コウノトリの歌ベトナムから学ぶ保育と異文化理解

コウノトリの歌ベトナムが保育士に伝える異文化と平和の視点

この映画を「子ども向けじゃないから関係ない」と思っている保育士さんほど、現場で損をしています。

この記事でわかること
🎬

「コウノトリの歌」とはどんな映画か

2001年ベトナム・シンガポール合作。北ベトナム軍側の視点からベトナム戦争を描いた世界でも珍しいドキュメンタリー映画。

🌏

保育士にとってベトナム文化理解が必要な理由

日本の保育所等の約7割がすでに外国籍の子どもを受け入れており、ベトナム国籍の子どもは急増中。

🕊️

保育現場で活かせる平和教育と異文化実践

映画から学べるベトナムの文化・歴史背景を、保育士としての実践に結びつける具体的な方法を解説します。


<% index %>

コウノトリの歌ベトナム映画の概要と背景を知る

 

『コウノトリの歌』(原題:Vu khuc con co)は、2001年に公開されたベトナムとシンガポールの合作映画です。監督はジョナサン・フーとグエン・ファン・クアン・ビンの2人が務めました。日本では2004年8月28日に銀座シネパトスほかで公開され、配給はギャガ・コミュニケーションズとアニープラネットが担当しています。上映時間は99分です。

この映画が特別な理由は、ベトナム戦争を「ベトナム側の視点」から描いた作品であるという点にあります。『地獄の黙示録』や『プラトーン』『フルメタル・ジャケット』といったアメリカ映画では、ベトナム兵士は冷酷な敵として描かれることがほとんどでした。しかし本作では、北ベトナム軍の元兵士3人が語り手となり、戦時中の記憶と戦後の人生を振り返ります。

登場するのは、元従軍カメラマンで現在は映像作家のトラン・バン・チュイ、友人想いの兵士として知られ現在はビジネスマンとなったメイ、そして南ベトナムに潜伏した秘密工作員で現在はマッサージ師になったラムという3人です。彼らはいずれも「戦争の英雄」として称えられているわけではなく、静かな日常を送りながら、心の奥に消えない記憶を抱えています。

ベトナム戦争で亡くなったベトナム人は約500万人とも言われています。アメリカ側の戦死者が約5万8,000人であることと比較すると、いかに多くのベトナム人が犠牲になったかがわかります。本作はプロパガンダ映画ではなく、「戦争の勝者」であるはずのベトナム側でさえも、深い悲しみと喪失の記憶を抱え続けているという事実を伝えています。

つまり、戦争の傷は勝者にも残るということです。

1975年のサイゴン陥落でベトナム戦争は終結し、その後アメリカとベトナムは長く国交を断絶していましたが、1991年のソビエト連邦崩壊後に関係を回復。2001年には通商協定も締結されました。本作はそうした歴史的な和解の流れの中で生まれた作品でもあります。

ベトナム戦争や映画の詳細については、以下のリンクが参考になります。

映画『コウノトリの歌』に関するレビューと詳細ストーリー解説(Filmarks)

映画『コウノトリの歌』の感想・レビュー[29件] | Filmarks
レビュー数:29件 / 平均スコア:★★★3.2点

コウノトリの歌タイトルに込められたベトナムの文化的意味

映画タイトルの「コウノトリの歌」は、ベトナム語の原題「Vu khuc con co(ヴー・クック・コン・コー)」から来ています。ベトナム語の「con cò(コン・コー)」は「サギ(鷺)」または「コウノトリに似た白い水鳥」を指し、ベトナムの農村文化において非常に深い意味を持つ鳥です。これは意外ですね。

ベトナムの水田地帯では古くから白い鷺が飛び交う風景が当たり前で、農民の勤勉さや母の献身を象徴する鳥として民謡や子守唄に多く登場してきました。ベトナムの子守唄「Cái cò cái vạc cái nông(カイ・コー・カイ・ヴァック・カイ・ノン)」は、コウノトリ(サギ)が稲を守るために飛び続ける姿を歌った民謡で、世代を超えて受け継がれている代表的な曲のひとつです。母親が田んぼで働きながら幼子に聞かせた歌として、ベトナムの人々の心に深く刻まれています。

保育士の観点からとても大切な点があります。保育の中で「子守唄」というと日本の「ねんねんころりよ」などを思い浮かべる方が多いかもしれませんが、ベトナムの子守唄には「働く母の姿」と「自然への感謝」が色濃く反映されています。この違いを理解することで、ベトナム籍の保護者との信頼関係がぐっと深まります。

映画の中でこの「con cò」というモチーフが使われているのは、戦場に向かった兵士たちが故郷の田園と家族への愛を胸に秘めていたことの象徴です。勝利ではなく、ただ普通の暮らしに戻りたかっただけの人間の姿が、この鳥のイメージを通して描かれています。

コウノトリの歌が原題に込めた象徴性は、保育現場でベトナムの子どもたちを迎えるときの「文化的背景の理解」という視点に直結します。結論は、文化を知ることが保育の質を上げるということです。

コウノトリの歌ベトナム映画が保育士に与える平和教育の視点

保育士にとって、『コウノトリの歌』が重要な理由は「子どもに直接見せる映画」だからではありません。保育士自身が「世界の子どもたちが生きてきた歴史」を理解するための教材として価値があるのです。

ベトナム戦争は1975年に終結しましたが、その影響は現在も続いています。アメリカ軍が散布した枯葉剤(エージェント・オレンジ)による健康被害は、被害を受けた世代から次世代、さらにその次の世代へと受け継がれており、2020年代に至っても先天性障害を持つ子どもたちが生まれ続けているというのが現実です。

つまり、ベトナム籍の子どもを保育する現場では、その家族が直接または間接的にこうした歴史的背景を持っている場合があります。保育士がこの事実をまったく知らないまま接することと、背景をふまえた上で接することでは、保護者との信頼関係の深さに大きな差が生まれます。

平和教育は「子どもに戦争の話をする」ことだけではありません。保育士自身が多様な歴史と文化に対して敬意を持ち、知識を深めることも、立派な平和教育の実践です。それが基本です。

本作のレビューには「戦争映画なのにプロパガンダではない」という感想が多く見られます。勝者側のベトナムが「勝利の栄光」ではなく「悲しみの記憶」を語る映画であることが、観る人に深い問いを投げかけます。保育士として「子どもが安心できる場所をつくる」という仕事は、まさにこうした問いと向き合う姿勢と重なります。

ベトナム戦争と保育・子どもへの影響について詳しくまとめられたリソースとして、以下が参考になります。

ベトナム戦争の枯葉剤被害と子どもたちに関する解説(民医連・人権情報)

ベトナム戦争は終わらない ~枯れ葉剤後遺症に苦しむ人びと | ヒューライツ大阪(一般財団法人アジア・太平洋人権情報センター)
アジア・太平洋地域における人権の確立・伸長に貢献する団体

コウノトリの歌を通じて知るベトナム籍の子どもとの関わり方

今、日本の保育現場はかつてないほど多国籍化が進んでいます。全国の保育所等の約7割がすでに外国籍の子どもを受け入れており、中でもベトナム国籍の子どもの増加が近年特に目立っています。大阪の一部の保育園では、園児の4割をベトナム人家庭の子どもが占めるケースも報告されています。これは使える情報ですね。

しかし、ベトナム人保護者との対応で「連携が取れない」「指示が伝わらない」と感じている保育士は、調査によると約6割にのぼります。言語の壁が最も大きな課題ですが、それ以上に根本的な問題として「文化的背景の違いへの理解不足」が挙げられることも多いです。

ここで重要なのが、文化理解を「知識として入れること」の価値です。『コウノトリの歌』のような映画を通じてベトナムの歴史や人々の感情の核にあるものに触れると、保育現場での向き合い方が変わります。たとえば、ベトナムの保護者が「子どもが集団の中で自己主張しない」ことを当然と考えていても、それは日本の保育基準から見ると気になる点かもしれません。しかしその背景に、共同体を優先するベトナムの文化観があることを知っていれば、一方的な「問題」として捉えずに済みます。

外国にルーツを持つ子どもにルーツのある国の挨拶(ベトナム語なら「シン・チャオ(Xin chào)」)を試みることは、子どもが安心感を持つきっかけになります。保育士一人が「シン・チャオ」とひとこと声をかけるだけで、子どもの顔がほころぶ場面は多く報告されています。これは無料でできる最強のアイスブレイクです。

以下のリンクでは、外国籍の子どもの保育に関する実践的な工夫が詳しく解説されています。

多国籍の子どもと保育現場でできる工夫(ほいくis)

コウノトリの歌ベトナムから保育士が学べる独自の気づきとは

多くの映画評や保育関連記事では触れられていない視点がひとつあります。それは、『コウノトリの歌』という映画が「語られなかった側の視点」を持つという構造が、保育士の仕事そのものと深く共鳴しているという点です。

子どもは、大人が設定した「正解」の文脈の中では、自分の本当の感情や経験を語ることができません。保育士の役割は、その「語られなかった声」を拾い上げ、子どもが安心して自己表現できる環境をつくることです。

本作に登場する3人の元兵士も、社会的には「勝者」の側に立っているにもかかわらず、誰も彼らの心の傷を正面から聞こうとはしてきませんでした。トランが婚約を破棄し、ラムが南ベトナムで妻と娘を残し、メイが親友の死を夢の中で繰り返す——こうした「内側の物語」は、表向きの「歴史」には記録されません。保育士がベトナム籍の子どもや保護者と向き合うとき、同じ構造が存在します。

保護者が「問題なし」と言っても、子どもの行動の奥に「語られていないもの」がある場合があります。外国にルーツを持つ子どもたちは特に、言語・文化・環境の変化に適応しながら多くのものを「内側に抱え込んでいる」ことがあります。それは大人の100倍難しいことです。

だからこそ、保育士が異文化の歴史と感情の文脈をふまえた上で子どもに接することは、単なる多様性対応ではなく、保育の本質に関わることです。映画『コウノトリの歌』が語る「戦争の傷を内に抱えながら生きる人間の姿」は、そのまま「何かを内に抱えながら日々の保育室を生きる子どもたちの姿」と重なります。

外国にルーツを持つ子どもの就学前教育・保育の近年の動向については、以下が参考資料になります。

外国にルーツを持つ子どもの就学前教育・保育に関する近年の動向(近畿大学学術リポジトリ)

https://kindai.repo.nii.ac.jp/record/2002582/files/AN10297606-20241200-0009.pdf

ベトナム人の保育参加や多文化共生に向けた保育実践は、すでに多くの園が取り組み始めています。映画『コウノトリの歌』を保育士自身が鑑賞することで、ベトナムという国の「感情の歴史」に触れることができます。それは保育現場に直接持ち帰れる、無形の学びです。保育士が自分の視野を広げることが、目の前の子どもへの最大の贈り物になります。


コウノトリの歌 エキゾチックな鳥 趣味 歌手 スマホケース iPhone 14 Pro Max 用