情操教育と保育と音楽
情操教育の保育で音楽のねらいを表現につなぐ視点
保育で「情操教育」と音楽を結び付けるとき、いちばん大切なのは“何をさせるか”より、“何が育っていく活動にするか”です。保育所保育指針では、保育の目標の一つとして「様々な体験を通して、豊かな感性や表現力を育み、創造性の芽生えを培うこと」が示されています。つまり、音楽活動は「表現」領域の中心であり、情緒や感性の育ちと直結する活動として位置付けられます。参考:厚生労働省の「保育所保育指針」本文(総則・保育の目標/領域「表現」)は、園内研修資料としてもそのまま使えます。
保育所保育指針(平成29年告示・平成30年施行)本文(PDF)。
https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/000800750.pdf
では、音楽を“情操教育の道具”として扱うときの、ねらいの立て方はどうすればよいでしょうか。現場で起きがちなのは、
・「季節の歌を覚える」=ねらいになってしまう
・「合奏を完成させる」=ゴールになってしまう
という“成果物”中心の設計です。もちろん曲を覚えること自体が悪いわけではありませんが、それだけだと「上手な子が得をする時間」になりやすく、情緒の安定や共感、自己肯定感の育ちに接続しにくくなります。
情操教育として音楽を活かすねらいは、次のように言い換えると現場でブレにくくなります。
・音の強弱や速さの変化を「感じる」
・感じたことを「動き・声・表情」で表す
・友達の表現を見て「気付く」「面白がる」
・同じ曲でも「違いがあっていい」ことを経験する
この流れは、保育所保育指針の「表現」領域にある、音楽・リズムを楽しむこと、感じたことや考えたことを自分なりに表現しようとすること、といった方向性とも一致します。
さらに、意外と見落とされがちなポイントが「養護」との接続です。音楽は“心を落ち着ける”“気持ちを切り替える”など、生活のリズムや情緒の安定にも働きます。例えば、
・登園直後:安心できる繰り返しの歌(ルーティン化)
・片付け前:短い合図のメロディ(予告で切替)
・午睡前:ゆったりしたテンポの歌や環境音
のように、生活の見通しを助ける音のデザインができます。これは、歌やリズムが「活動」ではなく「生活」そのものに溶け込む設計で、情操教育の土台(安心感・信頼感)を厚くします。
ここで、保育者が持っておきたい“判断軸”を箇条書きで整理します。
・その音楽活動は、子どもが主体的に「選べる」瞬間があるか
・正解の一つに集めるより、違いが出る余白があるか
・声が出ない子、動きたくない子にも参加の入口があるか
・保育者が“見せる・教える”より“受け止める・拾う”比重になっているか
この軸で設計できると、検索上位のよくある「リトミックの効果」紹介に留まらず、園の日課に落とし込める記事になります。
情操教育の保育で音楽活動(歌・リズム・楽器)の具体例
このセクションでは、明日の保育で実際に使える“音楽活動の型”を、歌・リズム・楽器の3つの入口から提案します。どれも、ねらいを「表現」「感性」「人間関係」に接続することを前提にしています。
まず歌。歌は最も手軽ですが、“歌わせる時間”にしてしまうと情操教育から離れます。おすすめは「歌を材料にしたやり取り」です。
・同じ歌を「速い」「遅い」「小さい声」「大きい声」で遊ぶ
・歌詞を少し変えて、子どもにアイデアを出してもらう
・サビだけをハミングで歌って、気分を言葉にしてもらう(例:ふわふわ/ドキドキ)
こうすると、歌が“覚える対象”から“気持ちを扱う対象”に変わります。
次にリズム。リズム遊びは集中力と自己調整の練習にもなりますが、重要なのは「正確さ」ではなく「反応の経験」です。
・ストップ&ゴー(止まる/動く)
・強弱の合図(強い音=大きく、弱い音=小さく)
・2拍子/3拍子を“歩き方”で変える(歩く・スキップ等)
ここでのコツは、最初から拍を教え込まないことです。先に体験で“違う感じ”を味わい、後から言葉を与えると、情操(感じる)→表現(動く)→言語化(気付く)の順になります。
そして楽器。楽器は「演奏技術」より「音色の違いに心が動く体験」を設計します。園で一般的なタンバリン・鈴・カスタネットでも十分です。
・同じリズムでも“楽器を変えると気分が変わる”を味わう
・子どもが「この場面はこの音」と選ぶ(例:雨=シェイカー)
・交代で“音の風景”を作り、聴く時間を必ず入れる
ここで“聴く時間”を入れるのがポイントで、情操教育の核は「心が動く経験を共有すること」にあります。合奏は、揃えることより、互いの音を聴き合うこと自体が価値になります。
活動例を、導入〜展開〜終わりの一連で示します(所要10〜15分)。
【導入】「今日の気分の音」
・保育者が3種類の音(鈴/太鼓/シェイカー)を鳴らす
・子どもが「いまの気分に近い音」を指差しで選ぶ(言葉が出なくてOK)
【展開】「音でお話」
・短い音列(トントン/シャラシャラ等)を提示
・子どもに「これは何の場面?」とイメージを聞く
【終わり】「友達の音を褒める」
・“上手”ではなく「〇〇の音、雨みたいだった」など具体的に返す
この流れは、子どもの表現を受容する関わりになり、自己肯定感を支えやすいです。
また、検索上位記事では“効果”が強調されがちですが、園内で安全に続けるための現実的な注意点も押さえます。
・音量を上げすぎない(聴覚過敏の子がいる可能性)
・楽器を奪い合わない導線(“1人1個”に固執せず、役割で回す)
・「やらない」選択肢(聴くだけ席)を常設する
この3点だけで、音楽活動が“みんなで楽しむ時間”に戻り、情操教育として積み上がります。
情操教育の保育で音楽を発達段階(乳児・幼児)に合わせる方法
同じ「音楽」でも、乳児と幼児ではねらいの置き方が変わります。保育所保育指針では、乳児保育で「歌やリズムに合わせて手足や体を動かして楽しむ」といった内容が示され、1〜3歳、3歳以上では「表現」領域として音楽に親しみ歌う、簡単なリズム楽器を使う、といった内容がより整理されています。つまり、発達段階に合わせた“援助の質”を変えることが、情操教育の密度を上げる近道です。
乳児(0〜1歳前後)は、音楽を「教える」より「応答する」ことが中心です。ポイントは、子どもの小さな反応を“見逃さず返す”こと。
・目線が動いた:同じ音をもう一度(予測できる安心)
・手が動いた:その動きをリズムにして言葉を添える
・声が出た:歌に取り込む(喃語をメロディに乗せる)
乳児にとって情操教育は、感動や楽しさそのものと同時に「受け止めてもらえた」という情緒の安定と結びつきます。
1〜2歳は「まねる→自分でやる」が増える時期です。ここでは“成功させる”より“試行錯誤できる”設計が大切です。
・楽器は2種類から選ぶ(選択の経験)
・同じフレーズを繰り返す(予測→安心→挑戦)
・保育者が先にやりすぎない(子どもが入る隙を残す)
この時期に「できないからやめる」にならないよう、参加のハードルを下げます。
3〜5歳は、イメージが膨らみ、集団での協同が育つ時期です。情操教育としては「共感」「協力」「葛藤の調整」まで音楽で扱えます。
・“主役の楽器”と“支える音”を分け、役割で合奏する
・物語に合わせて音をつける(効果音づくり)
・友達の表現を見て「いいね」を言語化する時間を入れる
ここで重要なのは、完成度より“過程の共有”です。揃えることが目的になると、失敗や緊張が増え、情緒の安定と逆方向に働くことがあります。
また、少し意外ですが、音楽は「言葉」の育ちにも間接的に関係するとされます。音楽と言語に共通するリズムがあり、歌を通して語彙が増えるなどの説明も一般向けに整理されています。園では、英語の歌・わらべうた・手遊びなどを“ことば遊び”として位置付けると、音楽(表現)と言葉(伝え合い)が自然につながります。
音楽が子どもに与える影響(脳・言語・コミュニケーション等の観点の整理)。

発達段階のまとめを、現場向けに表にします(掲示資料にも転用可)。
| 年齢の目安 | 音楽のねらい(情操教育) | 活動の型 | 保育者の援助 |
|---|---|---|---|
| 乳児 | 安心感/心地よさ/応答の喜び | 歌いかけ、揺れ、短い繰り返し | 反応を拾って返す、音量を控える |
| 1〜2歳 | 試す/選ぶ/自分で表す芽生え | まねっこリズム、選べる楽器 | 成功させない、やり直しOKにする |
| 3歳以上 | 共感/協同/表現の幅の拡大 | 役割合奏、物語×効果音 | 過程を言葉にする、友達の表現を尊重 |
情操教育の保育で音楽の環境構成(音・空間・人)のコツ
音楽活動は、指導案より「環境」で半分決まります。保育所保育指針でも、保育の環境は人的環境・物的環境・自然や社会の事象などが相互に関連し、子どもの生活が豊かになるように計画的に構成することが示されています。音楽も同じで、曲や教材の選び方だけでなく、空間・音量・保育者の立ち位置を整えると、情操教育の質が上がります。
まず“音”の環境。ここは意外と盲点で、園のBGMが大きすぎたり、電子音が多すぎたりすると、子どもは音の情報で疲れます。情操教育としての音楽は、刺激の強さより、音を味わう余白が重要です。実務的には、次の工夫が効きます。
・同じ曲を「生の声」「ピアノ」「音源」で使い分ける
・音源は短く、目的を決めて流す(流しっぱなしにしない)
・“静けさ”も活動として扱う(音を止めて聴く)
次に“空間”。音楽活動をやる場所は、広さよりも見通しと安全が重要です。
・輪になれる配置(互いの表情が見える)
・楽器置き場を固定(探す時間を減らし、落ち着きを作る)
・「聴くだけ席」を端に用意(離脱=失敗にしない)
この3点があるだけで、“参加できない子”を減らすより、“参加の形が増える”環境になります。
最後に“人”。情操教育としての音楽で、保育者が担う役割は「指揮者」より「翻訳者」です。子どもの曖昧な表現を、価値あるものとして言葉にし、クラスに返します。例えば、
・「その音、こわい感じがしたんだね」
・「〇〇ちゃんの手の動き、風みたい」
・「今は静かにしたい気持ちもあるね」
という返しを重ねると、音楽活動が“技術の時間”ではなく“気持ちの時間”になります。
あまり知られていない工夫として、「楽器の数を増やす」より「音の役割を増やす」方が、クラス運営が安定することがあります。例えば、同じ鈴でも、
・合図の鈴(始まり・終わり)
・背景の鈴(小さく鳴らし続ける)
・主役の鈴(ここだけ大きく)
と役割を作ると、取り合いが減り、協同が生まれます。情操教育は、こうした“関係のデザイン”でも育ちます。
情操教育の保育で音楽を評価・記録する(独自視点:情緒の変化ログ)
検索上位では「効果」や「活動例」は多い一方で、保育士が本当に困りやすいのが「評価と記録」です。音楽のねらいが情操教育(感性・情緒・共感)にあるほど、テストのように測れません。だからこそ、上手・下手や参加・不参加で判断せず、“情緒の変化のログ”として記録する視点が役に立ちます。
保育所保育指針でも、自己評価にあたって「子どもの活動内容やその結果だけでなく、子どもの心の育ちや意欲、取り組む過程などにも十分配慮」することが示されています。音楽活動はこの方針と相性がよく、過程の記録がそのまま保育の質につながります。
具体的には、次の4つを“短い言葉”でメモすると、クラスの見取りが急にクリアになります。
・情緒:落ち着く/高揚する/緊張する/安心する
・関係:見ている/まねる/誘う/譲る/一緒にする
・表現:声/動き/表情/道具(楽器)
・調整:止まれる/待てる/切り替えられる
例えば、同じ「タンバリンを鳴らした」でも、
・“音を出して笑った”=快の情緒
・“大きな音を避けて端で聴いた”=自分の感覚を守る調整
・“友達に貸してと言えた”=関係の発達
と意味が変わります。
記録の文例(連絡帳や週案メモに落とせる形)も置いておきます。
・「曲が止まると同時に動きを止め、こちらを見てニコッとした(止まる→共有)」
・「楽器は持たずに聴く席を選び、最後に“雨みたい”と一言(聴く→言葉)」
・「友達の音に合わせて小さく鳴らし、終わりの合図で自分から片付けた(協同→切替)」
さらに独自視点として、月に一度だけ「情緒の変化ログ」をまとめると、上司チェックにも強い文章になります。やり方は簡単で、
・今月、音楽で落ち着いた場面は?
・今月、音楽で“言えた”言葉は?
・今月、友達と“そろえた”より“譲れた”場面は?
を3行で書くだけです。これを続けると、音楽活動が行事前の練習に偏ったときにも、情操教育の軸に戻せます。意味のない文字数増やしではなく、現場の運用に直結する“評価の型”として機能します。


