内田麟太郎「なみ」を保育士が読み聞かせで活かす方法
「へ」を1文字も声に出さずに読む子どもは、この詩を最も深く理解している。
内田麟太郎「なみ」はどんな詩?コンクリート・ポエトリーとしての全体像
詩「なみ」を初めて目にする大人の多くは、「これは詩なのか?」と目を疑います。なぜなら、この詩は「へへへへへへへへへへへ」という11文字の「へ」が8行並び、そのあとに1行空けて「うみがわらっている。」という一文だけで構成されているからです。内容を知らずに眺めると、誤字か何かのミスにさえ見えてしまいます。
しかしこれは、れっきとした「コンクリート・ポエトリー(concrete poetry)」という芸術表現の一形態です。コンクリート・ポエトリーとは、テキストが持つ視覚的・空間的な具象性に注目して書かれた詩のことで、文字の形・配置・音声が一体となって意味を生み出します。つまり、「なみ」は読むだけでなく、見ても楽しめる詩なのです。
「へ」という文字を8行ぎっしりと並べると、横に波が重なるように見えます。海岸線から押し寄せる波を上から見下ろしたような視覚的イメージと、「へへへへへ」と続けて発音したときに自然と笑い声になる聴覚的な効果が重なり、「うみがわらっている」という最後の一文がスッとはまるのです。これは大変に計算された表現です。
この詩が掲載されているのは、光村図書の小学校3年生向け国語教科書(下巻)の「詩のくふうを楽しもう」という単元です。令和2年度版および令和6年度版にも継続して収録されており、もとは作者・内田麟太郎の少年詩集『うみがわらっている』(銀の鈴社、2000年)に収められています。教科書採用から20年以上にわたって子どもたちに読み継がれてきた詩でもあります。
実際に授業で音読すると、子どもたちはほぼ例外なく笑顔になります。富山県氷見市のある小学校の授業報告によれば、先生が「『なみ』の手本を聞きましょう」と言った瞬間から子どもたちが笑い出し、「笑わずに読み通す」ことが自然な目標になるほど、楽しい雰囲気が生まれたと記録されています。保育士の皆さんにも、この詩の持つ「場の空気を変える力」はとても参考になるはずです。
内田麟太郎の詩人・絵詞作家としての経歴と「なみ」誕生のひみつ
内田麟太郎(うちだ・りんたろう)は1941年2月11日、福岡県大牟田市生まれの詩人・絵詞作家です。父も詩人だったという文学的環境の中で育ちましたが、6歳で母を亡くし、7歳のときに来た継母から冷たく扱われ続けたという複雑な幼少期を過ごしました。19歳の春に単身上京し、看板職人として働きながらひそやかに現代詩を書き続けた人物です。
転機が訪れたのは37歳のとき。ハシゴごと倒れて大けがをしたことをきっかけに、「子どもの本を書こう」と決心します。その後送り出した『さかさまライオン』(童心社、絵:長新太)が絵本にっぽん賞を受賞し、絵本作家としての道が開けました。現在では「ともだちや」シリーズ(偕成社)、『がたごとがたごと』(童心社)など300作品以上を世に送り出しています。
では、詩「なみ」はどうやって生まれたのでしょうか。内田さんが約60歳を前に体力の衰えを感じた頃、「まどみちおさんが90歳を過ぎても詩を書いている」という事実に背中を押されて少年詩を書き始めることを決意します。しかし、大人向けの現代詩を長年書いてきた「言葉の筋肉」は子ども向けには固すぎて、1年以上まったく少年詩が書けなかったと本人が語っています。
突破口は、ある日パソコンのキーボードを眺めていたときに偶然訪れました。「へ」のキーが目についたのです。試しにキーボードで「へへへへへへへへへへへ」と8行打ち込み、最後に「うみがわらっている」と書いたら、詩が完成してしまいました。これが「なみ」です。「絵の中に文字があるなら、絵のような詩があってもいいじゃないか」という発想でした。内田さんはこの詩を「運命の扉を開いてくれた作品」と語っています。
「なみ」が少年詩集『うみがわらっている』に収録されると、「まど・みちお全詩集」を編集した伊藤英治氏の目に留まり、正式に詩集出版へとつながりました。こうして生まれたのが少年詩集第2弾『きんじょのきんぎょ』(理論社)、さらに『まぜごはん』(銀の鈴社、2014年)など5冊以上の少年詩集です。たった1行の気楽な思いつきが、作者自身の創作人生を大きく変えた点は、保育士として子どもの「偶然の発見」を大切にする姿勢にも通じます。
内田麟太郎さんインタビュー「絵のような詩があってもいいじゃないか」(絵本ナビ)
「なみ」の読み方・音読のポイントと保育士が使えるアレンジ技
「なみ」を読み聞かせる際、多くの先生はつい「どう読ませるか」を考えすぎてしまいます。しかし実際には、この詩は読み方に「正解」がないからこそ面白いのです。その自由さこそが、保育現場での最大の武器です。
まず音読の基本スタンスを押さえましょう。詩の中の「へへへへへへへへへへへ」は、笑い声のように読んでも、波のように抑揚をつけて読んでも、どちらも正解です。実際に授業で複数の子どもに読ませると、高い声・低い声・早いテンポ・ゆっくりしたテンポと、それぞれ個性が出てくるのが楽しいのです。富山県氷見市の授業では、1連ずつ担当を分けてリレー形式で読んだところ、8人が順番に笑い声を波のようにリレーする形になり、学級全体で大いに盛り上がったと報告されています。これは使えそうです。
保育現場向けのアレンジとして、3〜5歳の幼児クラスでも十分楽しめる活動を3つご紹介します。
- 🌊 声の波ゲーム:「へ」を1人ずつ順番に読んでいき、列の端まで「へ」の声が波のように伝わったら成功。合計88回の「へ」が88人分の個性でつながります。
- ✍️ 文字で絵を描く:画用紙に「へ」をたくさん並べて波の絵を作る造形活動。「へ」の他に「の」で煙、「く」で山など、子ども自身が文字の形から発想を広げられます。
- 😄 顔文字で感情表現:「へへへへ」が笑い顔に見えることを入り口に、他のひらがなを使って顔を作るゲーム。文字への親しみと感情語彙を同時に育てられます。
特に2つ目の「文字で絵を描く」活動は、文字学習が始まる年長クラスへの導入として非常に有効です。文字を「意味の記号」としてではなく「形のある面白いもの」として出会わせることで、文字嫌いになりにくくなる効果が期待できます。これが条件です。
音読活動では、笑ってしまうことを「失敗」と感じさせないことが最重要です。「なみ」を使えば、笑うこと自体が詩の狙いですので、子どもがリラックスして声を出す練習になります。保育士自身が率先して笑いながら読んでみせることで、場の雰囲気が一気に和らぎます。
「なみ」が保育の現場で使われている実際の場面と子どもの反応
2024年12月にSNSでも大きな話題になった「なみ」ですが、現場でこの詩に触れる子どもたちの反応は、一様に「笑顔」であることが多くの記録から確認できています。特に小学3年生が音読する様子を見た親御さんが「怖すぎた」とSNSに投稿したことで28万件の「いいね」を集め、改めてこの詩の特別な力が広く認識されました。
保育士として押さえておきたいのは、「なみ」が子どもに与える感情の動きです。最初は「何これ?」という戸惑い、次に「へへへへ」と読み始めたときの吹き出し笑い、最後に「うみがわらっている」という一文を読んで「あ、海の波か!」とつながる瞬間の達成感。この3段階の感情の流れは、保育現場での「感動体験」の設計に活用できるパターンです。
実際のクラスでは次のような反応が報告されています。
- 📝 「先生が『手本を聞きましょう』と言っただけで、まだ何も読んでいないのに子どもが笑い始めた」(富山県氷見市の授業記録)
- 🎨 「『へ』が並んでいるのを見た子が、自分でキャラクターを描き始めた」(保護者SNS報告)
- 🔊 「最後の『うみがわらっている』を読んだとき、全員が海を想像したような表情になった」(教師ブログ)
- 📖 「音読後に『ほかにも「へ」みたいな詩ってあるの?』と自発的に質問が出た」(学習記録)
これらの反応から見えてくるのは、「なみ」が子どもの「知的好奇心の火種」になるということです。1つの詩が「詩って何でもありなんだ」という認識を子どもに与え、次の創作活動へのモチベーションにつながります。保育の場では「絵本を読み聞かせて終わり」にせず、「この詩みたいに、きみも文字で何か作れる?」と問いかけるだけで、創造性を引き出す活動に発展させられます。
子どもの反応は個人差があるものです。笑う子もいれば、じっくり眺めている子もいますが、どちらも詩と向き合っているという点では同じです。反応を急かさず、子どもの速度に合わせて詩を楽しむ環境をつくることが、保育士として最も大切な姿勢です。
子どもの音読が怖すぎた…28万いいねを集めた「なみ」の話(ハフポスト日本版)
内田麟太郎の他の詩・絵本作品と保育士目線の独自活用アイデア
「なみ」という1篇の詩を入り口に、内田麟太郎の世界は驚くほど広がっています。保育現場での活用という観点から、特に使いやすい作品を紹介します。
まず、保育士の間で最も知名度が高い作品は絵本「ともだちや」(偕成社、1998年)シリーズです。「ともだち100円です!」と声を上げるキツネが主人公のこの絵本は、「友だちとは何か」を自然に考えさせてくれる名作です。保育学分野の研究では、幼稚園・保育所での読み聞かせ人気ランキングで第3位に入ったデータもあります(恵泉女学園大学の研究、2018年)。5歳前後から「友だち関係」が複雑になってくる時期に、ぴったりと寄り添える絵本です。
詩の世界でいうと、「そっくり」「ねこ」「ばあさまかえる」など内田麟太郎の詩集『まぜごはん』(銀の鈴社、2014年)や『うみがわらっている』に収められた言葉遊びの詩群は、保育の「言葉あそびコーナー」に最適です。「ねこ」という詩は「ねこねこみました」から始まり、「ね」という音の連続で展開するナンセンス詩で、年中〜年長の子どもがゲラゲラ笑いながら聞ける内容です。
保育士として、ここでひとつ独自の視点をご提案します。「なみ」のような視覚詩は、実は「朝の会」での活用にとても向いています。理由は3つあります。
- ⏱️ 時間が短い:詩全体が1分以内で読めるため、集中が続く前の朝の時間帯にぴったりです。
- 😆 笑いで緊張をほぐす:朝に一度笑顔になっておくと、その後の活動への参加意欲が上がる傾向があります。
- 🎯 繰り返しが効く:何度読んでも「また聞きたい」と言われる詩なので、週に何度か使っても飽きません。
また、「なみ」から発展する造形活動として「文字アート」は、保育士の準備コストがほぼゼロで実施できます。画用紙とクレヨンさえあれば、「好きなひらがなを並べて、何かの絵を作ろう」という活動がすぐに始められます。子どもが「〇」を並べて太陽を作ったり、「く」を重ねて山を作ったりと、発想は無限に広がります。この体験が、後の文字への親しみや、小学校での詩の学習への好意的な態度につながります。
内田麟太郎の作品全般に共通しているのは、「難しいことを、難しく言わない」スタイルです。「言葉の筋肉がちがう」と自ら語るように、子ども向けの言葉は徹底的に削ぎ落とされ、遊びの余白が生まれています。保育士としてこのスタイルを参考にすると、子どもへの声かけや保育環境の設計にも活かせる考え方が見つかります。
