保育の質6つの側面と保育士が現場で実践できる質向上のポイント
同じ認可保育所でも、クラスが違うだけで子どもへの保育の質は大きく変わります。
保育の質6つの側面はOECDが2006年に整理した国際的フレームワーク
「保育の質」という言葉は現場でよく耳にしますが、その定義は実は一筋縄ではいきません。保育の質はその国の政治・経済・社会・文化を反映した多元的な概念であり、一言で定義することが難しいとされています。
そこでOECD(経済協力開発機構)が2006年に示したのが、保育の質を6つの側面に整理したフレームワークです。これは日本を含む世界各国の保育政策に影響を与えており、国内の研究者(淀川・秋田、2016;野澤ほか、2017)によっても日本の保育実践に合わせて発展的に参照されています。
6つの側面は、大きく「国・自治体レベルの質」「施設レベルの質」「子どもの成果」という3つの層に分けて理解することができます。まず国・自治体レベルには、①志向性の質(法律・規制・政策など政府が示す方向性)と②教育の概念と実践(保育所保育指針などナショナル・カリキュラムが示す教育理念)の2つがあります。施設レベルには、③構造の質(物的・人的環境)、④実施運営の質(組織の運営体制)、⑤プロセスの質(日々の保育実践における相互作用)の3つが含まれます。そして最終的な成果として⑥子どもの成果の質があります。つまり6層の構造です。
これが基本です。
保育士として特に押さえておきたいのは、この6つが独立した別々のものではなく、互いに連鎖・影響し合う構造になっているという点です。たとえば、志向性の質(①)と教育の概念(②)は、施設での構造の質(③)や実施運営の質(④)の土台となり、それらがプロセスの質(⑤)を左右し、最終的に子どもの発達という成果(⑥)に到達する、という流れです。
つまり、現場の保育士が日々行っている「保育実践」はプロセスの質に当たりますが、それは一人の保育士の努力だけで決まるわけではなく、施設環境・配置基準・職場の組織体制・国や園の方針といった上位レベルの質に支えられているということです。
参考:OECDおよび静岡大学による保育の質の整理(若松泰之, 2024)についての論文は以下をご参照ください。
保育の質のうち構造の質が変わると保育士の負担と子どもへの関わりが変化する
構造の質とは、目に見える「ハード面の質」です。施設の床面積や園庭の有無、遊具・教材の充実度といった物的環境と、保育士1人が何人の子どもを担当するか(配置基準)、クラスの人数(クラス規模)、職員の労働条件、給与水準、資格要件といった人的環境の2種類から構成されます。
中でも配置基準は「構造の質」の中核です。日本では2024年度、制度創設以来76年ぶりに4・5歳児の配置基準が改善され、保育士1人が担当する子どもの数が「30人→25人」へと引き下げられました。3歳児も「20人→15人」に改善されています。
これは小さな数字の変化ではありません。たとえば25人学級と30人学級で想像してみてください。保育士が一人ひとりの子どもに声をかけられる回数が、単純計算で約20%増えることになります。海外の研究(Heckman et al., 2010ほか)でも、保育士1人が見守る子どもの数が少ないほど、保育者と子どもの相互作用の質=プロセスの質が高まることが示されています。
いいことですね。
一方で、配置基準さえ満たせば質が担保されるという考え方も一面的です。内閣府経済社会総合研究所(藤澤ほか、2022)の研究では、同じ認可保育所であっても施設間でプロセスの質のスコアにばらつきがあり、さらに「同じ施設内でもクラスによって質に差がある」という結果が示されました。つまり、配置基準という構造の質だけでは測れない部分が多くあります。
施設の遊具・教材に関しては、保育環境評価スケール(ECERS)を使った日本の調査で「活動」サブスケールのスコアが他の項目より低い傾向が示されています。これは遊具・教材の質・量・環境設定が国際基準を下回っている可能性を示すもので、保育所全体・自治体レベルでの取り組みが求められる課題でもあります。
参考:配置基準の最新情報と保育の質への影響については以下が参考になります。
量から質へ、保育政策の転換(第一生命経済研究所, 2025)
保育の質の核心・プロセスの質が子どもの非認知能力に与える直接的な影響
6つの側面の中で、子どもの発達に最も直接的な影響を与えるのがプロセスの質です。プロセスの質とは、保育の場における「相互作用の質」のことを指します。具体的には、保育士と子ども・子ども同士・保育士同士・保育士と保護者、それぞれの関係性と相互作用の豊かさです。
研究者の間では、プロセスの質を測る評価尺度として「ECERS-R(保育環境評価スケール改訂版)」や「SSTEW(持続的・共有的思考と感情的ウェルビーイング)」などが国際的に使われています。これらはいずれも1〜7点のスコアで保育の実践を定量化するツールです。
内閣府の研究(藤澤ほか、2022)では、「プロセスの質が良質であるほど子どもの言語・認知能力の発達にポジティブな影響が見られる」とされています。注目すべきは「養護」と「相互関係」のスコアは日本のアメリカとの比較で優位であった一方で、「活動」分野(遊具・教材・環境設定)は相対的に低かったという点です。
非認知能力への影響も見逃せません。非認知能力とは、忍耐力・自己制御力・協調性・やり抜く力といった、テストでは測りにくい能力のことです。ヘックマン(Heckman, 2010)の有名な追跡研究では、質の高い幼児教育を受けた子どもは成人後の就業率が高く、犯罪率も低いという結果が得られており、幼児期のプロセスの質の良否が文字通り「一生に関わる」ことが示されています。
これは使えそうです。
では保育士として日常のプロセスの質を高めるには何が有効でしょうか。SSTEW評価尺度が重視する要素として「子どもの発言を受け止め、広げる応答」「子どもが自立して考えられる問いかけ」「感情的なウェルビーイングへの配慮」があります。特別な教具が不要なこれらの関わり方は、今日から取り入れられる実践です。
「プロセスの質向上」が原則です。
参考:プロセスの質と子どもの発達に関する研究データは以下に詳述されています。
認可保育所における幼児教育・保育の質に関する評価の実施と課題(内閣府経済社会総合研究所, 2022)
保育の質における実施運営の質がプロセスの質と保育士の定着率を左右する
「実施運営の質」は、6つの側面の中でも保育士の働きやすさと最も密接に連動する側面です。これは、現場ニーズへの対応・質の向上・効果的なチーム形成に向けた園全体の組織的取り組みのことを指します。具体的には保育計画の作成体制、現職研修の機会保障、省察(振り返り)の時間確保、そしてリーダーシップのあり方が含まれます。
リーダーシップには2種類あります。一つは「教育のリーダーシップ」で、施設長や経験豊富な保育士が専門的なアドバイスを通じて園全体のスキルを引き上げる役割です。もう一つが「分散型リーダーシップ」で、役職にかかわらずすべての職員が適切な専門知識を持ち、互いに補完し合いながら主体的に動く運営の形です。どちらが優れているというよりも、その園の規模や文化に合った形を意識的に選択することが大切です。
厳しいところですね。
厚生労働省の研究班による2017年の調査では、保育所の57.6%がメンタルヘルスに関するサポート体制を整えていない実態が明らかになっています。また、保育士全体の離職率は約9.3%ですが、経験2年未満の若手保育士に限ると15.5%にも上ります(厚生労働省)。これは5年以内の離職率が42.2%という数字にもつながっています。
この高い早期離職は、保育の質に直結した問題です。経験を積んだ保育士が離職すれば、プロセスの質の担い手が減り、園全体の保育の質は下がります。つまり、「実施運営の質」を高めることは保育士を守ることであり、同時に子どもの保育の質を守ることでもあります。
では職場環境の改善から何に手をつければよいか。省察の仕組みを整えること、つまり「今日の保育を振り返って記録し、チームで話し合う時間」を確保することが第一歩です。内閣府の研究では、特別な介入をせずにスコアフィードバック(観察結果の共有)だけで3年間でECERSのスコアが向上したことが示されており、「現場の保育士たちが自律的に質を向上させる力がある」ことが実証されています。
実施運営の改善が条件です。
参考:保育士の職場環境と離職に関する詳細データはこちら。
離職率を下げるカギはここに!保育士のメンタルヘルス研修の必要性(2024)
保育の質向上で見落とされがちな「志向性の質」と「アウトカムの質」の活用法
6つの側面のうち、現場の保育士から見ると「自分には関係ない」と感じやすいのが志向性の質と子どもの成果(アウトカム)の質です。しかしこの2つへの理解を深めることで、保育実践が大きく変わることがあります。
志向性の質とは、国や自治体が法律・政策・規制を通じて示す保育の方向性のことです。日本では児童福祉法がその法的基盤であり、保育所保育指針が実践指針として機能します。2018年に改定された保育所保育指針では、保育所の新たな役割として「在園しているかどうかにかかわらず、子育てに不安を抱えるすべての家庭の相談に乗り、助言や行動見本を示す」ことが新たに明記されました。
これは保育士の役割が「預かる→支える」へと広がったことを意味しています。この変化を「知っているか、知らないか」で、保護者対応の姿勢や保育の組み立て方に差が生まれます。
アウトカム(成果)の質については、子どもの認知能力・非認知能力・ウェルビーイングの状態がどうあるかを指します。「そんなのすぐに測れない」と感じるかもしれませんが、日々の観察記録・保育ドキュメンテーション・子どもの行動の変化への気づきが、アウトカムの質を把握するための実践的な手段です。
重要なのは、アウトカムの質を意識することで「あの子が最近自分から友達に声をかけられるようになった」という気づきが保育の質向上のフィードバックになるという点です。保育士の観察眼が、実は6つの側面を循環させるエンジンになります。
2024年度から始まった配置基準改善とあわせ、「志向性の質」として国が保育の方向性を明確に変えている今こそ、この2つの側面を意識した実践を取り入れるタイミングです。保育所保育指針の最新版を手元に置き、年に一度見直す習慣をつけることが具体的な第一歩です。
参考:保育所保育指針解説(こども家庭庁)の全文は以下から確認できます。
保育の質6つの側面を理解した保育士が実践で差をつける独自の視点
ここまで6つの側面を整理してきました。最後に、現場の保育士として「自分ごと」として捉えるための独自の視点を紹介します。
「保育の質は一人では決まらない、でも一人が変えられる」というのが最も伝えたいメッセージです。志向性の質や構造の質は、個々の保育士がすぐに変えられるものではありません。しかし、プロセスの質は毎日の積み重ねの中で、各保育士の関わり方で確実に変わります。
具体的には、次の3つを意識することが効果的です。
まず「応答的な関わり」です。子どもの言葉・表情・行動に対して、即座に温かく応える(受け止める)ことがプロセスの質の基本です。「そうなんだね」「もっと教えて」という短い言葉でも、子どもの安心感と探求心を育てます。
次に「省察の記録」です。今日の保育で「うまくいった場面」「気になった場面」を短くメモする習慣を持つことが、自分の実践を客観視するきっかけになります。保育ドキュメンテーション(写真・メモ・エピソード記録)として蓄積すれば、チームで共有できる実施運営の質向上にもつながります。
そして「保護者との共有」です。これは志向性の質が求める保育士の新たな役割でもあります。保護者に子どもの一日のエピソードをひとつ伝えるだけでも、家庭との連携が深まり、保育の質の循環が生まれます。
保育の質6つの側面を「評価される項目」として外側から眺めるのではなく、「自分の保育を見つめ直す地図」として内側から活用することが、これからの保育士に求められる専門性です。今日から使えます。
参考:こども家庭庁による令和6年度保育の質に関する調査研究事業の報告書も参考になります。
令和6年度子ども・子育て支援調査研究事業 保育の質に関する調査研究(こども家庭庁, 2025)

無認可保育園 歌舞伎町 ひよこ組
