臨床音楽療法と歌で育む子どもの心と発達支援

臨床音楽療法と歌が保育現場でもたらす発達支援の可能性

歌が上手な子どもだけに音楽療法の恩恵が届くと思っていませんか?

この記事でわかること
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臨床音楽療法と「歌」の関係

歌唱活動が子どもの脳・言語・社会性の発達に与える科学的な根拠と、保育現場での意義を解説します。

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ASD・ADHDへの具体的な効果

発達に特性のある子どもへ歌を活用することで、言語発達・社会性向上・衝動性コントロールが変わる理由を紹介します。

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保育士が今日から使えるプログラム例

始まりの歌から終わりの歌まで、子どもの特性に合わせた45分セッションの組み立て方を具体的に紹介します。

臨床音楽療法における「歌」の定義と保育での位置づけ

 

「音楽療法」という言葉を聞くと、特別な楽器を使う難しいリハビリを想像する保育士も少なくありません。しかし臨床音楽療法は、日本音楽療法学会によれば「音楽のもつ生理的・心理的・社会的働きを用いて、心身の障害の回復、機能の維持改善、生活の質の向上、行動の変容などに向けて、音楽を意図的・計画的に使用すること」と定義されています。つまり演奏の上手下手は一切関係ないのです。

臨床音楽療法の中で「歌」が占める役割は特に大きいと言えます。歌は呼吸・発声・口腔筋・聴覚・記憶という複数の脳機能を同時に使う活動です。声楽家出身の音楽療法士・堀田圭江子氏によれば、セッションの中で「みんなで歌おう」は発語を促すための重要なプログラムとして繰り返し設定されています。保育士が毎日行っている朝の歌手遊び歌も、実はその構造が臨床音楽療法のアプローチと非常に近いのです。

重要なのは「目的を持って歌わせること」です。ただ楽しく歌うのと、意図と目標を持って歌うのでは、子どもへの働きかけの深さがまるで違います。これが基本です。保育の現場で音楽活動をすでに取り入れているなら、少し意識を変えるだけで今日から臨床音楽療法的なアプローチに近づけます。

また「童謡」は単純に懐かしい曲ではなく、療法的な観点から見ると非常に優れた教材です。子どもの音域に合った音域設計、繰り返しのある歌詞構造、口を大きく開ける発音の流れ——これらが自然に喉・肺・脳への刺激を促します。100年以上歌い継がれてきた童謡・唱歌には、いつの時代にも通じる音楽性が秘められています。

音楽療法と童謡・唱歌の活用について詳しく解説されている参考ページ(こどもミュージック)

臨床音楽療法の歌が子どもの脳発達に与える科学的な根拠

「歌を歌わせておけばなんとなくいい」と感じている保育士は多いと思います。ですが、その背景には明確な神経科学的な根拠があります。歌を歌うという行為は、脳のどこか1か所だけが働くのではなく、聴覚野・運動野・前頭前皮質・海馬・扁桃体など、脳の広範囲を同時に活性化させます。これは日常の会話や読み書きとは比べ物にならないほど多くの神経回路が同時に使われる状態です。

シュレンバーグ(Schellenberg, 2004)の研究では、音楽訓練を受けた子どもはそうでない子どもに比べてIQが有意に高かったことが報告されています。また、Moreno et al.(2011)の研究では、わずか20日間の音楽トレーニングを受けた子どもに言語知性と実行機能の向上が見られました。注目すべきは「20日間」という短さです。これは連続1か月にも満たない期間での変化です。

歌唱が特に言語発達に直結するのは、リズムと言語習得の間に強い関連性があるためです。Patel(2011)のOPERA仮説によれば、音楽訓練が音声言語の神経処理を向上させるとされており、歌詞を繰り返し声に出すことが語彙拡大と発音の正確さを高めることが示されています。つまり歌うことは、言語訓練でもあるということです。

さらに集団で歌を歌う行為はオキシトシン(愛情ホルモン・絆ホルモン)の分泌を促進させることが、Kreutz(2014)の研究で示されています。このホルモンは人との結びつきや信頼関係に関わるもので、クラス全体での合唱が「なんとなくクラスがまとまる」という保育士の実感を、科学的に裏付けているのです。これは使えそうです。

音楽が子どもの脳・社会性・情緒発達に与える効果を研究データとともに解説(After Reha)

臨床音楽療法の歌でASD・ADHDの子どもが変わる仕組み

発達に特性のある子どもたちへの支援に悩む保育士にとって、臨床音楽療法の歌アプローチは特に注目に値します。ASD(自閉スペクトラム症)の子どもに対しては、言葉によるコミュニケーションが難しくても、音楽を介することでコミュニケーションが成立しやすくなることが報告されています。

ASD児に関しては、Geretsegger et al.(2014)のメタ分析で「音楽療法がASD児の感覚処理能力を改善する」と報告されています。歌の活動は聴覚・視覚・運動の3つの感覚を同時に刺激するため、感覚過敏や感覚処理の困難を抱える子どもの感覚統合に働きかけます。また金子ら(2018)の研究では、音楽療法がASD児の対人関係スキルを向上させることも示されており、自分以外の人間を意識する力の芽生えが確認されています。

ADHDの子どもに対しては、山下ら(2016)の研究で音楽活動がADHD児の持続的な注意力を改善することが報告されています。特にリズミカルな歌唱活動は、「聴く・歌う・体を動かす」という複合課題が脳への適度な刺激となり、落ち着きを維持しやすくします。Rickson(2006)の研究では、ドラムを使った音楽療法によってADHD児童の衝動性が軽減されたことも示されています。

保育の現場では、毎回同じ曲を「始まりの歌」として使うことがとても効果的です。ASDの子どもは急な変更に弱いですが、毎回同じ歌から始めることで「これから何が始まるか」という見通しを持てるようになります。見通しが立つと安心感が生まれ、活動への参加意欲が上がります。これが条件です。終わりの歌も同様で、ゆっくりしたテンポの曲を小さな声で歌うことでクールダウンを促せます。

自閉症児に対する音楽療法の有効性についての解説(こども発達支援研究会)

保育士が実践できる臨床音楽療法の歌プログラムの組み立て方

「音楽療法士の資格がなければ実践できない」と思っている保育士も多いでしょう。確かに専門的な臨床音楽療法は日本音楽療法学会認定の資格が必要です。しかし、臨床音楽療法的なアプローチを日常の保育活動に取り入れることは、資格なしでも可能です。重要なのは「目標を持って音楽活動を設計する」という意識を持つことです。

具体的な45分のセッション構成例をご紹介します。

ステップ 内容 目的 使用曲例
①始まりの歌 毎回同じ曲を歌う 気持ちの切り替え・集中 「こんにちは」(ローラ・ビーア)
体操・手遊び 曲に合わせて体をタッチ 身体認識を強める 「手をたたきましょう」
③楽器活動 タンバリンや太鼓を叩く ストレス発散・順番の学習 「大きな古時計」など
④みんなで歌おう 音読してから歌唱 発語促進・集中力向上 子どもが好きな曲
⑤終わりの歌 ゆっくりした曲を小声で クールダウン・区切りの確認 「今日の日はさようなら」

プログラムの組み立てで最も大切なのは「静」と「動」のバランスです。落ち着きのない子が多いクラスでは、体を大きく動かす活動と静かに集中する活動を交互に配置することで、脳への刺激と鎮静のリズムが生まれます。また、こだわりの強い子どもが多い場合は、ホワイトボードに本日のプログラムを書き出して見せると、見通しが立って参加しやすくなります。

歌を通じた掛け合い活動も試してみてください。たとえば「森のくまさん」を2グループに分けて歌わせる方法は、コミュニケーションスキルの向上を目標とする子どもに非常に有効です。自分が歌って相手が応えるという体験が、会話の「キャッチボール」の感覚を自然に養います。意外ですね。

日本音楽療法学会認定音楽療法士・堀田圭江子氏による子ども向けプログラム例の詳細解説

臨床音楽療法の歌を保育に活かす独自視点:「保育士自身の歌声」が持つ療法的効果

これは保育の教科書にはなかなか書かれていない視点です。臨床音楽療法において、歌を「歌わせる」ことばかりが注目されがちですが、実は「保育士自身が歌う」という行為そのものが、子どもへの療法的な働きかけになっています。

子どもは保育士の歌声を「音」としてだけでなく、感情や安心感の信号として受け取っています。不安なときにゆっくりした低めのメロディーで声をかけられると、心拍数が落ち着くことが生理学的に確認されています。逆に保育士が元気なテンポで歌えば、子どもたちの活動エネルギーが高まる。これが原則です。

県立宮城大学での研究では、音楽療法の前後に血圧・心拍数・呼吸数を計測したところ、音楽療法後には平均で血圧が約10mmHg低下し、心拍数・呼吸数も安定することが確認されています(佐治順子, 2017)。これは子どもに限らず、歌に関わることで自律神経が整うことを示しています。保育士が意識的に「声のトーンとテンポ」を調整しながら歌うことは、クラス全体の情緒の安定につながります。

また、福島学院大学の研究紀要では「子どもたちは保育士の歌を見て聞いて、なぜ歌いたくなるのか」という問いが立てられており、保育士の歌に込められた感情や表情が子どもの歌唱意欲に直接影響することが指摘されています。つまり、上手に歌えるかどうかよりも、保育士が「楽しそうに・感情を込めて歌う」という姿勢こそが、子どもへの最大の音楽療法的な刺激になるということです。

さらに興味深いのは「気分が落ち込んでいるときは、その気分に合ったゆっくりした曲を歌う(または聴く)方がよい」という音楽療法の原則です。これは「元気を出させたいときはアップテンポの曲をかければいい」という保育士の常識とは逆のアプローチです。まず子どもの感情の状態に寄り添う音楽を選び、そこから徐々にテンポを上げていく「同質の原理」が、気持ちの変容をより自然に促します。

子どもが泣いているときにいきなり元気な歌をかけるのではなく、まず静かでゆったりした歌を歌いながら寄り添う——この小さな意識の変化が、保育士にとってのセラピスト的な姿勢につながります。保育の現場でこれを実践するだけで、子どもの心の動きが変わることを実感できるはずです。


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