シューベルトの子守歌を歌で保育に活かす方法
この歌を「ただの寝かしつけ曲」と思って歌うと、子どもが笑ってくれなくなります。
シューベルトの子守歌の歌詞と作曲背景|19歳が込めた思い
「ねむれ ねむれ 母の胸に」——この歌い出しで誰もが知る『シューベルトの子守歌』は、オーストリアの作曲家フランツ・ペーター・シューベルト(Franz Peter Schubert/1797-1828)が1816年11月、わずか19歳のときに作曲したドイツ歌曲(リート)です。正式名称は『Wiegenlied(ヴィーゲンリート)』、作品番号はD.498(Op.98-2)で、世界三大子守歌(シューベルト・ブラームス・フリース)のひとつに数えられています。
曲の調性はロ長調。トニックとドミナントが交互に現れる平明な和声進行が、ゆりかごのように穏やかに揺れるリズムを生み出しています。シューベルトは生涯に600曲以上の歌曲を残した「歌曲の王」とも呼ばれ、この子守歌もその膨大な作品群の中のひとつです。
注目したいのは作詞者が今もなお不明という点です。一説にはドイツの詩人マティアス・クラウディウス(Matthias Claudius/1740-1815)の作とも言われますが、彼の作品集には該当する詩が見当たらないとされています。また、シューベルトが15歳のときに亡くした母マリア・エリザベート・フィーツへの追慕を込めた曲とも解説されます。
日本語の歌詞は、『星の王子さま』の翻訳で知られるフランス文学者・内藤濯(ないとう あろう/1883-1977)による訳詞が最も広く親しまれています。冒頭の「ねむれ ねむれ 母の胸に ねむれ ねむれ 母の手に」というフレーズは特に有名です。
つまり、この曲は19世紀初頭の詩と音楽が融合した深みのある歌曲ということですね。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 正式タイトル | Wiegenlied(ヴィーゲンリート)D.498 |
| 作曲者 | フランツ・シューベルト(1797-1828) |
| 作曲年 | 1816年11月(19歳) |
| 作詞者 | 不明(諸説あり) |
| 調性 | ロ長調 |
| 日本語訳詞 | 内藤濯(ないとう あろう) |
シューベルトの「子守歌」の歌詞と曲の背景について、詳しい和訳・解説はこちらが参考になります。
シューベルトの子守歌の歌詞に「墓」がある衝撃の事実
保育の現場でごく自然に歌われているこの曲ですが、ドイツ語の原詩を読むと、多くの人が驚く内容が含まれています。日本語で広く知られている訳詞は子守歌として非常に穏やかですが、原詩の2番に「心地よい墓の中で(in dem süßen Grabe)」という一節が登場するのです。
- 🌹 1番:「眠れ 眠れ 愛しい我が子 母の手で揺られながら」……穏やかな子守歌らしい内容
- ⚰️ 2番:「眠れ 眠れ 心地よい墓の中で 今も母の腕に護られながら」……突如「墓(Grabe)」が登場
- 🌸 3番:「眠れ 眠れ 綿のふところで 一本の百合と一本の薔薇 眠りの後のご褒美よ」……百合と薔薇が暗示するもの
千葉大学法経学部の山科高康教授は、著書の中でこう指摘しています。「子守歌に墓ということばが現れること自体、常人の考えるところでは普通ではない(千葉大学経済研究第12巻第4号・1998年)」。
3番に登場する「百合と薔薇」もキリスト教的には墓と関連付けられるシンボルです。グリム童話では「天国へ召された王子の墓から百合とバラが生えた」という表現があり、「神の恩寵の証し」として描かれます。つまりこの歌は、亡くなった赤ん坊が天国に安らかに行けるようにと願うレクイエム(鎮魂歌)として解釈できるという説が成り立つのです。
18〜19世紀ヨーロッパは現代と比べて衛生状態・医療水準が低く、生まれたばかりの子どもが亡くなることは珍しくありませんでした。キリスト教の文化圏では、亡き我が子を神の御許に送り届ける祈りの歌には深い意味があったのです。
これは意外ですね。
保育士として現場でこの歌を歌う際、もちろん日本語訳詞(内藤濯版)は穏やかで美しい内容ですから、問題なく使えます。ただ、この歌の成り立ちを知ることで、単なる「眠らせるための道具」ではなく、亡き命への慈しみと深い愛情が込められた歌として向き合うことができ、歌い手としての表現に深みが生まれるでしょう。
深い背景を知ることが基本です。
シューベルトの子守歌の歌を保育に活かす効果と研究データ
「子守歌なんてCD流すだけでいい」と思っていませんか。実は、研究データがそれを否定しています。
玉川大学脳科学研究所の梶川祥世氏らによる研究(黒石純子・梶川祥世、2008年、小児保健研究)では、生後0〜35か月の乳幼児261名を対象に、保育者が直接肉声で歌う「肉声形式」とCDやオーディオ機器を使う「オーディオ形式」の効果を比較しました。
- 😴 寝つく・体を動かす・声を出すなどの反応は両形式で同程度見られた
- 😊 「笑い」の反応は肉声形式の方が明らかに多く見られた
- 👂 生後17か月頃までの寝かしつけには、肉声形式がより多く使われる傾向があった
- 🎶 生後4か月以降は、おもちゃの音よりも人の声に選択的に笑うようになる
つまり「CDを流せば同じ」ではないということですね。
子どもの「笑い」という反応は、保育士自身にとってもポジティブな影響を与えます。同研究によると、子どもが微笑む反応は養育者の養育行動をさらに積極的に引き出す機能を持ち、「子への愛情を高め、さらなる働きかけを保育者に行わせる機能を持つ」とされています。つまり、子守歌は子どもを眠らせるためだけでなく、保育士自身の心の充実にも貢献するのです。
シューベルトの子守歌は乳児園職員が選んだ「寝かしつけにおすすめの歌ランキング(小田原乳児園・2022年)」でも堂々の第3位に選ばれています。歌に合わせて優しくからだをマッサージすると、子どもたちがうっとりする効果があるとされています。
これは使えそうです。
子守歌が持つ効果の詳しい研究データについては、千葉市子育て支援館のレポートも参考になります。
千葉市子育て支援館「子守歌が子どもと保護者へ与える効果」(PDF)
シューベルトの子守歌を保育士が歌うときの声と歌い方のコツ
同じシューベルトの子守歌でも、保育士の声量・テンポ・視線の向け方次第で、子どもの入眠しやすさが大きく変わります。ただ楽譜通りに弾き歌いすればいいというわけではありません。
植草学園大学のガイドライン(「寝る前の子守うた」2020年)では、子守歌を歌うときのポイントとして以下が挙げられています。
- 🕐 ゆっくりしたテンポで歌う(心拍数に近い落ち着いたリズムを意識する)
- 🔁 同じリズムの繰り返しが効果的(安心感を与える)
- 🔇 声量は控えめに(大きな声は逆効果)
- 👁️ ピアノの鍵盤ではなく子どもの顔や目を見て歌う
- 💆 歌い手自身がリラックスした姿勢でいる(緊張は子どもに伝わる)
特に「視線」は重要です。ピアノの鍵盤だけを見て硬い表情で演奏するより、子どもの顔を見ながら歌う方が、子どもは圧倒的によく眠ります。弾き歌いの技術が完璧でなくても、子どもへの眼差しが伝わることの方がずっと大切なのです。
弾き歌いが不安な場合は右手のメロディーだけを弾いて歌うことからスタートしても構いません。メロディーと声は同じ動きをするため練習しやすく、慣れてきたら左手の伴奏を加えていくステップアップ方式が有効です。シューベルトの子守歌はバイエル卒業程度のレベルで演奏できるよう簡易編曲されたものも多く、初心者保育士でも取り組みやすい曲のひとつです。
弾き歌いの技術向上に向けて楽譜を探している場合、保育士・幼稚園教諭向けに「選べる3ステップ伴奏」として難易度別に編曲された楽譜集(大海由佳編著『保育士・幼稚園教諭のための弾き歌い伴奏集 第2巻』/学研プラス)がよく知られています。シューベルトの子守歌も収録されており、初心者から中級者まで自分のレベルに合わせた伴奏を選べる構成になっています。
保育士ならではのシューベルトの子守歌の歌の使い方|独自視点
シューベルトの子守歌は「眠らせるためだけの歌」として捉えられがちです。しかし、保育士がこの歌の真価を引き出せる場面は、実は午睡タイムだけではありません。
「場面の切り替え」に使う という視点があります。子どもたちが興奮状態から落ち着いた状態に移行してほしい場面(給食後、運動遊びの後、外遊びからお部屋に入るタイミングなど)に、保育士が穏やかにこの歌をハミングし始めるだけで、不思議と場の空気が静まる効果があります。これは子守歌が「覚醒状態を一定レベルに安定させる機能を持つ」という研究知見(黒石・梶川、2008年)とも一致しています。
また、ボディタッチと組み合わせる効果も見逃せません。乳児園の保育士が実感しているように、歌に合わせて優しくからだをマッサージするとうっとりする効果があります。これはオキシトシン(愛着ホルモン)の分泌を促し、子どもと保育士の間のアタッチメント(愛着関係)を育む行為としても意味があります。
さらに独自の視点として、同じ曲を「歌の記憶」として積み重ねる使い方があります。乳児は生後3か月頃から「聞き慣れた人の声によく反応する」ようになります。毎日同じ曲・同じ声・同じテンポで歌い続けることで、子どもにとっての「安心の合図」として定着していくのです。曜日や担当が変わっても、施設全体で「シューベルトの子守歌は午睡前に歌う」というルーティンを作ると、子どもに安定した入眠環境を提供できます。
午睡のルーティンが鍵です。
この歌の背景を知った上で歌うことで、保育士自身の表情や声のトーンが自然と変わります。「亡き子への慈しみが込められている」という解釈があるように、この歌は人への深い愛を表現する曲です。その気持ちを持って歌うことが、子どもに伝わる「温かさ」の源になります。歌詞の意味を意識して歌うことが条件です。
乳幼児と音楽・歌いかけについての実証研究をさらに深く知りたい方は、こちらの論文も参考になります。
黒石純子・梶川祥世(2008)「現代の家庭育児における子守歌の機能」小児保健研究(PDF)

シューベルト (作曲家別名曲解説ライブラリー)
