ブリテン作曲家の生涯と保育に活かせる音楽の魅力

ブリテン作曲家の生涯と保育に活かせる音楽の魅力

ブリテンが作った子ども向け音楽を保育に使うと、著作権料が発生する場合があります。

ブリテン作曲家:保育士が知っておくべき3つのポイント
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20世紀イギリスを代表する作曲家

ベンジャミン・ブリテン(1913〜1976)は、子ども向け作品を多数書いたイギリスの作曲家。「青少年のための管弦楽入門」は今も保育・音楽教育で活用されています。

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5歳で作曲を始めた天才

わずか5歳で歌曲を作曲し、9歳で弦楽四重奏を完成。その早熟な才能は保育における「幼少期の音楽体験の重要性」を証明しています。

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日本の能から着想した作品も

1956年に来日し、能楽「隅田川」に感銘を受けて「カーリュー・リヴァー」を作曲。異文化の音楽体験が創作を深めた好例です。

ブリテン作曲家とはどんな人物か:生涯と経歴の基本

 

ベンジャミン・ブリテンは、1913年11月22日にイングランドのサフォーク州ローストフトで生まれた現代音楽の作曲家・指揮者・ピアニストです。 父は歯科医、母はアマチュアのソプラノ歌手という家庭に育ち、音楽的環境が幼少期から整っていました。wikipedia+1

2歳でピアノに興味を持ち、5歳で歌曲、7歳でピアノ曲を作曲、そして9歳で最初の弦楽四重奏曲を完成させるという驚異的な早熟さを見せました。 これは「子どもが2〜3歳から音楽に親しむことが将来の才能に直結する」という具体的な実例として、保育現場でも示唆に富む事実です。

参考)https://babyschool-sio.localinfo.jp/posts/55970571/

1930年にはロンドンの王立音楽大学(RCM)へ奨学金を得て入学。 大学在学中にもすでに多くの作品を生み出しており、その才能は早くから周囲に認められていました。卒業後はイギリス郵政局映画部に入社し、ドキュメンタリー映画の伴奏音楽を手がけるという異色のキャリアを歩んでいます。

参考)ベンジャミン・ブリテン – Wikipedia

1976年12月4日、うっ血性心不全のためオールドバラの自宅にて63歳で亡くなりました。 その功績を称え、亡くなった年には終身上院議員に叙せられ、音楽家として初めて「ロード」の称号を授与されています。つまり、イギリス音楽史上きわめて特別な存在です。

ブリテン作曲家の代表作:青少年のための管弦楽入門と子ども向け音楽

ブリテンの作品のなかで保育・音楽教育に最も関係が深いのが、1946年に作曲された「青少年のための管弦楽入門(The Young Person’s Guide to the Orchestra)」です。 バロック期の作曲家ヘンリー・パーセルの劇音楽『アブデラザール』からの主題を引用しており、管弦楽のさまざまな楽器を順番に紹介する構成になっています。pacem.fc2+1

この曲は「子どもたちを管弦楽の世界へといざなう入門曲として広く愛されてきた」作品で、今日でもコンサートや音楽鑑賞授業に積極的に活用されています。 各楽器のソロが順番に登場するため、子どもが「この音は何の楽器?」と自然に問いかけたくなる構成になっています。これは使えそうです。

参考)‎ベンジャミン・ブリテン – Apple Music

また、「シンプル・シンフォニー(Simple Symphony)」(作品4)も注目作です。 1933〜1934年にかけて書かれたこの作品は、ブリテン自身の幼少期の習作を素材に改作したもので、子どもでも親しみやすい明るく軽快な音楽です。4つの楽章それぞれに「おどけたピチカート」「遊び心のあるピチカート」といった親しみやすい表題がついており、保育の読み聞かせや室内あそびのBGMとしても活用できます。

さらに「キャロルの祭典(A Ceremony of Carols)」(作品28、1942年)は合唱曲で、クリスマスシーズンの保育行事に使われることがある作品です。 ハープ伴奏が印象的で、子どもが歌いやすい旋律を持つ曲が含まれています。ブリテンがいかに子どもや若者を音楽の世界に引き込むことを意識していたか、この3作品からよく伝わってきます。

ブリテン作曲家と日本のつながり:能楽から生まれた作品

ブリテンと日本の関係は、多くの人が想像するよりずっと深いものがあります。驚くことに、日本政府は1939年にブリテンへ皇紀2600年奉祝曲の作曲を正式に委嘱しています。 しかしブリテンが完成させた「シンフォニア・ダ・レクイエム」(作品20)は、キリスト教的な内容が「奉祝」にふさわしくないとして演奏を拒否されるという異例の事態になりました。

その後1956年2月、ブリテンは実際に来日し、NHK交響楽団を指揮して自作を演奏しました。 2週間の滞在中に伝統芸能の能楽「隅田川」を鑑賞し、深い感銘を受けています。この体験が後の1964年に発表された教会上演用の寓話「カーリュー・リヴァー」(作品71)の創作につながりました。pacem.fc2+1

異文化の芸術体験が新しい作品を生む、という実例は保育士にとっても示唆的です。子どもが日本の伝統的な音楽(わらべうた、お囃子など)に触れることが感受性を広げる、という考え方と重なります。保育現場でブリテンの話をする際に、「日本のお能から曲ができたんだよ」と伝えるだけで子どもたちの興味が一気に広がります。これが保育の醍醐味ですね。

NHK for School 音楽:オーケストラや楽器の紹介、ブリテン作品の関連動画など保育・教育向けコンテンツが充実

ブリテン作曲家の音楽が保育現場で選ばれる理由:調性と聴きやすさ

ブリテンは20世紀の作曲家ながら、無調音楽が主流となった時代に「機能和声語法を突き詰めることに成功した」と評価されています。 つまり、現代曲でありながら耳なじみのよい「調性のある音楽」を書き続けた稀有な存在です。

参考)音楽の森 作曲家:ベンジャミン・ブリテン

多くの現代音楽は複雑で難解になりがちです。しかしブリテンの作品は「個性的でありながらも、基本的には調性を持つ親しみやすい音楽性」を持っています。 このことが、子どもや音楽に詳しくない大人にも受け入れられやすい大きな理由になっています。保育現場でのBGMや音楽あそびにも適しています。

また、ブリテンは指揮者・ピアニストとしても高い評価を受けており、イギリス室内管弦楽団を率いて幅広いレパートリーを演奏しました。 自作自演の録音を数多く残している点でも、「楽曲のイメージを忠実に伝える演奏」が聴けます。保育士が曲を選ぶ際の判断基準として、作曲者本人の演奏録音を参照するのも一つの方法です。

音楽の難易度が低いことが大切ですね。難しすぎる音楽は子どもの集中を妨げ、逆効果になることもあります。ブリテンのような「複雑だけど親しみやすい」作品が、保育の場ではちょうどよいバランスを生み出します。

保育士が知らないブリテン作曲家の意外な側面:兵役拒否と創作の関係

ブリテンには、広く知られていないもう一つの顔があります。1939年、第二次世界大戦の勃発によりイギリスが参戦すると、ブリテンは兵役を避けるためパートナーのテノール歌手ピーター・ピアーズとともにアメリカへ渡りました。 約2年半、主にニューヨークに住みながら創作活動を続けています。

帰国後の1942年、ブリテンは「良心的な理由から兵役を拒否する権利」を公的に認められ、サフォーク州のオールドバラで創作に専念しました。 この時期にテノール、ホルンと弦楽のための「セレナード」(1943年)や、パーセル以来のイギリス・オペラの復活と謳われた「ピーター・グライムズ」(1945年初演)が生まれています。

つまり、戦争への抵抗が代表作を生んだということです。戦場に行かずに音楽を書き続けた選択が、後世に残る傑作群につながりました。保育士として子どもの「平和を感じる環境」を整えることの重要性を、ブリテンの生涯から改めて考えることができます。

また、1974年に第1回エルンスト・フォン・ジーメンス音楽賞を受賞しており、これは「音楽界のノーベル賞」とも呼ばれる権威ある賞です。 受賞対象となった「戦争レクイエム」(作品66)は、空襲で破壊されたコヴェントリー大聖堂の再建献堂式のために書かれており、平和への強いメッセージが込められています。

Britten-Pears Foundation(英語):ブリテンとピアーズの資料・音源・楽曲解説を網羅した公式アーカイブ

シューベルト:大作曲家の編曲による歌曲集