空がこんなに青いとは|歌詞の意味と保育への活かし方
この曲を「子どもの歌」として教えているだけでは、保育の質が半分以下になります。
「空がこんなに青いとは」の歌詞全文と一番・二番の違い
「空がこんなに青いとは」は、1970年(昭和45年)に作詞・岩谷時子、作曲・野田暉行によって生まれた同声二部合唱曲です。NHK全国学校音楽コンクール(通称「Nコン」)第37回の小学校の部課題曲として発表され、同年6〜7月にはNHKの「みんなのうた」でも放送されました。
まずは歌詞全文を確認しておきましょう。
| 番 | 歌詞 |
|---|---|
| 1番 | 知らなかったよ 空がこんなに青いとは 手をつないで歩いて行って みんなであおいだ空 ほんとに青い空 空は教えてくれた 大きい心を持つように 友だちの手をはなさぬように |
| 2番 | 知らなかったよ 空がこんなに青いとは なぜかしら悲しくなって ひとりで見上げた空 とっても青い空 空は聞かせてくれた 風にも負けない雲の歌 ひとりでももう泣かないように |
1番と2番を並べると、対比構造がはっきりと見えてきます。1番では「手をつないで歩いて」「みんなで」という集団の中の喜びが描かれています。友人と一緒に空を見上げたとき、その青さに初めて気づく。そのとき空は「大きい心を持つように」「友だちの手をはなさぬように」と教えてくれる。つまり、つながりの大切さが主題です。
2番は打って変わって孤独の場面です。「なぜかしら悲しくなって」「ひとりで見上げた空」という歌詞からは、一人で不安や悲しさを抱えている子どもの姿が浮かびます。しかし空は「風にも負けない雲の歌」を聞かせてくれ、「ひとりでももう泣かないように」と背中を押してくれる。孤独の中でも自分の力で立ち上がれる、という希望のメッセージです。
1番と2番の主題は「仲間と共にある幸福」と「孤独の中の自立」という二軸になっています。これが原則です。
また、技術的な点として、この曲は2部合唱でありながら途中でパート別に歌詞が分岐する箇所がない珍しい構成になっています。4/4拍子が基本で、テンポは♩=108。1番・2番に1か所ずつ2/4拍子が挿入されており、リズムに変化がつけられています。
保育士として子どもたちにこの曲を届けるとき、まず自分自身が1番と2番の感情の流れをしっかりと理解しておくことが出発点になります。
参考:NHK「みんなのうた」公式ページ(「空がこんなに青いとは」作品情報・初回放送月など確認できます)

「空がこんなに青いとは」の意味を読み解く|公害時代という背景
この曲が単なる「さわやかな合唱曲」ではないことを、保育士なら知っておいてほしい事実があります。
歌詞の冒頭にある「知らなかったよ 空がこんなに青いとは」という一節。なぜ「こんなに」という強調が使われているのでしょうか?
答えは時代背景にあります。1940年代〜1960年代後期の高度経済成長期、日本各地で工場が乱立し、石炭を中心とした燃料から大量の煤煙が空に放出されました。その結果、晴れた日でも空は灰色がかった霞に覆われ、「澄み切った青空」は決して当たり前のものではなかったのです。
この曲が誕生した1970年は、「四大公害病」が深刻な社会問題として認識されていた時期と重なります。
- 🏭 四日市ぜんそく(三重県・石油化学コンビナートからの亜硫酸ガスによる気管支疾患)
- 💧 水俣病(熊本県・工場排水中のメチル水銀による神経障害)
- 💧 新潟水俣病(新潟県・同じくメチル水銀による被害)
- 🦴 イタイイタイ病(富山県・カドミウムによる骨の変形)
1970年7月10日、NHKのドキュメンタリー番組「現代の映像」では「空がこんなに青いとは」と題された回が放送されています。舞台は大阪市西大阪の臨海工業地帯・大正区にある市立北恩加島小学校。当時Nコンで3年連続(計4回)日本一に輝いていた実力校でしたが、その学校は煤煙が漂うどんよりとした空の下にありました。
意外ですね。
児童約800人のうち約1割が音楽部に所属し、灰色の空を眺めながら「空がこんなに青いとは」の練習を重ねていた。その姿が映像に収められています。
つまり、「こんなに青いとは(知らなかった)」という歌詞は、青い空を日常的に見られない環境で生きていた子どもたちの率直な驚きと喜びを表現した言葉なのです。歌詞が短くシンプルであるほど、その背景を知ると言葉の重みが変わります。これは使えそうです。
保育士として現代の子どもたちにこの曲を紹介するとき、「この歌詞には、空が青いことを当たり前に感じていなかった時代の話が入っているんだよ」と一言添えるだけで、子どもたちの聞き方が大きく変わります。
参考:放送ライブラリー公式ページ(NHKドキュメンタリー「現代の映像 空がこんなに青いとは」1970年放送内容の概要を確認できます)
作詞家・岩谷時子が込めたメッセージ|シンプルな言葉の奥にある意図
作詞を手がけた岩谷時子(いわたに・ときこ、1916〜2013)は、戦後日本を代表する作詞家・翻訳家の一人です。
神戸女学院大学英文科を卒業後、宝塚歌劇団出版部を経て東宝文芸部へ。その後1963年に独立し作詞家として活躍しました。越路吹雪のマネージャーとして40年以上支え続けたことでも知られ、「愛の讃歌」「サン・トワ・マミー」といったシャンソンの日本語訳詞から、「恋のバカンス」(ザ・ピーナッツ)、「恋の季節」(ピンキーとキラーズ)、「君といつまでも」(加山雄三)など、歌謡曲の大ヒット曲を多数手がけています。
生涯で作詞した曲数は1万曲以上ともいわれており、2009年に文化功労者に選ばれました。
「空がこんなに青いとは」の歌詞を改めて見ると、岩谷時子の言葉の選び方の特徴がよくわかります。
- ✏️ 漢字をほぼ使わず、ひらがなと短い語を組み合わせている
- ✏️ 「知らなかったよ」という話し言葉で冒頭を始めている
- ✏️ 「ほんとに」「とっても」という子どもの言葉そのままの表現
- ✏️ 空が主語になり「教えてくれた」「聞かせてくれた」と擬人化されている
これらはすべて、小学生が自然に理解でき、感情に直接届く語彙を選んだ結果です。言葉をそぎ落とすほど、伝わりやすくなる。それが原則です。
特に注目したいのが、1番では空が「教えてくれた」、2番では「聞かせてくれた」という動詞の違いです。1番は集団の中での「学び」、2番は孤独の中で心の底に響く「音楽・歌」として空が存在しています。この2つの動詞の使い分けは意図的なもので、子どもの置かれた状況によって、空との関係が変化することを表現しています。
また、この曲は第51回(1984年)のNHKコンクール課題曲Bにも再び選ばれています。1980年代後半には長嶋茂雄が出演したMr.SANYOのテレビCMでも使われ、世代を越えて広く知られました。初発表から14年が経ってもコンクール課題曲として再採用されたというのは、合唱曲の世界では異例のことで、それほど曲の完成度と歌詞の普遍性が高く評価されてきた証といえます。
保育士として言葉の大切さを子どもに伝える立場から見ると、岩谷時子の「シンプルであるほど深い」という言葉への向き合い方は、日常の声かけにも通じるものがあります。
参考:岩谷時子音楽文化振興財団(代表作品一覧・プロフィールを確認できます)

「空がこんなに青いとは」の歌詞を保育活動で活かす独自視点|「問いかけ型」導入のすすめ
保育の現場で「空がこんなに青いとは」を子どもたちに紹介するとき、多くの保育士がまず「歌えるようにする」ことを目標に置きます。しかしそれだけでは、この曲が持つ本来のメッセージが子どもの心に届きにくくなります。
おすすめは「問いかけ型」の導入です。具体的には次のような流れが有効です。
- 🌤️ 外に出て空を一緒に見上げる(晴れた日の散歩や外遊びのタイミングで「今日の空、何色に見える?」と問いかける)
- 📖 「昔、空が青くなかった時代があった」という話をする(3〜4歳には「工場の煙でお空が灰色だったんだよ」と端的に)
- 🎵 「だから、この歌の子どもたちは青い空を見てびっくりしたんだよ」と伝えてから歌う
この手順を踏むだけで、子どもが歌詞の「知らなかったよ」という言葉に実感を持って向き合えるようになります。
1番と2番で気持ちが変わることへの橋渡しも大切です。「一番は、みんなと一緒のとき。二番は、ひとりで悲しいとき。でも空を見たら元気になれた、って歌だよ」と説明すると、子どもは自分の経験(独りでいるときの孤独感や、友達と遊んだ楽しさ)に重ねてイメージしやすくなります。
保育士の歌い方自体も、1番は明るく外向きのエネルギーを持って、2番は少し内省的に柔らかく歌い分けると、言葉で説明しなくても子どもは感情の変化を音から受け取ります。
また、環境保育や自然体験と組み合わせる方法も効果的です。この曲の歴史的背景(公害で青空が失われていた時代)を知っている保育士は、「空の色を観察する活動」「絵の具で空の色を描く造形活動」と連携して、自然の大切さを伝える機会として発展させることができます。
歌詞の意味を知った上で歌うことと、ただ歌うこととでは、子どもの受け取り方が変わってきます。これが条件です。
厚生労働省が定める「保育所保育指針」の「表現」領域では、うたを通じて「季節や風景など、さまざまなことへの想像力を高め、自己表現を学ぶ」ことがねらいとされています。「空がこんなに青いとは」は、その両方を同時に実現できる曲です。
参考:保育園における歌の選び方・指導ポイントについて詳しく解説されています

「空がこんなに青いとは」の歌詞が現代の子どもに伝える意味|環境・友情・孤独への共感
1970年に発表されたこの曲が、2019年・2021年のラジオ再放送を経て今も歌われ続けているのはなぜでしょうか?
理由の一つは、歌詞のテーマが普遍的だからです。
1番が伝える「友だちとつながることの喜び」と、2番が伝える「一人でも乗り越えられる強さ」は、時代を超えて子どもが経験する感情そのものです。幼児期から学童期にかけて、「誰かと一緒にいるときの安心感」と「一人のときの孤独感」の両方を経験しながら、子どもは自己肯定感と自立心を育てていきます。この曲はその両方の感情に寄り添う構造になっています。
もう一つの理由は、「空」という子どもが誰でも目にする風景を使っているからです。
抽象的な感情を「空の青さ」というシンプルで具体的なイメージに結びつけることで、どんな年齢の子どもでも歌詞の感情を自分ごととして受け取りやすくなっています。「青い空を見てどう感じるか」は個人によって違いますが、それでよいのです。歌詞が答えを決めつけず、聴く子どもそれぞれが自分の感情を投影できる余白を持っています。
「〇〇だから泣かなくてよい」という説教ではなく、「ひとりでももう泣かないように」という空からのメッセージとして描いていること。このさりげなさが、岩谷時子の詞の優れた点であり、保育士として子どもたちに届けたい視点でもあります。
現代の保育でこの曲を使うとき、一つ気をつけたいことがあります。「公害」というテーマは3〜5歳児には難しすぎる内容ですが、「昔は空がすごく汚れていた」「今の青い空は大切にしなければいけない」という環境意識の芽生えにつなげることは十分可能です。
実際、子どもが空を見上げて「今日の空、きれいだね」と感じる体験と、「こんなに青いとは知らなかった」という歌詞が結びついたとき、その子の中に何かが生まれます。それは「環境への感謝」の最初の一歩になります。
環境への気づきは保育の現場から始まる、ということですね。
この曲は、長嶋茂雄のCM起用をきっかけに1980年代にも世代を超えて愛され、NHKの「みんなのうた発掘プロジェクト」によって2014年・2019年・2021年と断続的に再放送されています。50年以上にわたって歌い継がれてきた理由は、歌詞に込められたメッセージが子どもたちの心の本質をついているからに他なりません。
保育士として「空がこんなに青いとは」を歌うとき、それは単なる合唱指導ではなく、友情・自立・環境意識という三つのテーマを同時に子どもに届ける、豊かな保育実践の一つになります。
参考:環境問題がテーマになっている楽曲についての解説(「空がこんなに青いとは」の時代背景も詳しく紹介されています)
https://www.yhg.co.jp/taiyo33/column/%E7%92%B0%E5%A2%83%E5%95%8F%E9%A1%8C%E3%81%8C%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E6%A5%BD%E6%9B%B2/

劇場版「空の境界」第一章 俯瞰風景

