シナスタジアと保育と歌
シナスタジアの基礎と共感覚の特徴
シナスタジア(共感覚)は、ある刺激に対して本来の感覚に加えて別の感覚も同時に立ち上がる知覚現象で、代表例が「音を聞くと色が浮かぶ(色聴)」です。
保育や歌の文脈で重要なのは、これが「想像力が豊か」だから起きる単なる比喩ではなく、当人にとってはかなり自動的・一貫的に起きる体験として語られやすい点です。
また、共感覚は一種類だけでなく、音→触感、文字→色など複数の型があり、本人の言語化も「色」「形」「手触り」など多様になり得ます。
声楽を学ぶ人がここで押さえたいのは、共感覚を「特殊能力」として扱いすぎないことです。子どもは発達段階として感覚の結びつきを自由に語ることがあり、その一部が共感覚的に見える場合もありますが、現場で診断や断定はできません。
参考)音や文字に「色」を感じる!? 「共感覚」は何がスゴいのか
ただし、音と色の結びつきに“共通するパターン”が見つかる可能性を示す研究もあり、たとえば新潟大学の研究では、ドレミファソラシの音と虹の七色が順序良く対応するという「隠れた法則性」を報告しています。
つまり「その子だけの感じ方」と「多くの人が共有しやすい感じ方」の両方があり得る、という前提を持つと、保育の歌づくり・提示の仕方が整理しやすくなります。
シナスタジアと保育の歌のねらい
保育の歌は、音楽としての出来栄え以上に、子どもの注意を集める、安心させる、行動を切り替える、言葉を覚える、といった機能が大きい活動です。
乳児期の歌いかけについては、7か月児が母親のライブな歌唱に対して脳活動が追従(neural tracking)し、歌の種類によって追従のされ方が異なることを示した研究もあります。
この研究では、子守歌のほうが脳の追従が高く、一方で遊び歌のほうがリズミカルな身体の動きが多い、といった違いが報告されています。
ここから保育現場へ落とし込むなら、同じ「歌」でも目的によって設計を変えるのが合理的です。落ち着かせたい場面では、テンポや変化量を抑えた歌い方が子どもの追従を助ける可能性があり、逆に活動を立ち上げたい場面では、身体が動きやすいリズム感を優先する、という発想です。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/ca0d7a97df2e2c5db4da5188405ebfbad6f1beb0
声楽学習者は「響き」「レガート」「母音の統一」など音色面の精度に意識が向きやすい一方、保育では“場面の設計”が先にあり、音楽要素は子どもの状態に合わせて柔軟に変える必要があります。
その柔軟さを支える道具として、シナスタジアの視点(音を色・形・温度などに言い換える)が役立つことがあります。
参考)シナスタジアー共感覚− – シュタイナーこども発達治療— 地…
たとえば、同じ歌でも「今日は青っぽく、薄い水彩みたいに」などのイメージで自分の発声を調整すると、力みが抜けて子守歌に適した発音と息の流れを作りやすい人がいます。
このとき大切なのは、子どもに「青でしょ?」と押しつけるのではなく、保育者(歌い手)の内部調整のために使う、という使い分けです。
共感覚は他者に同じ体験を強制できるものではない、という前提が安全運用の第一歩になります。
シナスタジアと歌の発声と音色
色聴などの共感覚がある人の語りには「この音は赤」「この和音は金属っぽい」など、音色や質感に直結した表現が多く出ます。
声楽の訓練でも、音色を直接いじろうとして喉を固めるより、色・距離・素材感のイメージで共鳴や息の配分が結果的に整うことがあります。
保育の歌は広い声量や劇場的な倍音よりも、近距離での安心感・言葉の明瞭さが優先される場面が多いので、「色の濃度」「光の強さ」などの比喩は実用性が高いです。
具体例として、声楽学習者が保育でつまずきやすいのが「良い声で歌うほど、子どもが静かになる(または固まる)」現象です。これは子どもが驚いて注意を向けた結果でもあり得ますが、場面によっては“刺激が強すぎる”可能性もあります。
前述の乳児研究では、歌の音量(RMS)やテンポなどの音響特徴が追従に影響し得ることが示されています。
現場的には、声量を少し落として息の流れを安定させ、テンポの揺れを減らすだけで、子どもの反応が変わるケースがあります(ここでイメージ語=淡い色、柔らかい布などが調整の取っかかりになります)。
また、音→色の対応には個人差がある一方、ドレミと虹色の順序対応のように共通性を示す報告もあるため、導入として「高い音ほど明るい色、低い音ほど暗い色」など“多くの人が乗りやすい軸”から始めるのが無難です。
声楽学習者が自分の練習に落とすなら、(1)子守歌=低彩度・低コントラスト、(2)遊び歌=高彩度・高コントラスト、のように、歌種で色の設計を決めると迷いが減ります。
この設計は「表現の引き出し」を増やすためで、子どもの感じ方を測るテストではない、という立場を明確にしておきましょう。
シナスタジアと保育の観察と配慮
保育で共感覚的な発言が出たときは、まず“肯定的に受け止める”態度が推奨される、という趣旨の紹介もあります。
ここでの肯定は「正しい/特別」と評価することではなく、子どもの語りをいったん受け止めて、安心して表現できる場を保つ、という意味に寄せると運用が安定します。
たとえば「そう感じたんだね」「その色はどんな気持ち?」のように、体験の内容を広げる問いにすると、決めつけを避けやすくなります。
観察のポイントは、子どもが色や形を語った“前後の文脈”です。歌の切り替え(子守歌→遊び歌)、音量の変化、テンポの揺れ、歌詞の特定語など、どの刺激に反応したかをメモすると、次回の歌の設計に活かせます。
ただし、共感覚の確定や医学的判断は保育者の役割ではないので、「継続的に同じ対応が出るか」「生活上の困りがあるか」という実務的観点に留めるのが安全です。
困りが強い場合は、園の体制(主任・園長)や専門職(心理・医療)につなぐ判断が必要になりますが、少なくとも日々の記録が客観性を支えます。
声楽を学ぶ人が現場でやりがちな失敗として、「色の話題」を盛り上げるあまり、歌そのものの目的(切り替え、安心、集団の一体感)から外れてしまう点があります。そこでおすすめは、色や質感の話題は“歌の前後30秒だけ”など時間枠を決めることです。
短時間で「じゃあこの歌は何色でもOK、最後に一回だけ教えてね」などルールを作ると、活動が散らかりにくくなります。
また、子どもの語りが出なかった回も含めて記録することで、「たまたま」か「傾向」かを切り分けやすくなります。
参考:共感覚(音に色を感じる)の研究成果(ドレミと虹色の対応などの“法則性”)

シナスタジアと保育の歌の独自視点
検索上位の定番は「共感覚とは何か」「子どもに共感覚があったらどうするか」ですが、声楽学習者向けに一段踏み込むなら、独自視点は“歌い手の自己調整ツールとしてのシナスタジア”です。
つまり、子どもの共感覚を探すのではなく、保育者自身が「声を安全に小さくする」「テンポの揺れを抑える」「言葉を立てる」といった実務課題を、色・素材・距離のイメージで解決します。
この視点は、声楽の技術(響きの作り分け)を保育向けに“減衰させる”ときに特に効きます。
実践例を一つだけ、手順として提示します(園の状況に合わせて調整してください)。
- 手順1:歌の目的を決める(落ち着く/集まる/切り替える)。
- 手順2:色のパラメータを一つ決める(明度だけ、彩度だけ、など単純に)。
- 手順3:自分の声を調整する(明度↓=声量↓・息を細く長く、明度↑=子音を少し立てる、など)。
- 手順4:子どもの反応を記録する(視線、動き、発語、落ち着き)。
- 手順5:次回、同じ設計で再現できるか確認する(“一回で結論を出さない”)。
ここでの「意外なポイント」は、乳児研究で示されるように、歌の種類によって子どもの脳の追従や身体の動きが変わり得ることです。
つまり、保育の歌は「一曲を上手に」よりも、「子守歌モード/遊び歌モードを切り替える」ほうが成果につながりやすく、シナスタジア的イメージはその切り替えスイッチとして機能します。
声楽学習者は技術がある分、強い声・濃い表現に寄りやすいので、あえて“薄い色の練習”をレパートリーとは別枠で持つと、現場での再現性が上がります。


