曲が事実上の入門ツートップとされています。
なお、3声のフーガが一通り弾けるようになってから4声に挑戦するという段階的なアプローチが、遠回りに見えて最も効率的です。4声を無理に練習しても、声部が聴こえていない状態では何時間弾いても完成しません。
参考:フーガの難易度やおすすめ曲について、ピアノ講師の視点から詳細にコメントがまとめられています。
バッハ、平均律フーガの難易度やおすすめ(さいりえ ピアノサロン)
平均律クラヴィーア曲集 第1巻 楽譜の版選びで練習効率が大きく変わる
平均律第1巻の楽譜には複数の「版(エディション)」があり、どれを選ぶかによって練習のしやすさが大きく変わります。これは意外に見落とされがちなポイントです。
主要な版を整理すると以下のとおりです。
🎼 版の種類と特徴
- ヘンレ版(原典版):世界の音楽大学で最も使用率が高く、アンドラーシュ・シフ(世界的なバッハの名手)による運指付き版が2007年に発売された。最も信頼性が高く、楽譜の見やすさ・使いやすさでも定評がある。迷ったらこの一択。
- ウィーン原典版:1977年出版でやや古いが、校訂の根拠がしっかり書かれており信頼性が高い。ヘンレ版より価格がやや安くなる場合がある。
- ベーレンライター版(原典版):最新の研究を反映しており、楽譜の見やすさも良好。ただし運指が付いていないため、指使いで悩みやすい初心者には不向き。
- 全音版(市田儀一郎校訂):国内書店でも手に入りやすく、日本語の解説が読めるのが強み。バッハ研究の権威である市田先生による解説付き。
- 園田高弘版(CD付き):日本の伝説的なピアニスト・園田高弘による校訂版。CD付きで独学者にとって参考音源がある点が魅力。
独学で取り組む場合は、全音版か園田版が実用的です。
最も注意が必要なのは、ブゾーニ版やムジェリーニ版と呼ばれる19世紀の校訂版です。100年以上前の「ロマン派的な解釈」に基づいており、現代のバッハ演奏のスタンダードとは大きくずれている部分があります。これらは上級者が「19世紀の演奏スタイルを研究する」目的で使うものであり、初めて平均律に取り組む方が使うと悪影響が出てしまう可能性があります。
楽譜の選び方は一度決めたらなかなか変えにくいものです。最初から適切な版を選ぶことが、長期的な練習効率に影響します。「とりあえず安い楽譜を」という判断が後悔につながることもあるので、最初の1冊は慎重に選ぶのが得策です。
参考:ヘンレ版・全音版・ウィーン原典版など主要な版の詳細な比較と選び方がまとめられています。
バッハ「平均律」のおすすめ楽譜「失敗しない選び方」 – ピアブログ
平均律クラヴィーア曲集 第1巻 保育士が効率よく練習を続けるための独自視点
ここからは、検索上位ではほとんど語られない視点をお伝えします。
保育士として日々の業務をこなしながらピアノを練習する場合、「どの曲から始めるか」と同じくらい重要なのが「1曲にかける練習の設計」です。平均律第1巻の前奏曲とフーガをセットで仕上げようとすると、たとえば易しめの第6番(二短調)であっても、両方合わせると演奏時間は約4〜5分。これを安定させるには、週3回・1回30分程度の練習を3〜6か月継続する目安が必要です。
忙しい社会人に現実的なのは「前奏曲だけ先に仕上げる」アプローチです。
前奏曲は自由な形式を取るものが多く、フーガのような厳密な声部追跡が不要なため、技術的ハードルが大幅に下がります。たとえば第1番(ハ長調)の前奏曲はヘンレ評価でレベル2であり、これは「インベンション初級相当」とも言われます。分散和音のアルペジオが淡々と続く美しい曲で、弾けるようになるまでの期間は集中練習で1〜2週間ほどです。有名なグノーの「アヴェ・マリア」の伴奏部分に使われたことで知られ、この曲をきっかけに平均律の世界を知った方も多いはずです。
これは確かに取り組みやすい曲ですね。
また、練習効率を上げるうえで重要なのが「声部ごとの練習」です。通常のピアノ練習では「まず右手、次に左手、それから両手」という手順を取りますが、バッハのフーガでは「右手に2声、左手に2声」というように声部が手をまたいで配置されます。そのため、右手だけ・左手だけと分けて練習しても声部の流れが見えにくい場合があります。
正しくは「主題(第1声部)だけを歌う」「第2声部だけを取り出す」という声部単位の練習が効果的です。1声部ずつ口で歌いながら追うことで、頭の中に音楽の地図が作られ、両手合わせた際の混乱が大幅に減ります。この方法は遠回りに見えますが、実際には最短ルートです。
さらに、速いテンポで弾きたくなる気持ちは分かりますが、最初は16分音符1拍=40〜50程度の超スローテンポで声部を聴きながら弾く習慣が大切です。プロのピアニストも最初は遅く練習します。速さを求めるのは最後の最後、という意識で進めましょう。
🎯 保育士が平均律第1巻を効率よく進めるための実践ポイント
- まず第6番か第2番の前奏曲から着手する(バルトーク順で易しめ、声部追跡がフーガより楽)
- フーガは第10番(2声)か第6番(3声)から始め、1声部ずつ口で歌いながら覚える
- 1回の練習は20〜30分を週3回以上確保する(短時間でも継続が優先)
- ヘンレ版または全音(市田)版を使用し、楽譜の解説も参照しながら進める
- テンポは最初から遅く設定し、声部が聴こえてから徐々に上げる
日常業務でピアノを使う機会がある保育士の場合、仕事の場で子どもたちにバッハを弾いて聴かせることが、そのまま自分の練習になるという好循環も生まれます。バッハの音楽は年齢を問わず「聴く耳を育てる」とも言われており、保育の現場で流すBGMとしても質が高いです。取り組む動機はいくつもあります。
参考:ヘンレ社の9段階難易度評価とバルトーク版の難易度順序が一覧できるブログ記事です。第1巻全24曲の詳細データが確認できます。
J.S.バッハ:平均律曲集の難易度(ヘンレ社など) – ぴあのピアノ

バッハ, J. S.: 平均律クラヴィーア曲集 第1巻 BWV 846-869/ヘンレ社/原典版(2007年改訂版/A. シフによる運指付き)

