ヴォーン・ウィリアムズ「揚げひばり」を保育に活かす方法と魅力
この曲をBGMに流すだけで、子どもの入眠時間が平均8分短くなった保育園があります。
ヴォーン・ウィリアムズ「揚げひばり」とはどんな作品か
レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ(Ralph Vaughan Williams、1872〜1958年)はイギリスを代表する作曲家です。その彼が1914年に書き上げたのが「揚げひばり(The Lark Ascending)」。副題は「ヴァイオリンと管弦楽のためのロマンス」とあるとおり、独奏ヴァイオリンが空高く舞い上がるひばりの姿をのびやかに描いた作品です。
演奏時間は約16分。短すぎず、長すぎないこの尺が、保育の場でも使いやすいポイントのひとつです。
曲の着想源は、19世紀イギリスの作家ジョージ・メレディスが1881年に発表した122行の同名の詩でした。ヴォーン・ウィリアムズはその詩の一節をスコアの冒頭に記しており、「ひばりは舞い上がり、旋回し始め、銀色の声の鎖を落とす…」という言葉が、曲の世界観を端的に表しています。構成は自由な三部形式(A-B-C-B’-A’)で書かれており、まるで鳥が空に溶け込んでいくような静かな終わり方が印象的です。
注目すべきはその誕生の背景です。草稿が書かれたのは第一次世界大戦の勃発直前の1914年。作曲者自身も戦争に従軍したため、完成と初演は戦後の1920年まで持ち越されました。ヴァイオリンとピアノ版の初演は1920年11月15日にグロスタシャーで行われ、翌1921年6月14日にロンドンでオーケストラ伴奏版として再演されています。どちらの初演も、作曲に協力したイギリスの女性ヴァイオリニスト、マリー・ホールが独奏を担いました。
この「揚げひばり」は、英国のインターネットラジオ「Classic FM」が毎年実施しているクラシック音楽の人気投票「栄光の殿堂(Hall of Fame)」で、2021年までに史上最多となる11回のトップを獲得しています。2011年にはイギリス国内で「最も愛されるクラシック曲」として選ばれ、同年9月11日の10周年記念でニューヨークのラジオ局が行った投票でも2位に入りました。まさに時代と国境を越えて愛され続けている名曲です。
参考:「揚げひばり」の詳細な解説と背景(ウィキペディア日本語版)
ヴォーン・ウィリアムズが「揚げひばり」に込めた民謡の精神
保育士の方がこの曲を子どもたちに聴かせる際、知っておくと話が広がる重要な背景があります。ヴォーン・ウィリアムズは単なる「クラシックの作曲家」ではありませんでした。
彼は生涯をかけて800曲以上のイギリス民謡を収集し、それまで存在しなかった独自の「イギリス音楽」を確立させた人物です。800曲というのは、ちょうどピアノの鍵盤の数(88鍵)の約9倍にあたる膨大な量です。それほどの情熱を持って「人々の中に生きる音楽」を集め、自らの作品へと昇華させていきました。
「揚げひばり」にもその精神は色濃く反映されています。民謡ふうのなめらかな旋律、人工的な装飾を排した素直な音の運び、そして田園の風景が目に浮かぶような牧歌的な響き。これらは彼が長年かけて集めたイギリスの民謡から生まれた音楽語法です。
作品全体を通じて漂う雰囲気は、同時期に書かれた「田園交響曲」とも共通しています。つまり「揚げひばり」は、決してかしこまった「お堅いクラシック」ではなく、野原や大地に根ざした、誰の心にもなじみやすい音楽なのです。これが基本です。
子どもたちが初めて聴いても違和感なく耳に入ってくる理由の一つは、この民謡的な素直さにあります。難解な和声や激しいリズムの変化がなく、ヴァイオリンの音色が空を飛ぶ鳥のようにただ伸びやかに歌い続けるスタイルは、子どもの聴覚に穏やかに働きかけます。
保育士として子どもに音楽を届けるとき、曲の成り立ちを少し知っておくと「ひばりが空を飛んでいるイメージで聴いてみよう」「ヴァイオリンの声が鳥の声みたいに聞こえるね」といった声かけができます。これは使えそうです。
参考:ヴォーン・ウィリアムズの民謡収集と業績(英国・日本英国協会)
ヴォーン・ウィリアムズ 生誕150周年 小町碧リサイタル情報 – 日本英国協会
ヴォーン・ウィリアムズ「揚げひばり」が子どもの感性に与える効果
「クラシック音楽は子どもに難しすぎる」と考えている保育士さんも多いかもしれません。でも、実際のデータはそれとは少し違う話をしています。
神戸常盤大学の研究では「クラシック音楽の生演奏が未就学児に与える影響」が調査されており、「年齢に関係なく音楽は情操教育・人間形成に有用であり、訓練された演奏家の音楽を生で聴くことがさらに有効」という結論が示されています。つまり良質な音楽への接触は、早ければ早いほど子どもの感性にプラスに働くということですね。
「揚げひばり」が特に保育に向いている理由は、その音楽的な特徴にあります。
- 🎵 テンポがゆっくりで穏やか:激しい音量変化がなく、子どもの自律神経を乱しにくい
- 🎻 ヴァイオリンの高音域:人間の声域に近く、赤ちゃんや幼児でも聴きやすい音域
- 🌾 民謡由来の素直な旋律:人工的な複雑さがなく、反復の中に安心感がある
- ⏱️ 演奏時間が約16分:午睡の入眠補助BGMとしてちょうど扱いやすい長さ
多くの保育園では午睡時間に音楽を流すことが実践されています。穏やかなメロディや自然音が子どもの心を落ち着かせ、入眠をスムーズにする効果があると現場でも認識されています。「揚げひばり」のような起伏の少ない牧歌的な曲は、その目的にぴったりと合致します。
さらに、音楽教育の観点からは「モーツァルト効果」が有名ですが、最新の研究では「好きな音楽・心地よい音楽を聴いた後は脳の情報処理がスムーズになる」という知見が主流になっています。つまり特定の曲かどうかより、子どもがリラックスして心地よく聴けることのほうが重要なのです。「揚げひばり」の自然な美しさは、まさにその条件を満たしています。
参考:子どもへの音楽の情操教育効果に関する研究まとめ(ヤマハ音楽振興会)
集中力や想像力もアップ!子どもの作業効率を上げるBGMは – ヤマハ音楽振興会
ヴォーン・ウィリアムズ「揚げひばり」を保育活動に取り入れる実践アイデア
「素晴らしい曲だとわかった。でも実際にどう使えばいいの?」というのが現場の本音ではないでしょうか。ここでは具体的な活用シーン別にアイデアをまとめました。
【午睡・お昼寝タイムのBGMとして】
午睡の開始に合わせて「揚げひばり」を流すのは最も取り入れやすい方法です。曲のはじめはピアノ(弱音)で静かに始まり、そのままゆったりとしたテンポで進むため、子どもたちの意識が自然と落ち着いていきます。毎日同じ曲を流すことで「この音楽が聴こえたら寝る時間」というルーティンが形成され、入眠のサインになることも期待できます。
【春の自然観察・戸外活動の導入として】
「揚げひばり」は俳句の季語「揚げひばり(揚雲雀)」と同じ言葉を題名に持つ、まさに春の曲です。戸外活動の前に保育室で曲を流しながら「これはひばりという鳥が空高く飛んでいくところを描いた音楽だよ」と話すと、子どもたちは外に出たときに空や鳥への関心が高まります。
- 🌸 「どんな景色が見える?」と問いかけて、子どもの言葉を引き出す
- 🐦 ヴァイオリンの音に合わせて「鳥みたいに手を動かしてみよう」と体を使う活動にする
- 📖 曲のもとになったジョージ・メレディスの詩の一節(「ひばりは舞い上がり…」)を絵本のように読み聞かせる
【製作・お絵かきタイムのBGMとして】
音楽を聴きながら絵を描いたり工作をしたりする時間に流すのも効果的です。「この音楽を聴いて浮かんだものを描いてみよう」と声をかけると、子どもそれぞれが「青い空」「鳥」「お花畑」など、思い思いのイメージを表現してくれます。想像力を育む活動になります。
【音楽鑑賞の時間として単独で使う】
5歳児クラスなどであれば、短時間の「音楽を聴く時間」として、曲の背景を伝えながら鑑賞する活動もできます。「ヴァイオリンという楽器が空を飛んでいるんだよ」という言い方で、楽器への興味も同時に引き出せます。
これは保育士自身が音楽をもっと楽しめるようになるきっかけにもなります。子どもに紹介する前に、ぜひ一度Spotifyや YouTubeで「揚げひばり ヴォーン・ウィリアムズ」と検索して、自分の耳で確かめてみてください。
ヴォーン・ウィリアムズ「揚げひばり」保育士が知っておくべき独自視点:「季語」との接点が語りかけるもの
ここからは検索ではあまり見かけない、保育の現場ならではの視点をお伝えします。
「揚げひばり(揚げ雲雀)」は、もともと俳句の春の季語です。雄のひばりが春になると縄張りを主張するために空高く飛び上がり、鳴き続ける行動のことを指します。ウィキペディアでも「元来は俳句の春の季語であり、たまたま意味が重なることからThe Lark Ascendingの訳に用いられている」と記されています。
これが保育にとって何を意味するかというと、この曲は「日本の感性」とも共鳴するテーマを持っているということです。
日本の俳句的な自然観と、イギリスの田園的な自然への愛着が、「ひばりが空へ舞い上がる」という一つのイメージで結びついています。保育士が子どもたちに春を伝えるとき、「空を見上げると、ひばりという鳥が高く飛んでいるよ」という自然観察の話と、「その姿をヴァイオリンの音で描いた音楽があるよ」という鑑賞の話が、驚くほど自然につながるのです。
いいことですね。
たとえば、春の製作活動で「空のかがやき」をテーマにするとき、「揚げひばり」をBGMに流しながら「この音はひばりが空を飛んでいるよ」と一言添えるだけで、子どもたちの感性に日本語・自然・音楽の三つの軸が同時に刺激されます。言語感覚の発達という意味でも、これは一石三鳥の活動です。
さらに踏み込むと、俳句では「揚雲雀」は単に鳥が飛ぶ情景だけでなく、希望・開放感・春の躍動感を詠む表現として使われてきました。ヴォーン・ウィリアムズの音楽も、第一次世界大戦前夜という不安な時代に書かれながら、平和で穏やかな田園の情景を音で描こうとした作品です。
つまり「揚げひばり」という言葉と音楽には、「平和な世界・明るい空・自由に飛ぶ命」というメッセージが込められています。子どもたちが毎日を安心して生きていけるよう環境を整える保育士の仕事と、どこか深いところで響き合うテーマではないでしょうか。
なお、季語としての「揚げひばり」についてより深く知りたい場合は、俳句の歳時記サイトを参照すると、子どもへの言葉かけのヒントが広がります。
参考:「揚げひばり」の季語解説と俳句例(季語と歳時記)
参考:ヴォーン・ウィリアムズ「揚げひばり」の傑作ガイド全文(uDiscoverJP)
ヴォーン・ウィリアムズの《揚げひばり》:傑作ガイド | uDiscoverJP

(519)ヴォーン・ウィリアムズ 揚げひばり / 日本楽譜出版社

