能の謡とは何か・仕組みと発声・流派を詳しく解説
謡の稽古を続けると、声帯ではなく「腹」から声を出すため、喉を傷めにくく、むしろ声が太く安定します。
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能の謡とは何か・能楽における役割と定義
「謡(うたい)」とは、能の声楽(言葉・台詞)にあたるすべての部分のことです。単純に「歌」と思われがちですが、セリフも含め、声によって表現されるものすべてが謡に含まれます。つまり能舞台では、普通の芝居でいう「しゃべる」行為も、独特の節をつけた謡として表現されます。これが謡のユニークな点です。
能は本来、舞・謡・囃子(はやし)の三要素から成り立っています。このうち謡は、能の根幹となる「言葉」と「音楽」の両方を担う、最も重要な構成要素と言えます。謡があってこそ物語が語られ、登場人物の感情が表現されます。つまり謡が能の柱です。
謡は大きく2つに分類されます。一つは、シテ(主役)やワキ(脇役)などの登場人物が自ら謡うもの(一人称の謡)です。もう一つは、「地謡(じうたい)」と呼ばれるコーラスパートで、舞台には直接登場せず、情景や心情を語り描写する役割を持ちます。地謡は通常8名で構成され、全員が同じ音高で謡いますが、西洋音楽のようなハーモニー(和音)は作りません。
面白いのは、謡には西洋音楽のような絶対音階がない点です。ドレミファのような固定された音程はなく、その日のシテや「地頭(じがしら)」と呼ばれる地謡のリーダーが基準音を決めます。つまり毎回の公演で音の高さが変わる、柔軟な声楽なのです。これは意外ですね。
また、能に登場する「女性の役」であっても、謡は男性の声でそのまま謡われます。歌舞伎の女形のように裏声にする必要はなく、ありのままの声で表現します。謡の文章は古語で書かれており、和歌や漢詩、『源氏物語』など王朝物語からの引用も多く、詩的な世界観が謡の魅力の一つとなっています。
能の謡の発声法・ヨワ吟とツヨ吟の違いと仕組み
謡の発声は、腹式呼吸を基本とします。ただし、西洋のオペラや合唱と異なるのは、「あごを引き、のどぼとけを下げるようにして、息とともに声を出す」という点です。喉に力を入れず、丹田(へそのやや下)から息を送り出すイメージで声を出します。腹式呼吸が原則です。
謡の歌い方には大きく分けて2種類あります。それが「弱吟(ヨワ吟)」と「強吟(ツヨ吟)」です。
- 🌸 弱吟(ヨワ吟):柔らかい息遣いで、旋律的に謡います。上・中・下の3つの音を基本とし、優美で情緒的な表現に使われます。女性の役や穏やかな場面に用いられることが多い吟法です。能楽の謡の中でも歴史が古く、能本来の謡い方と言われています。
- ⚡ 強吟(ツヨ吟):強い息遣いで力強く発声します。厳粛・勇壮な曲調に用いられ、武将の霊や神・鬼などが登場する場面で使われます。音程が若干不安定に感じられることがありますが、それ自体が能の世界観を構成する重要な要素です。
注意点があります。「ヨワ吟」は「弱く歌う」という意味ではありません。能において「弱く」謡うという概念は基本的に存在せず、むしろヨワ吟でも腹の底からしっかりと声を出すことが求められます。これは初心者がよく誤解するポイントです。
また、謡のリズムには「平ノリ(ひらのり)」「中ノリ(ちゅうのり)」「大ノリ(おおのり)」の3種類があります。七五調の12文字を八拍子に当てはめて謡う「平ノリ」が最も基本的で、多くの場面で使われます。「中ノリ」は修羅能(武将の霊が主役の能)の激しい場面に多く、「大ノリ」は神や鬼が登場する場面や曲の終わりに使われます。リズムが3種類あることで、能の物語の展開に合わせた豊かな表現が可能になります。
文化デジタルライブラリー「謡の発声」:弱吟・強吟の仕組みの詳細解説
能の謡の歴史・世阿弥と観阿弥が作り上げた伝統
能と謡の歴史は、室町時代(14世紀)にさかのぼります。もともとは「猿楽(さるがく)」と呼ばれる芸能が起源で、これを劇芸術として大成したのが父・観阿弥(かんあみ、1333〜1384年)と息子・世阿弥(ぜあみ)です。とくに世阿弥は、父が単調だった謡にリズムと旋律を加えた功績を受け継ぎ、さらに「幽玄(ゆうげん)」という美的理念のもとで能を洗練させました。今から約640年前のことです。
世阿弥が著した『風姿花伝(ふうしかでん)』や『花鏡(かきょう)』などの伝書には、謡の発声や稽古の心得が細かく記されています。これらは現代の能楽師にも読み継がれており、謡の基礎はこの時代に確立されたものです。650年以上変わっていない技法が今も受け継がれています。
江戸時代になると、謡は武家の教養として広く普及しました。当時、能の舞台そのものは武士・上流階級の芸能でしたが、謡だけは町人でも大目に見られ、多くの庶民が習い事として楽しみました。謡宿(うたいやど)と呼ばれる場所に集まって謡い合うサークル活動のような文化が根付いており、この時代に謡は大衆の娯楽になったと言えます。江戸時代の習い事文化の中で、謡は現代のカラオケのような存在だったのかもしれません。
明治以降は文化的な盛衰がありながらも、謡の稽古文化は途絶えることなく続いています。現在でも九州地方では、結婚式などのお祝いの席で「高砂(たかさご)」などのめでたい謡を、親族がお祝いとして謡う風習が残っています。これを「お謡い三番」と呼びます。謡が今も生活に根付いているのは文化の力ですね。
能楽協会「能楽の歴史」:観阿弥・世阿弥から現代までの流れを解説
能の謡の流派・観世流・宝生流など5流派の特徴と違い
謡を習う際に必ず直面するのが「流派」の問題です。能のシテ方(主役を演じる役者の系統)には5つの流派があり、それぞれ謡の節回し・音の高さ・演出が異なります。どの流派で習うかによって、学ぶ謡本(うたいぼん)の内容も変わってきます。流派の選択は最初の重要な一歩です。
5つの流派の特徴を整理すると、以下のようになります。
- 🌺 観世流(かんぜりゅう):最大の流派で、演目数は約210番と最多です。観阿弥・世阿弥を祖とし、華やかで優美な演技が特徴。現行の能の主流派と言われています。
- 📖 宝生流(ほうしょうりゅう):「謡宝生」とも呼ばれるほど謡の節回しが細やかで優美。重厚な芸風を持ちながら、謡においては柔らかく美しい音色が特徴です。
- 🌿 金春流(こんぱるりゅう):5流の中で最も古い歴史を持ち、質朴でシンプルな演技が特徴。謡も素朴さと格調を兼ね備えています。
- ⚔️ 金剛流(こんごうりゅう):力強い演技と活発な動きが特徴。謡も躍動感があります。
- 🎋 喜多流(きたりゅう):江戸時代初期に成立した最も新しい流派。重厚で格調高い芸風と謡が特徴です。
注意点として、流派を超えて謡の稽古をすることは基本的にありません。習い始めたら、その流派の謡本と節回しに従って稽古を積んでいくことになります。また、観世流で習った謡を宝生流の演奏会で謡うことも通常はありません。つまり流派選びは長期的な影響があります。
初心者が稽古を始める場合、地域によって活動している流派が異なります。まず自分の住む地域にどの流派の教室があるかを確認することが先決です。能楽協会の公式サイトや各流派の団体ホームページから、最寄りの師匠を探すことができます。
能楽協会「能の基礎知識」:各流派の構成や特徴を公式情報で確認できます
能の謡を習うことで得られるメリット・保育士にも役立つ声と呼吸の力
謡を習うことで得られる実践的なメリットは、声と呼吸の強化です。謡の稽古では、腹式呼吸を繰り返し実践します。腹式呼吸は一度に取り込める酸素量が胸式呼吸と比べて多く、継続することで心肺機能が向上します。特に保育士のように毎日大きな声を出す職業にとって、これは非常に有益です。
腹式呼吸を使って声を出すと、喉への負担が格段に減ります。保育士が1日中子どもたちに声をかけたり、歌を歌ったりすると、夕方には喉が嗄れてしまうことがあります。喉を傷めにくい発声法が身につけば、日常の保育の場でもその恩恵を受けられます。これは使えそうです。
もう一つの大きなメリットは、精神面への効果です。能楽師の宝生和英氏のインタビューでは、「稽古を続けると自律神経が整い、長寿の能楽師が多い」と語られています。謡は七五調のリズムで声を出す行為を繰り返すため、瞑想に近いリラックス効果があるとも言われています。仕事のストレスが多い保育士にとって、心を落ち着かせる習い事としても候補になります。
さらに、謡は子どもの文化教育にも直結します。謡曲の言葉には、『源氏物語』や『平家物語』などの日本の古典文学からの引用が随所にあります。保育士が日本の伝統芸能の知識を持つことで、日本文化を子どもたちに伝える機会が広がります。特に幼児期は感性が豊かに育つ時期で、謡の独特な音色に子どもたちが興味を持つケースも少なくありません。知識が保育の幅を広げます。
謡の稽古を始めるにあたって、大きな障壁はありません。宝生会(公益社団法人)などの公式団体では、初心者向けの「謡の稽古」を案内しており、「観世流の小謡『鶴亀』」など短い曲からスタートできます。まずは公益社団法人・宝生会や各流派の公式サイトで「体験稽古」を探してみることをおすすめします。
宝生会「能のお稽古のススメ」:初心者向け謡稽古の内容と始め方の案内
the能ドットコム「謡(うたい)」:謡の仕組み・地謡・リズムをわかりやすく解説

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