音感と保育と音楽あそび
音感の保育と音楽あそびのねらい
音感という言葉は、つい「音程を正しく当てる力」として捉えがちです。けれど保育の現場では、まず「音に気づく」「音の変化を待てる」「音に合わせて体を止めたり動かしたりできる」といった、聴覚と身体の連携を土台にするほうが実践的です。特にリトミックは、音やリズムの変化をよく聴いて体で反応する活動を繰り返すことで、「聴く力」と「考えて動く力」を育むねらいが整理されています。
ここで大切なのは、活動の評価軸を“正しさ”に置きすぎないことです。子どもが音を聴き分けようとしている途中で、動きがずれたり、反応が遅れたりするのは自然なプロセスです。保育士が「今の反応、気づけたね」「止まろうとしたね」と過程を肯定すると、子どもは“耳を使うこと”自体を楽しい経験として積み重ねられます。
活動のゴールは、合唱コンクールのように揃えることではありません。音楽あそびは、気持ち・動き・友だちとの関係が一体になって育つ時間です。その結果として、音の高さや強弱、テンポの違いに注意が向き、音感の芽が生活の中に根づいていきます。
保育のねらいに結びつけて書くなら、例えば次のように言語化できます。
- 🎯 ねらい:音の変化に気づき、注意を向ける。
- 🎯 ねらい:聴いた音を手・足・体の動きで表す。
- 🎯 ねらい:友だちと同じ音を聴き、気持ちを共有する。
音感のリトミックとリズムあそびの進め方
リトミックは、音楽に合わせて身体を動かし、子どもの発達を促す教育法として紹介されており、ピアノや楽器の音に合わせて表現する遊びとして、リズム感や創造力、表現力につながるとされています。さらに、音やリズムの変化をよく聴き体で反応する繰り返しが「集中力」や「聴く力」を育てる、という整理が保育士向けに示されています。
実際のクラス運営では、次の“3段階”にすると破綻しにくいです。
- ① 合図の音を固定する:同じ音=同じルール(例:タンバリン1回=ストップ)。
- ② 変化を1つだけ入れる:速さだけ変える/強弱だけ変える、のように単純化。
- ③ 子どもがルールを作る:子どもが「この音はカニ歩き!」のように提案する。
このとき、保育士の声かけは「聞いてごらん」よりも、「今、どんな音?」「大きい?小さい?」のように“問いの焦点を絞る”ほうが、子どもが音の要素(強弱・高低・長短)に気づきやすくなります。
また、保育士がピアノに自信がなくても成立します。リトミックは資格がなくても取り入れられ、ピアノが苦手な場合はCDを流したり別の楽器でリズムを取ったりして実施できると説明されています。現場では「続けられる形」が最重要なので、まずは打楽器(タンバリン・カスタネット)+声でテンポを支える形から始めるのが安全です。
参考リンク(リトミックのねらい・年齢別の進め方・ピアノが苦手な場合の代替案の参考)

音感のわらべうたと声域
音感を育てたいとき、意外に見落とされがちなのが「歌の高さ(音域)が子どもに合っているか」です。幼児は声帯など発声器官が未発達で、無理な音域で歌わせると、どなり声になったり、無理に声を出してのどを痛めることにつながる、と指摘されています。さらに、どなり声では周りの音を聴きながら歌うことが難しくなり、友だちと声を合わせる楽しさも感じにくくなるという整理もあります。
つまり、音感を伸ばす以前に「耳を使える声」で歌える環境を整えることが、保育の音楽あそびの下支えになります。研究のまとめでは、幼児にとって無理のない声域と音程の目安が示されており、例えば1~2歳児は一点ハ~一点ト(3~4度程度)、5~6歳児はロ~一点イ(6~7度前後)といった形で整理されています。現場では個人差がある前提で、子どもの様子を見て、必要なら移調することが望ましいとも述べられています。
ここで、わらべうたが強い理由があります。わらべうたは一般に音域が狭く、反復が多く、日常の話し言葉のリズムと近いものが多いので、結果的に「無理のない声」で歌いやすいのが利点です。音が当たらない子がいても、わらべうたの反復は“聴き直して修正するチャンス”を何度も作るため、保育の音感づくりに相性が良いです。
実践のコツは、歌う前に「声の大きさ」ではなく「声の質」を揃えることです。たとえば、保育士が小さめのやさしい声で始めると、子どもも同じ質感でついてきやすくなります。反対に「もっと大きな声で!」が続くと、子どもは“音を聴くより押し出す”方向に寄りやすいので注意が必要です。
参考リンク(幼児の無理のない声域・どなり声の問題・移調の考え方の根拠の参考)
https://www.kanto-gakuen.ac.jp/junir/info/pdf/bulletin_595163.pdf
音感の教材と選曲
教材選びは、「活動のやり方」以上に音感の伸びを左右します。なぜなら、子どもが音を聴き分けようとしても、そもそも音域が高すぎたり、テンポが速すぎたりすると、聴く前に体が固まったり、声が荒くなったりするからです。先の研究でも、歌の音域が子どもの声域に合っていないことが、どなり声につながる要因の一つとして挙げられています。
選曲のチェックポイントは、専門的にしすぎず次の4つで十分です。
- ✅ 音域:高すぎない(子どもが押し上げないで出せる高さ)。
- ✅ 音程の幅:跳躍が大きすぎない(慣れるまでは反復中心)。
- ✅ テンポ:速すぎない(動きの切り替えが追いつく速さ)。
- ✅ 言葉:発音しやすい(歌詞が早口だとリズムが崩れやすい)。
また、移調は「音楽の先生がする高度な作業」という思い込みが出やすいのですが、現場で大切なのは“子どもが楽に歌えて、周りの音を聴けること”です。研究では、どなり声の解消に関して「子どもにとって歌いやすい調性に移調することで、無理なく素直な声での歌唱へ導く」という方向性が基本的な考え方として整理されています。保育士がピアノで移調できない場合でも、CDのキー違いを探す、歌い出しの高さを下げてアカペラで始める、など現実的な工夫で代替できます。
さらに、音楽あそびの教材は「歌」だけではありません。リトミックのように、音の変化に体で反応する遊びは、歌唱が苦手な子でも参加しやすく、音感の入口を広げます。園の状況に合わせて、歌唱中心の日と、動き中心の日を分けるだけでも、子どもの得意不得意の偏りが減ってクラスが安定します。
音感の保育の記録(独自視点)
検索上位では「ねらい」「やり方」「おすすめの曲」が中心になりやすい一方で、実務として効くのが“記録の取り方”です。音感はテストで点数化しづらいので、指導案・日誌・個別記録に落とし込めないと、取り組みが継続しにくくなります。そこで、音感を「行動の観察項目」に翻訳しておくと、チームで共有でき、上司のチェックも通しやすくなります。
おすすめは、音感を次の3層で記録する方法です。
- 📝 気づき(聴覚の芽):音が止まった瞬間に顔が上がる/音源の方向を見る。
- 📝 反応(身体の連携):合図で止まれる/強い音で大きく動き、弱い音で小さく動く。
- 📝 共有(集団の中の音):友だちの手拍子に合わせ直す/輪のテンポが崩れたときに待てる。
この書き方にすると、音程が外れている子でも「耳は育っている」ことが文章で残せます。すると、保育士自身も「今日は合唱を揃えられなかった…」ではなく、「音の変化に反応できた子が増えた」という手応えを持てて、指導が安定します。
さらに、どなり声が出てしまう場面も“問題”としてだけ書かず、環境要因をセットで記録するのがコツです。研究では、保育室が騒がしい、ピアノの音が騒がしいため自分の声が聞こえずどなる、という要因が挙げられています。つまり「子どもがうるさい」のではなく、「子どもが自分の声をモニターできない環境」になっていないか、という視点で振り返れます。改善案(椅子の配置、楽器の音量、伴奏の間引き)まで一言添えると、次の保育に直結します。
表にすると、園内共有にも強くなります。
| 場面 | 観察のポイント | 保育士の援助 |
|---|---|---|
| わらべうた | 音の反復で声や手拍子が揃い直すか | やさしい声で範唱し、追いかけ歌(エコー)にする |
| リトミック | 音の変化で止まる/動くが切り替わるか | 変化を1つに絞り、成功体験を増やす |
| 歌唱 | どなり声になって周りを聴けなくなっていないか | 音域を下げる(移調)・伴奏を簡単にする |


