幼稚園教育要領と幼稚園表現
幼稚園教育要領 表現のねらいと内容の全体像
幼稚園教育要領では、ねらいは「幼稚園修了までに育つことが期待される心情・意欲・態度など」で、内容は「ねらいを達成するために指導する事項」と位置付けられています。
そして「表現」は、五領域(健康・人間関係・環境・言葉・表現)の一つとしてまとめられ、幼稚園生活の全体を通して総合的に指導されるものだと示されています。
ここで大事なのは、「表現」を制作活動の時間に限定しないことです。
朝の支度、戸外遊び、片付け、友達とのやり取り、行事の準備など、生活のどこにでも「感じたことや考えたことを自分なりに表現する」場面が生まれます。
幼稚園教育要領の「表現」の領域目標(領域のねらい)は、「感じたことや考えたことを自分なりに表現することを通して,豊かな感性や表現する力を養い,創造性を豊かにする。」です。
その上で、ねらいは3つに整理されています。
- いろいろなものの美しさなどに対する豊かな感性をもつ。
- 感じたことや考えたことを自分なりに表現して楽しむ。
- 生活の中でイメージを豊かにし,様々な表現を楽しむ。
内容(子どもが園生活で経験していく姿の方向性)も、8項目で具体化されています。
- 音・形・色・手触り・動きに気付いたり感じたりして楽しむ。
- 美しいものや心を動かす出来事に触れ、イメージを豊かにする。
- 感動したことを伝え合う楽しさを味わう。
- 音や動きで表現したり、自由にかいたり、つくったりする。
- 素材に親しみ、工夫して遊ぶ。
- 音楽に親しみ、歌やリズム楽器を楽しむ。
- かいたりつくったりを遊びに使う・飾るなどして楽しむ。
- 動きや言葉で表現したり、演じて遊ぶ(ごっこ遊び等)を楽しむ。
つまり「表現」は、絵の具や折り紙だけではなく、音・身体・言葉・役割遊びまで含む“総合領域”です。
この幅広さを理解すると、保育者の援助は「作品を完成させる支援」から「表現が生まれる環境を整える支援」へと自然に移っていきます。
参考:幼稚園教育要領の「表現」ねらい・内容(一次資料、引用元)
https://www.mext.go.jp/content/1384661_3_2.pdf
幼稚園教育要領 表現と感性を育てる環境
「表現」の内容の取扱いでは、豊かな感性は“身近な環境と十分に関わる中で”、美しいもの・優れたもの・心を動かす出来事に出会い、その感動を共有し、様々に表現することを通して養われるとされています。
ここが実は、日々の保育で見落とされがちなポイントです。
表現を促そうとして材料を増やすより先に、「心が動く出来事」が起きる環境設計が必要になります。
環境づくりの具体例(園ですぐ見直せる観点)を、要領の言葉に寄せて整理します。
- 音:風の音、雨の音、砂利の音など“自然の音”に気付ける時間と場所を確保する(外遊びを急がせない、耳を澄ます瞬間をつくる)。
- 形・色:草花、木の実、影の形などを「きれいだね」で終わらせず、持ち帰って並べる・比べる・飾るコーナーを用意する。
- 手触り:素材(紙、布、粘土、木、段ボール等)を「作るための材料」ではなく「触って確かめる対象」として置く。
- 動き:広さだけでなく、段差、坂、線、輪など、動きを誘発する空間をつくる(走るだけが動きではない)。
ここでの意外なコツは、「表現コーナーを作る=表現が生まれる」ではない点です。
要領の趣旨に沿うなら、子どもが“出会う”→“気付く”→“感動する”→“誰かに伝えたくなる”→“やってみたくなる”という流れが回るように、生活の導線に環境を埋め込む方が強いです。
例えば、登園動線に季節の自然物を置く、靴箱横に「今日の音」カードを置く、廊下に影が映る場所を残すなど、制作室の外に仕掛けると表現が増えます。
幼稚園教育要領 表現の音と動きと言葉
「表現」の内容には、「感じたこと、考えたことなどを音や動きなどで表現」や、「自分のイメージを動きや言葉などで表現し、演じて遊ぶ(ごっこ遊び等)」が明確に入っています。
つまり、歌や制作の時間だけが表現ではなく、身体表現・リズム・ごっこ遊びも、要領上の中心的な教材になり得ます。
現場でよくある誤解は、「言葉で説明できない=表現できていない」という見方です。
しかし要領の文言は、表現手段を“言葉”に限定していません。
むしろ、音・動き・造形・演じるなど、多様な表現を楽しむことが示されています。
日常で増やしやすい活動例(ねらいとつながる形)
- 音(リズム):手拍子・足踏み・身近な物の音で「今日の園の音オーケストラ」を作る(上手さより“気付く”が目的)。
- 動き(身体):同じ曲でも「小さく」「大きく」「速く」「ゆっくり」など、動きの質を変えて遊ぶ(表現の仕方に気付く経験になる)。
- 言葉(イメージ):絵本を読んだ後に、セリフを覚えさせるのではなく「この場面の風はどんな音?」「この子はどんな歩き方?」と問い、音や動きに翻訳していく。
- 演じる(ごっこ):役割を固定せず、途中で役を変えてもOKにする(イメージを豊かにし、様々な表現を楽しむことに合う)。
また、要領の「内容の取扱い」では、自然の中にある音・形・色に気付くようにすることが具体的に書かれています。
音楽活動を“室内のピアノと歌”に閉じず、戸外の音や自然物の響きを音素材として扱うと、要領に沿いながら新鮮な表現遊びになります。
幼稚園教育要領 表現の指導と援助のポイント
要領は、幼児の自己表現は素朴な形で行われることが多いので、教師はその表現を受容し、表現しようとする意欲を受け止め、幼児が様々な表現を楽しめるようにする、と示しています。
ここから読み取れる援助の核心は、「教える」より「受け止める」「広がる環境を整える」です。
援助のポイントを、現場の行動に落とします。
- 否定しない:色が混ざった、形が崩れた、歌が違うなどを“修正対象”にしない(素朴さを受容する)。
- 言い換えて返す:子どものつぶやきや動きを、保育者が短く言語化して返す(例:「ギザギザの音!」「ふわっとした色!」)ことで、表現が次の表現を呼ぶ。
- 選べるようにする:同じねらいでも手段は複数にする(描く/作る/動く/音を出す/演じる)。
- 過程を見せる:作品を並べるだけでなく、途中の紙片、試し描き、材料の選び方など“過程の痕跡”も展示する(表現する過程を大切にする趣旨に合う)。
- 友達の表現に触れる:要領は、他の幼児の表現に触れられるよう配慮することを挙げています。
意外に効くのが、「完成した作品を褒める」より「選んだ素材」「迷った時間」「途中で変えた工夫」を言葉にして返すことです。
要領が強調するのは“表現の仕方に気付く”“表現する過程を楽しむ”であり、上手さの序列化ではありません。
この視点で声かけを変えると、表現が得意な子だけでなく、慎重な子・言葉が少ない子・感覚過敏の子にも表現参加の道が開きやすくなります。
幼稚園教育要領 表現と幼稚園生活の評価
要領の総則では、評価は「他の幼児との比較や一定の基準に対する達成度についての評定によって捉えるものではない」と明記されています。
「表現」に当てはめると、コンクール的な出来栄えや“できた・できない”で見ない、という意味になります。
では、何を見ればよいのか。
要領本文には「感動を共有する」「表現する過程を大切に」「他の幼児の表現に触れる」といった方向が示されています。
そこで評価(記録)の観点を、作品中心から“姿中心”へ切り替えます。
例:記録に残しやすい観察ポイント(作品を撮らなくても書ける)
- 音・形・色・手触り・動きへの気付きがあった瞬間(立ち止まる、見入る、触り直す、耳を澄ます)。
- 心を動かす出来事に出会った後の変化(同じ遊びを繰り返す、友達を呼ぶ、別の素材を探す)。
- 感動を伝え合う姿(指差し、身振り、言葉、見せに来る、真似する)。
- 表現の手段の選択(描くより作る、動きで表す、音にする、演じる、など)。
- 過程の工夫(やり直し、材料の変更、友達の表現からの影響)。
ここでの独自視点として、「表現の評価」を“発表会の完成度”から切り離すと、日常の小さな表現が見えやすくなります。
要領が示す「表現」は、発表の成功ではなく、心が動き、気付き、共有し、試す過程そのものに価値が置かれているからです。
発表会はその一部であり、日常で積み重なった表現の延長線に置くと、子どもも大人も無理が減ります。


