わらべうた研究から学ぶ歌の力と保育実践への活かし方
ピアノが弾けない保育士でも、わらべうたを使うと子どもが3分以内に落ち着いて眠りにつきます。
わらべうた研究が明かす「歌」の本質:約10,000曲が語る伝承の力
「わらべうた」という言葉は日常的に使われますが、その定義を正確に押さえている保育士は意外に少ないものです。研究的な視点から整理すると、わらべうたとは「子どもたちが遊びなどの生活の中で口伝えに歌いつぎ、作り変えられてきた歌」であり、作者が問題にされず遊び仲間などのグループによって伝承されるという性質を持っています(新訂標準音楽辞典, 2008)。
つまり、わらべうたは「誰かが作った歌を習う」ものではなく、「子どもたちが自分たちで生きた歌」なのです。
日本には、柳原出版から刊行された『日本のわらべ歌』全39冊に約10,000曲のわらべ歌が収録されているほど、各地域に豊かな伝承が残っています。同じ「なべなべそこぬけ」でも、地方によってメロディーや歌詞、歌い方が微妙に異なります。これは欠点ではなく、むしろ「その土地の子どもたちが使いやすいようにアップデートし続けた証拠」です。
わらべうたを単なる「昔の歌」として扱う保育士が少なくありませんが、研究者たちはその見方を否定しています。名古屋短期大学保育科の山下直樹教授(臨床心理士・公認心理師)は、年間100カ所以上の保育所・幼稚園を訪問しながらわらべうたの研究を続けており、「わらべうたには子育ての知恵が詰まっており、だからこそ廃れることなく歌い継がれてきた」と述べています。
研究が注目するもう一つの側面は、わらべうたの音楽構造です。
| 特徴 | 内容 | 保育への効果 |
|---|---|---|
| 🎵 音域の狭さ | 核音2つ、完全4度以内が基本 | 音程不安定な乳幼児でも歌いやすい |
| 🗣️ 日本語のリズム | 高低アクセントと旋律が一致 | 言語発達・発音を自然に促す |
| 🔁 繰り返し構造 | 2拍子・短いフレーズの反復 | 記憶しやすく自然に口ずさめる |
| 🤲 無伴奏が原則 | ピアノ不要、声だけで完結 | いつでもどこでも実践できる |
新潟青陵大学の渡辺優子氏による研究では、4つの保育施設(幼稚園1・保育園3)の5歳児を対象にわらべうた遊びを観察・声紋分析した結果、「わらべうたは日本語のリズムやアクセントなどと深く関係しており、単純な構造の中に子ども達の心を惹きつける様々な仕掛けがある」と報告されています。これは音楽教育の観点からも、わらべうたが「歌いやすさ」と「発達促進」を同時に実現していることを示しています。
わらべうたは昔のものという印象があります。ただ、約10,000曲もの記録が示す通り、日本人の生活に根ざし続けた「現役の文化財」です。
参考:山下直樹教授・わらべうた研究インタビュー(保育学・心理学的視点)
「わらべうた」が子どもの発達を左右する!?保育学・心理学的視点から見た、伝承遊びの効果とは(ほいくらし)
わらべうた研究が証明した「歌」が乳幼児の発達を促す4つの感覚
保育士の多くは「わらべうたは楽しいもの」という認識で実践しがちですが、研究が明らかにしているのはそれ以上の深い働きかけです。シュタイナー教育の枠組みでは、わらべうたは人間が持つ12の感覚のうち、乳幼児の発達の土台となる「触覚」「生命感覚」「運動感覚」「平衡感覚」の4つを特異的に刺激するとされています。
この4つが「土台の感覚」である理由があります。
①触覚(安心と信頼の基盤)
「いっぽんばし こちょこちょ♪」のように、抱っこしたり触れ合ったりする遊びを通じて、親子・保育士と子どもの間に安心や信頼が育まれます。触れること自体が神経系に働きかけ、オキシトシン(愛着ホルモン)の分泌を促すことも研究で示されています。保育現場で「抱きながら歌う」行為は、音楽療法的な効果を同時に持っているといえます。
②生命感覚(自律神経と生活リズム)
歌遊びは「食べる・寝る・遊ぶ」という生活リズムを整える作用があります。「なかなか寝られない子どもたちに、ちょっと歌うとすっとだんだん泣き止んで寝たりします」という保育士の実体験(洗足こども短期大学・飯村愛氏によるインタビュー調査, 2023)は、生命感覚への働きかけを端的に示しています。
③運動感覚(体のコントロール能力)
手を動かすわらべうたが多いため、指先の運動が脳に直結し、発達促進効果が高いとされています。腕をふる・手をたたく・膝を動かすといった動きが、関節や筋肉をコントロールする力を自然に育みます。
④平衡感覚(外部空間の把握)
膝の上で子どもを揺すったり前後に動かしたりする遊びは、回転・前後上下の動きを感知する平衡感覚を刺激します。これは乳幼児期の空間認知の発達に直結する感覚です。
実は、これら4つの感覚が弱いと、就学後に姿勢保持・集中力・対人関係に課題が出やすいことが発達支援の研究でも指摘されています。つまりわらべうたは、「楽しい遊び」であると同時に、「発達のリスクを早期に予防する実践」でもあるわけです。
言語発達の面でも、わらべうたは特別な効果を持ちます。コダーイ(ハンガリーの音楽教育者)の研究を参照した国内論文では、「民族伝承に発想を得た唱え歌は、音域の幅も狭く、ことばのくり返しが多いなど憶え易いので、ごく年齢の低い子どもたちにも容易に歌うことができ、その結果として語彙を増す」と述べられています。口真似がしやすい歌詞・方言・数え歌など、わらべうたの言葉は日常会話とは異なる豊かな語彙体験を提供するのです。
4つの感覚を育てることが原則です。
参考:乳幼児の発達とわらべうたの関係を解説した研究論文
保育におけるわらべうたあそびの有用性(山口学芸研究 第15号, 2024年)
わらべうた研究が示す「歌い方」の工夫と保育士が陥りやすい落とし穴
わらべうたを保育に取り入れている保育士でも、「正しく歌えているか不安で、スマートフォンで音源を流してしまう」という悩みを抱えていることがあります。ところがこれは、わらべうたの本質とまったく逆の行為になってしまいます。
わらべうたに「厳密なルール」はありません。
山下教授は「同じわらべうたでも、地方によってメロディーや歌詞、歌い方が少しずつ違う。わらべうたには厳密なルールがなく、環境や風土に合わせて自由に楽しむもの」と明言しています。保育士が「完璧に歌えないから」とスマホ音源に頼ると、子どもとの肌の触れ合い・声の温かみという最も重要な体験が失われてしまいます。
では、実際の保育でどのように歌えばよいのでしょうか。
研究・実践の蓄積から見えてきた「歌い方の工夫」を以下にまとめます。
- ゆっくり・やさしく・笑顔で歌う:0歳児のクラスでは「ゆったりと・優しく・笑顔で」を意識し、まずは保育士の「手の温もり」「声の温もり」を伝えることが第一歩です。
- 声の大きさは「子どもに届く声」で十分:大勢の前で大きな声を出す必要はありません。「目を見ながら歌うだけで、もう握手したのと同じくらいの接近がある」(保育士インタビューより)という感覚が重要です。
- 繰り返しを恐れない:子どもから「もう1回」のサインが出るまで何度も繰り返すことが、信頼関係と記憶の定着を同時に生みます。宇部市のわらべうた研修に携わった坂本久美子氏(山口大学)の記録では、保育士が繰り返し歌った後にクラス全体の雰囲気が明るくなったという事例が複数報告されています。
- 「参加しない子ども」も否定しない:「参加しない子もいたけれど、遠くから見ていて、30分後には入ってきた」という実践記録があります。強制ではなく、自分の意志で参加できる環境をつくることがわらべうた本来の魅力です。
- 生活場面に組み込む:おやつ前、トイレ誘導、お昼寝前など、活動の切り替え時にわらべうたを歌うと「指示ではなく音楽を介した保育」が実現します。廊下の移動中に歌うと子どもが落ち着いて歩けたという記録もあります。
また、保育士自身がわらべうたを「知らない」と感じているケースは珍しくありません。洗足こども短期大学の飯村愛氏(2023)の研究では、「保育士養成校においてわらべ歌を学べる機会がほとんどない」という先行研究(白井ら, 2021)が指摘されており、現場で初めてわらべうたに接する保育士が多い実態があります。
これは使えそうな知識ですね。
養成校で学べなかった場合は、各自治体の保育士研修(特に「わらべうた専門研修」)や、わらべうたあそび研究会のような実践グループを活用するのが近道です。宇部市では令和元年度から5年間にわたり「保育士も子どもも楽しむわらべうた」をテーマにした計13回の研修を実施し、保育士の専門的知識・技能が着実に向上したことが記録されています。
参考:保育士のわらべ歌に対する認識の変化を分析した論文
保育にわらべ歌を用いる保育士の認識について(洗足論叢 第52号, 2023年度)
わらべうた研究で注目:年齢別の「歌」の選び方と保育現場での実践ポイント
わらべうたは「どれでも同じ」ではありません。発達段階に合わせて選ぶことで効果が最大化されます。これが基本です。
各年齢の特徴と、それに合ったわらべうたを選ぶ視点を整理します。
🍼 0〜1歳児:触覚と生命感覚を育てる「一対一の触れ合い歌」
この時期に最も大切なのは、保育士と子どもが1対1でアイコンタクトをとりながら歌うことです。「ちょちちょちあわわ」「いっぽんばし こちょこちょ」「おつむてんてん」「ふくすけさん」などが代表的な例です。
山口大学の実践記録では、3〜6ヶ月の低月齢児に対して「目を見ながら遊んでみせたり、頭に軽く触れたりして関わると、時々笑ったり、『あーあー』と声を発して応えているようだった」と記録されています。まだ言葉が出ない段階でも、表情と声で確かな反応が得られるのがわらべうたの強みです。
🚶 2〜3歳児:運動感覚と言語発達を促す「動きのある歌」
体を動かしながら歌えるわらべうたが適しています。「さるのこしかけ」「にぎりぱっちり」「おてぶしてぶし」「たけのこめだした」などがこの年齢に向いています。
特に注目したいのは「にぎりぱっちり」です。宇部市の実践では、オーガンジーという素材を使って「握る→開く」という動きを視覚・触覚・聴覚で楽しむ活動が展開されました。2歳児が自分でアレンジを加えるほど主体的に参加し、「子どもたちのアイデアを取り入れて遊びを発展していく楽しさを味わうことができた」と保育士が記しています。
🧒 4〜5歳児:社会性と思考力を育てる「ルールのある歌遊び」
4歳以上になると、ルールの理解・先読み・相手との駆け引きができるようになります。「なべなべそこぬけ」「どんどんばしわたれ」「おふねがぎっちらこ」などが適しています。
5歳児クラスで「おてぶしてぶし」を自由遊び中に子ども同士が自然発生的に始め、最終的に「手の中に何も入れずに歌う」というオリジナルアレンジを思いつくエピソードが記録されています。相手の予想を先読みしたり裏切ったりする行為は、年中〜年長児の思考力の発達の現れそのものです。
実践の際に覚えておきたいポイント
| 場面 | おすすめのわらべうた | 目的 |
|---|---|---|
| 登園・あいさつ | 名前を呼びかけるわらべうた | 安心感・一体感 |
| 活動の切り替え | さるのこしかけ・たけのこめだした | 気持ちの切り替え |
| お昼寝前 | 子守唄系・ゆったりしたもの | 入眠促進 |
| 触れ合い遊び | いっぽんばし・ぼうずぼうず | 愛着形成 |
| 移動・整列 | 拍に合わせて歩く歌 | 落ち着いた移動 |
少人数で深くかかわることが条件です。山下教授は「大勢で一斉に歌うより、自由遊びや触れ合いの時間に1〜3人と遊ぶのがおすすめ」と述べており、少人数の触れ合いが子どもの情緒・心身の発達により良い影響を与えると述べています。
参考:わらべうたの効果と実践に関する詳しい情報
わらべうたの効果とは?教育や保育での効果・メリットをご紹介(KIDA)
わらべうた研究の最新視点:「気になる子ども」への歌の活用と保育士自身が得るもの
近年のわらべうた研究で特に注目されているのが、「気になる子ども」や発達に配慮が必要な子どもへの応用です。意外かもしれませんが、障害のある子どもにこそ、わらべうたの「単純な音域・繰り返し・身体への触れ合い」という特徴が有効に働くことが、複数の実践で確認されています。
山下教授は1998年のドイツ・スイス留学から帰国後、障害のある子どもたちの発達支援のために「シュタイナー子ども発達相談室」を開設し、毎日のようにわらべうたを実践してきました。10,000人以上の子どもと向き合った経験から「わらべうたには子どもの発達を促す力がある」と実感したと語っています。
宇部市の保育実践記録には、全介助が必要な障害のある子どもA君が「えっさ、えっさ、えっさっさ」の部分で「体全体で喜ぶ姿を見せた」とあり、それを見たクラスの子どもたちが自然にA君に関わり始めたというエピソードが記録されています。わらべうたが「障害のある子どもとクラスをつなぐ橋」になった瞬間です。
また、「いたいのいたいのとんでけ」には科学的な根拠があります。山下教授によると、痛い部分をなでたりさすったりする行為は痛みの情報が脳に伝わることを抑える効果(ゲートコントロール説)があり、さらにやさしく触れることでオキシトシンが分泌されて心が癒されるという説もあるとされています。これは単なるおまじないではなく、神経科学・心理学的な裏づけのある行為なのです。
わらべうたを歌うことで、保育士自身も変わります。
洗足こども短期大学の飯村愛氏が行った保育士へのグループインタビュー(2023年)では、以下のような語りが記録されています。
「歌っている自分が1番楽しい。保育って大変だけど、保育者が心地よくなるってすごく大切。私は、いつでもどこでも歌っています。」
「わーっていっぱいいっぱいになっている時でも歌えばすーっと落ち着きます。楽しいですね。」
保育士のストレス軽減・バーンアウト予防という視点からも、わらべうたの活用は有効です。職員間でわらべうたを歌うことで「職員間もゆったりした気持ちになれる」「クラス全体の雰囲気が落ち着く」といった効果も複数の保育士から報告されています。
保育士自身の心理的安定が、子どもへの保育の質を高めるという好循環が生まれます。
「知っていてよかった」という感覚が大切です。ある保育士は「急いで駅の階段を上らなければいけない時に、わらべうたを唱えながら走ったら疲れなかった」と語っています。仕事の合間にも活かせる、それがわらべうたの実用性です。
わらべうたの習得に役立つ参考書籍として、山下直樹教授著の『「気になる子」のわらべうた』(クレヨンハウス刊)があります。発達支援の視点からわらべうたを解説した一冊で、現場での応用に直結する内容が豊富です。
参考:子育て支援・発達支援でのわらべうたの役割に関する学術論文
保育におけるわらべうたの教育的効果(新潟青陵学会誌 第7巻第1号, 2014年)

わらべうた 〈童子〉時代小説傑作選 (PHP文芸文庫)

