色彩感覚と保育と表現
色彩感覚の保育の表現を支える発達と環境
色彩感覚は「生まれつき固定された能力」というより、経験や環境から学習される側面が大きいと示唆されています。産総研の発表では、単色光環境で育ったサルは「色の恒常性」などに課題が見られ、視覚経験が色彩感覚の獲得に影響する可能性が示されています。保育では“特殊な環境”を用意する必要はありませんが、「自然光・室内照明・日陰・窓際」など、同じ色が違って見える場面を日常に埋め込むだけで、子どもの気づきは増えます。
乳幼児期の視覚体験と色彩感覚(経験で獲得される可能性/色の恒常性の話)
保育の現場で起こりがちなのが、「赤は元気、青は落ち着く」など、大人側の“色の意味づけ”を先に渡してしまうことです。もちろん色の心理的イメージは活動設計に使えますが、子どもの表現を狭める危険もあります。たとえば「この歌は明るいから黄色ね」と決めるのではなく、「明るいって、どんな色?」と尋ね、子どもの語りを受け止めてから画材を渡す順番にすると、選択の理由が育ちます。
環境の工夫としては、色材を「自由に取れる」状態にしておくことが重要です。取りにくい場所にあると、色選びが“先生にお願いする行為”になり、表現のテンポが落ちます。反対に、パレット・水入れ・紙・雑巾・見本用カードなどがセット化されていると、歌→即描くの流れが途切れません。
観察の視点は「何色を選んだか」だけでは足りません。保育記録では、次のような“変化”を拾うと、表現の伸びが見えやすくなります。
- 同じ子が別の日に同じ歌を聴いたとき、色が変わるか(気分・経験の反映)。
- 混色を試す回数が増えるか(探究の深まり)。
- 友だちの色に影響される場面があるか(共同の学び)。
- 濃淡や筆圧、面の広さで気持ちを表すか(手の表現への移行)。
色彩感覚の保育の表現に効く歌と導入
保育の歌は、色彩感覚の導入として非常に相性が良いです。理由は、歌には「繰り返し」「強弱」「テンポ」「ストーリー」があり、色・形に置き換えやすいからです。さらに、歌は毎日繰り返されるため、短時間でも積み上げができます。
導入で扱いやすいのは、色が直接出てくる歌です。たとえば「どんな色がすき」は、色名と具体物が結びつくため、色カードや身の回りの色探しへ展開しやすいとされています。実際、色探しゲームの導入として「どんな色がすき」を歌い、歌詞に出た色のカードを見せる方法が紹介されています。
ただし、狙いワードが「色彩感覚 保育 表現」である以上、色名の暗記だけで終わるのはもったいないです。歌の導入は、次の2段階にすると表現へつながります。
- 色の“名前”に触れる(わかる・当てる)
- 色の“感じ”を語る(選ぶ・変える・説明する)
ここで効くのが、保育者の問いの質です。「赤はどれ?」ではなく、「この歌の“サビ”は何色っぽい?」と聞くと、色彩感覚が“印象の表現”として立ち上がります。子どもが答えた色に対しては、「どうしてそう思った?」と理由を言葉にする支援を入れると、表現が言語にも広がります。
歌の時間を表現活動に変える工夫として、歌詞の意味を一緒に考える、動きや表情をつける、写真や絵本とつなげる、といった視点が挙げられています。歌を単独で終わらせず、イメージを増やしてから造形へ渡す流れを作ると、色の選択が“なんとなく”から“意味のある選択”へ変わります。
歌の時間を表現活動に変える工夫(歌詞理解・動き・イメージ展開)
おすすめの導入フレーズ(例)
- 「この歌、速いところは何色?ゆっくりのところは?」
- 「同じ“赤”でも、怒ってる赤?うれしい赤?どっち?」
- 「音が高いところは、明るい?暗い?」
色彩感覚の保育の表現を広げる色水遊びと造形
歌と造形をつなぐ実践として、汎用性が高いのが色水遊びです。色水遊びは材料が少なく、結果がすぐ見え、混色や濃淡の変化を体験しやすいので、歌のイメージを色へ落とし込む導線として使えます。保育園での色水遊びのねらいとして「色彩感覚を育む」「創造力や実行力を育む」などが挙げられ、色の濃淡・混色・色名の学びが含まれています。
ここでのコツは、「色水遊び=理科っぽい実験」で終わらせないことです。狙いを“表現”に寄せるなら、歌の構造(Aメロ→サビ、強い→弱い、速い→遅い)と、色水の操作(濃く→薄く、混ぜる→分ける、透明→不透明)を対応させます。
実践例:「歌の地図」を色水で作る
- 紙を横長に置き、左から右へ歌の流れをたどる。
- Aメロは薄い色、サビは濃い色など、子どもがルールを決める。
- 曲が盛り上がるところはスポイトで“点”を増やすなど、操作で気持ちを表す。
年齢別の扱い方(目安)
- 0~2歳:色の変化そのものを楽しむ。こぼれにくい容器と少量で十分。
- 3~4歳:混ぜたら何色になったかを言葉にする。「同じ緑でも違うね」を面白がる。
- 5~6歳:配合を試して再現する。「さっきのサビの色、もう一回作れる?」に挑戦する。
さらに一歩深掘りするなら、「光」を絡めます。色水は透けるので、窓際に並べるだけでステンドグラスのような影色が出ます。歌を流しながら、影の色が床に落ちる様子を見て「床の色、今は何色の気分?」と聞くと、色彩感覚が“物の表面色”から“光の色”へ拡張します。
安全と環境設定の要点
- 誤飲が心配な年齢は食用色素や安全な素材を選ぶ(園の方針に合わせる)。
- 机上に雑巾とトレーを標準装備して、失敗が活動の停止にならないようにする。
- 「混ぜたら戻らない」体験を、叱責ではなく学びとして扱う(探究の保護)。
色彩感覚の保育の表現を促す援助と声かけ
表現を伸ばす保育者の援助は、「教える」より「選び直せる場」を作ることにあります。色彩感覚の活動では、正解・不正解を作りにくいぶん、子どもは安心して試せます。ところが大人が評価の言葉を急ぐと、安心が一気に崩れます。
避けたい声かけ(例)
- 「それは違う色だよ」→子どもの世界を閉じる。
- 「きれいに塗ろう」→目的が“きれいさ”にすり替わる。
- 「上手だね」だけ→何が良いのかが残らない。
使いやすい声かけ(例)
- 「その色、どんな気持ちの色?」
- 「同じ歌なのに、昨日と色が違うね。今日はどうして?」
- 「混ぜたらどうなると思う?予想してから混ぜてみよう」
- 「ここを濃くしたのは、音が大きいところ?」
また、表現は“個人”だけで完結させないほうが育ちます。作品を並べて相互に見る時間を短くても取ると、「同じ歌を聴いても違う」が自然に理解されます。植草学園大学の取り組みでは、音楽を聴いて色と形で表現する活動において、同じ曲でも想像は違いながら、A部分は朝のイメージで明るい色、B部分は夜のイメージで暗い色を使う人が多いなど、共通点と違いの両方が観察されています。
音楽を聴いて色と形で表現する活動(共通する傾向と個人差の観察)
この「似ているところもある」「全然違うところもある」を味わう経験は、表現領域の核になります。保育者は、“似ている”を褒めて終えるのではなく、「違い」を面白がる空気を作ると、次の挑戦が起きます。
記録の書き方の例(指導案・保育日誌のヒント)
- ねらい:音や言葉のイメージを色・形・動きで表現し、感じ方の多様性に気づく。
- 環境:色材を選びやすく配置。混色できる道具を複数用意。作品掲示スペースを確保。
- 援助:選択理由を言葉にする問いかけ。試行錯誤を肯定する。友だちの表現を共有する場を作る。
- 評価:色の正確さではなく、試した回数・選び直し・説明・友だちへの関心を観察。
色彩感覚の保育の表現に効く共感覚の視点(独自視点)
検索上位の一般的な保育アイデアは「色水遊び」「製作」「色育」などが中心になりがちですが、歌に興味がある読者へ刺さりやすい“意外な切り口”として「共感覚(シナスタジア)」の視点があります。共感覚とは、一つの刺激に対して複数の感覚が結びつく知覚現象で、音を聞くと色を感じる「色聴」などの例が紹介されています。また、赤ちゃんの頃は感覚処理が未熟で、複数感覚が混在しやすいという説や、触覚情報と視覚情報の関連を示唆する実験紹介もあります。
共感覚の説明(色聴・色字など/乳児の感覚混在の説と実験紹介)
ここで重要なのは、「うちの子は共感覚者か?」を判定する話にしないことです。保育で使うのは、共感覚を“能力”としてではなく、“表現を許す考え方”として導入することです。つまり、子どもが「この音、青だよ」と言ったときに、「音に色はないよ」と否定しない。むしろ「青って、どんな青?」「海の青?夜の青?」と聞くことで、歌→色→言葉→物語へ広がります。
実践アイデア:「音の色カード」
- 同じフレーズを、強く・弱く・速く・遅く歌い分ける。
- 子どもが“ぴったりだと思う色カード”を選ぶ。
- 選んだ理由を1言でもいいので言葉にする(言えない子は指差しでもOK)。
意外と知られていないポイントは、「子どもの音の感じ方が似てくる瞬間がある」ことです。大人側が誘導しなくても、同じ楽曲のパートで明るい色・暗い色が集まりやすいことがあり、集団の経験として“音の雰囲気”を共有する入口になります(もちろん個人差が残るのが健全です)。前述の音楽を聴いて色と形で表現する活動でも、パートによって色の傾向が分かれた観察が報告されています。
歌の活動に共感覚の視点を入れるメリット
- 「正解」を作らずに深い対話ができる。
- 色彩感覚が“図工”だけの能力ではなく、生活や感情とつながる。
- 子ども同士が互いの違いを尊重する題材になる。
最後に、歌と色をつなぐ活動は、発表会や制作物づくりのためだけに行う必要はありません。むしろ日々の短い歌の時間を、色彩感覚と表現の小さな積み上げに変えることが、保育の強みになります。日常の「歌う→感じる→色で試す→言葉にする→見せ合う」を回し始めると、子どもは“表現の道具”として色を使い始めます。


