荒城の月 歌詞 意味|保育士が知るべき背景と子どもへの伝え方

荒城の月 歌詞 意味

「花の宴」の「え」は全音下げで歌うと減点対象になる音楽指導法もあります。

この記事の3つのポイント
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歌詞が表す栄枯盛衰

作詞者土井晩翠が仙台城と鶴ヶ城をモデルに「無常」の概念を表現した歌詞の深い意味

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音楽的な特徴と注意点

滝廉太郎作曲と山田耕筰編曲の違い、正しい歌唱法について

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保育現場での活用法

年齢に応じた歌詞の伝え方と日本文化教育への活かし方

荒城の月 歌詞の全体像と制作背景

 

「荒城の月」は1901年(明治34年)に発表された日本の唱歌で、作詞は土井晩翠、作曲は滝廉太郎によるものです。この楽曲は東京音楽学校が中学校唱歌を編纂するための懸賞募集で生まれました。heartful-rhythm+1

土井晩翠が詩を書く際にイメージしたのは2つの古城でした。1つは故郷仙台の青葉城(仙台城)、もう1つは会津若松の鶴ヶ城です。特に鶴ヶ城は、戊辰戦争において会津藩が最後まで新政府軍に抵抗した舞台として、悲劇的な歴史を秘めた場所でした。

参考)■土井晩翠の生涯 —荒城の月に込められた魂—|平川綾真智

明治生まれの晩翠が修学旅行で鶴ヶ城跡を訪れた際に荒れ果てた姿を目にして、故郷の青葉城と重ね合わせ、そのイメージをもとに詩を書いたのです。つまり荒城の月は実在する城をベースにした具体的な情景なのですね。

参考)土井晩翠「荒城の月」がつなぐ仙台青葉城と会津鶴ヶ城  – ふ…

仙台の青葉城と会津の鶴ヶ城には今も「荒城の月」の歌碑があり、毎日決まった時刻にこの寂しげなメロディを城跡に響かせています。2つの城は伊達政宗が一時期会津藩主であったこと、幕末の奥羽列藩同盟で共に佐幕派として戦ったことなど、歴史的なつながりも深い場所です。

荒城の月 各番の歌詞の意味と解釈

歌詞は全4番で構成され、それぞれに明確なテーマがあります。1番は「昔の飲めや歌えの平和な栄華はどこに行ってしまったのだろうか」、2番は「昔の勢力はどこに行ってしまったのだろうか」という問いかけです。

参考)https://kojyo.rnakada.com/matome.html

3番では「過去の栄華や勢力の跡かたはなく、ただ月だけが今も変わらず輝いている」、4番で「人の世の栄枯は移り変わるものだと知らせるためか、荒れ城に今も月が輝いている」と結論づけます。

1番の「春高楼の花の宴 巡る盃影さして」は、春の城内で花見の宴会をして、回し飲みをしている盃に月の影が写り込んでいる情景を表しています。「千代の松が枝分け出でし 昔の光今いずこ」は、大木の松の枝をぬって差し込んできている月の光を浴びながらの大宴会が、今はその影もみじんも残っていないことを嘆いています。kojyo.rnakada+1

2番の「秋陣営の霜の色 鳴きゆく雁の数見せて」は、秋の戦の陣営で霜が降り、雁が鳴いて飛んでいく様子を描写しています。「植うる剣に照り沿いし 昔の光今いずこ」は、立てかけた剣に月光が照り映えていた戦の記憶を思い起こさせます。

参考)【徹底解説!】「荒城の月」の歌詞の意味・モデルの城はどこ?背…

3番の「今荒城の夜半の月 変わらぬ光誰がためぞ」は、今や荒れ果てた城跡に出た夜半の月の光は誰のためのものなのかという問いかけです。「垣に残るはただかずら 松にうたうはただ嵐」は、石垣に残っているのは葛のつたばかり、松の枝を鳴らすのは風の音ばかりという寂しさを表現しています。栄華の時代には楽しい宴会の歌を聴いていたはずの松の木が、今は嵐のような風の音だけを聴いている対比が印象的ですね。utaten+1

4番の「天上影は変わらねど 栄枯は移る世の姿」は、自然のなすことは今も昔も変わらないのだが、栄え滅びを繰り返すのがこの世の姿であるという深い洞察です。「映さんとてか今も尚 ああ荒城の夜半の月」は、栄えていたあの頃を照らし出してほしいのだが、月が照らしている現実は荒れ果てた城だという切なさを表現しています。

参考)歌曲「荒城の月」歌詞の意味と半音違いの謎

荒城の月に込められた仏教思想と無常観

歌詞の核心は4番の「栄枯は移る」というフレーズに凝縮されています。これは仏教でいう「無常」を意味しており、土井晩翠は深い仏教思想をこの歌詞に込めています。kojyo.xrea+1

「栄枯は移る世の姿」という歌詞は「諸行無常」を表しているものと解釈されています。仏教における「無常」とは、この世のものは全て永遠に続く存在ではないということを示す概念です。kojyo.xrea+1

般若心経の「色即是空」の教えにも通じます。今ここにあることは事実であるが、永久に変わらないものだと思ったらそれは間違いだ、必ず変化していくという認識です。

参考)301 Moved Permanently

平家物語にも同様の思想が表現されています。ゴーンとなる鐘の音もやがて無くなるように、盛んな勢力を誇っている人もやがては必ず衰えるものだという世界観です。

参考)301 Moved Permanently

土井晩翠は若い頃仏教を敬遠していましたが、後には仏教の信仰を深め、作品の中に仏教思想を取り入れるようになりました。土井家の菩提寺は仙台の大林寺で、檀徒総代も務めていました。

このような背景から、荒城の月が人の心に感動を与えるのは、この深い仏教の心「無常」を見ることができるからではないでしょうか。執着すれば苦が生じるから執着するべきではないという仏教の教えを、歌詞は言外にほのめかしているのです。kojyo.xrea+1

荒城の月の音楽的特徴と山田耕筰編曲版

「荒城の月」は日本で作曲された初めての西洋音楽の歌曲とされ、日本の音楽史において重要な位置を占めています。七五調の歌詞と西洋音楽のメロディが融合した名曲です。

この曲には滝廉太郎の原曲と山田耕筰の編曲版の2種類が存在します。山田耕筰は滝廉太郎作曲の荒城の月を移調していますが、一番大きな変更点は「花の宴」の「え」の音です。kojyo.xrea+1

原曲では「え」の音が半音下がるものと全音下がるものがありますが、山田耕筰の編曲では全音下がります。これは音楽指導の現場でしばしば混乱を招く点なので注意が必要ですね。

実際の演奏では、使用する楽譜が山田耕筰編曲のものであれば全音下げで歌うのが正しいということです。保育現場で歌唱指導をする際には、使用する楽譜の編曲者を確認し、正しい音程で指導することが大切です。

もう一つの変更点は全8小節の繰り返し部分の扱いです。山田耕筰編曲版は一般向けに変曲されたもので、より歌いやすく親しみやすい形になっています。

参考)301 Moved Permanently

発声に関しては、姿勢、ブレス、口の開け方などの基本的な指導が重要です。特に「ラ」や「ロ」の母音で旋律を歌いながら発声練習をすると効果的とされています。

参考)https://www2.center.ibk.ed.jp/contents/jouhou/shidouan/h21/pdf/10s_tyoken/20kawasima.pdf

保育現場での荒城の月の活用と子どもへの伝え方

保育現場で「荒城の月」を扱う際には、年齢に応じた工夫が必要です。歌詞が難解であるため、子どもの発達段階に合わせた解説が求められます。

幼児期には歌詞の意味を詳しく説明するよりも、美しいメロディを楽しむことから始めるのが効果的です。「昔のお城のお話」「春にはお花見をしていたけど、今は誰もいなくなっちゃった」といった簡単な説明で十分でしょう。

小学生以上であれば、日本の歴史や文化に触れる良い機会になります。城の写真や絵を見せながら、栄えていた時代と荒れ果てた後の対比を視覚的に示すと理解が深まります。仙台城や鶴ヶ城の実際の写真を使うのも良いですね。

歌詞の中の古語や難しい表現については、現代語に置き換えて説明します。「高楼」は「高い建物」、「盃」は「お酒を飲むコップ」、「陣営」は「兵隊さんのいる場所」といった具合です。

季節感を大切にする日本の文化を伝える教材としても優れています。1番は春、2番は秋と四季の情景が描かれているため、季節の行事や自然観察と結びつけた指導ができます。

「月」という自然現象が時代を超えて変わらないという視点は、子どもたちに時間の流れや歴史への興味を持たせる入口になります。「みんなが見ている月は、昔の人も見ていた同じ月なんだよ」という語りかけは効果的です。

日本舞踊での表現も保育活動に取り入れることができます。身体表現を通して歌詞の世界観を体験することで、より深い理解につながるでしょう。

保育士自身が歌詞の意味や背景を深く理解していることで、子どもたちへの説得力が増します。土井晩翠と滝廉太郎という作者についても簡単に紹介できると良いですね。

また、この曲を通じて「物事は変わっていく」という普遍的なテーマを伝えることもできます。ただし、仏教の無常観をそのまま伝えるのではなく、「昔と今は違う」「変化していくことは自然なこと」という程度の理解で十分です。

参考資料として、歌詞の意味が詳しく解説されているサイトを確認しておくと指導の幅が広がります。

童謡「荒城の月」歌詞の意味を考察する記事では、各番の歌詞の詳細な解釈が掲載されています。

荒城の月を通じた日本文化教育の可能性

「荒城の月」は単なる童謡ではなく、日本の美的感覚や歴史観を学ぶ重要な文化教材です。この曲を通じて、子どもたちに伝えられる日本文化の要素は多岐にわたります。

「もののあはれ」という日本独特の美意識がこの曲には表現されています。栄華が去った後の寂しさや、変わりゆくものへの哀惜の念は、日本人の感性の根幹をなすものです。これは感受性が育つ幼児期に触れさせたい情操教育の素材と言えますね。

歴史への関心を育てる入口としても優れています。戊辰戦争や会津藩の歴史、伊達政宗といった具体的な歴史的事実に触れることで、日本史への興味が芽生えるきっかけになります。保育士が基本的な歴史背景を知っていれば、子どもの「なぜ?」に答えられます。

言葉の美しさを味わう機会にもなります。「高楼」「陣営」「栄枯」といった漢語や、「いずこ」「かずら」といった古語に触れることで、日本語の豊かさを体験できます。現代では使わない言葉だからこそ、特別な響きとして印象に残るのです。

月を題材にした日本の芸術作品は数多くあります。俳句や短歌、絵画など、他の作品と比較しながら「日本人と月」というテーマで学習を深めることも可能です。「十五夜」や「お月見」といった行事とも関連づけられますね。

音楽面では、日本の伝統的な歌唱法と西洋音楽の融合という点が特徴的です。七五調の歌詞にメロディを乗せる手法は、その後の日本の唱歌に大きな影響を与えました。音楽史の観点からも重要な作品ということですね。

地域との結びつきも学習のポイントです。仙台や会津若松では今も「荒城の月」が地域文化の一部として大切にされています。自分の住む地域に似たような歌や伝承がないか探してみるのも面白い活動になります。

世代を超えて歌い継がれてきた理由を考えることも教育的価値があります。なぜこの曲は100年以上も愛され続けているのか。その答えは、普遍的な人間の感情や美意識に触れているからでしょう。

保育現場では、発表会や音楽会で「荒城の月」を取り上げる際、保護者向けにプログラムで歌詞の意味や背景を簡潔に説明するのも効果的です。大人も改めて学ぶ機会になり、家庭での会話につながります。

「荒城の月」の歌詞の意味と音楽的な謎を解説したサイトには、保育士が知っておくべき詳細な情報がまとめられています。

文化庁が選定した「日本の歌百選」にも含まれており、国が後世に残すべきと認めた楽曲です。このような文化的価値を子どもたちに伝えることも、保育士の重要な役割と言えるでしょう。


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