文語体の歌を歌うと育つ子どもの語彙力と感性
文語体の歌詞は「難しいから子どもには向かない」と思われがちですが、実は文語体の唱歌を毎日5分歌うだけで、子どもの語彙数が口語体の歌だけを歌った場合と比べて約1.4倍のペースで増加するというデータが保育専門家の研究で示されています。
文語体の歌とは何か:唱歌・童謡・わらべうたの違いを整理
「文語体の歌」と聞いてどんな曲を思い浮かべますか?「仰げば尊し」「春の小川」「故郷(ふるさと)」、これらはすべて文語体で書かれた代表的な唱歌です。
文語体とは、話し言葉(口語体)と区別される書き言葉の文体のことで、現代では日常会話ではほぼ使われない語彙や語法が含まれます。「〜けり」「〜にけり」「〜ぬ」といった助動詞、「われ(私)」「いかに(どのように)」などの代名詞・副詞が典型例です。
保育の場で子どもが触れる「歌」には大きく3つの種類があります。それぞれを整理しておきましょう。
| 種類 | 誕生時期 | 文体の特徴 | 代表曲 |
|---|---|---|---|
| わらべうた(伝承童謡) | 室町~江戸時代 | 口語的・シンプル | かごめかごめ、はないちもんめ |
| 唱歌 | 1872年(明治5年)〜 | 文語体が多い | 春の小川、仰げば尊し、故郷 |
| 童謡 | 1918年(大正7年)〜 | 口語体が多い | 赤い鳥小鳥、シャボン玉、七つの子 |
唱歌は1872年(明治5年)に学校教育用に作られた歌で、道徳教育・情操教育を目的とした文語体の歌詞が多く採用されました。これが保育の場での「文語体の歌」の主な出所です。つまり文語体が基本です。
一方、童謡は1918年(大正7年)に児童雑誌「赤い鳥」から生まれた歌で、鈴木三重吉が「唱歌の歌詞は難解すぎる」と批判したことがきっかけでした。北原白秋・野口雨情・西条八十らが子どもの視点に立った詩を書き、比較的わかりやすい口語体の表現が増えていきました。
この背景を知っておくと、現場でなぜ文語体の歌詞がわかりにくいのかが腑に落ちます。明治政府が大人の道徳教育用に作った言葉を、子どもが歌っているのですから当然です。ただし、だからこそ逆に価値があるのも事実で、次のセクションから詳しく見ていきましょう。
参考:唱歌・童謡・わらべうたの違いと保育士試験での出題傾向について詳しくまとめられています。
文語体の歌が子どもの語彙力と日本語力を育てる理由
「どうせ意味がわからないなら歌っても意味がないのでは?」と思う保育士さんは少なくないでしょう。しかしこれは大きな誤解です。
言語習得の研究では、幼児期の語彙獲得は「意味を完全に理解してから覚える」のではなく、「音・文脈・感情と一緒に体感して覚える」プロセスが主流です。メロディーに乗せて言葉を繰り返すことで、脳の記憶定着率が大幅に上がることも明らかになっています。これが基本です。
唱歌に含まれる文語体の言葉は、子どもが日常の会話では決して出会わない「書き言葉レベルの語彙」です。例えばこんな言葉が唱歌には登場します。
- 🌿 「春の小川」→「さあらさら」「岸のすみれや」「れんげのはな」
- 🌾 「故郷」→「うさぎ追いし」「こぶなつりし」「志(こころざし)をはたして」
- ☔ 「あめふり」→「蛇の目(じゃのめ)」「ゆこゆこ」「柳の根方(ねかた)」
- 🌸 「おぼろ月夜」→「菜の花畠(ばたけ)に」「霞(かすみ)と光り」
こうした言葉に何度もメロディーと一緒に触れた子どもは、小学校以降の国語・読書の場面で「なんとなく知っている言葉」として記憶を引き出しやすくなります。語彙の下地が育つということですね。
一方、口語体の歌だけを歌っている場合、普段の会話レベルの言葉しか歌詞として登場しないため、書き言葉的な語彙との接触機会が著しく少なくなってしまいます。小学校6年生までに形成される語彙力の差が、同学年で約3学年分にまで広がる場合があるという研究もあります。
文語体の歌が「わからないから歌わない」という判断は、語彙力の種まきの機会を失うことに直結します。大切なのは「完全に理解させること」ではなく「繰り返し音として耳に届けること」です。
参考:童謡・唱歌が子どもの日本語学習・言語習得に与える効果について詳しい解説があります。
なぜ学校や園では童謡や唱歌を歌うのか?童謡・唱歌から得られるメリットは?
文語体の歌の歌詞を子どもに伝える3つの具体的な方法
「わかりにくい歌詞をどう教えればいい?」と悩む保育士さんは多いですね。実は、歌詞を完璧に解説しようとしなくても大丈夫です。
研究によると、20年以上の保育経験を持つ保育者の多くが「古い童謡・唱歌を歌わなくなった理由」として「子どもになじみのない言葉が使われているから」と回答しています(文化学園大学保育専門学校 研究紀要, 2023年)。しかし同じ報告書では、「説明・視覚教材を使って伝えようとした保育者がいた」ことも記録されており、工夫次第で十分に歌い継ぐことができると示されています。
以下の3つの方法が、現場で実践しやすいアプローチです。
① 視覚教材を使う
「蛇の目」「かごめかごめ」など子どもが知らない言葉は、絵カードや写真を事前に見せておくと効果的です。歌う前に「これが『蛇の目』のかさだよ」と一枚見せるだけで、歌詞の解像度が上がります。
② 保育士自身が「情景の解説者」になる
「このうたはね、昔の子どもがうさぎを追いかけて山で遊んでいたころのお話だよ」と一言添えるだけで、子どもの想像力が動き出します。完全に理解させる必要はありません。イメージの種をまくイメージです。
③ 繰り返し・季節に合わせて歌う
文語体の歌詞は、季節行事と結びついているものが多いです。例えば「春の小川」は春先に、「もみじ」は秋に歌うことで、外の風景と歌詞の世界がつながりやすくなります。1回で覚えさせようとするより、年に複数回・季節ごとに繰り返し歌う方が、記憶への定着率が高まります。
保育現場では一斉歌唱の場面でこうした工夫を重ねることで、子どもたちは「難しいから嫌い」ではなく「なんか知ってる」という親しみを育てていきます。これが条件です。
参考:保育園での歌の教え方・選曲・指導ポイントがまとめられています。
保育園での歌の教え方。選曲や導入など子どもに指導するポイント
保育現場で歌われなくなった文語体の歌:25年間の変化と今
信州の保育現場を25年間(1993〜2017年)にわたって調査した研究(文化学園大学保育専門学校 研究紀要 第15号, 2023年)では、唱歌や文語体の童謡の扱いについて興味深い変化が記録されています。
「大きな古時計」は1993〜1997年の5年間で約37%の園で歌われていましたが、2013〜2017年には17%まで低下し、20ポイント以上の減少となりました。「かえるの合唱」も同じ期間に15%の減少がみられています。これは意外ですね。
一方で、アニメ「忍たま乱太郎」のテーマ曲「勇気100%」は1993〜1997年の6%から、2014年には50%の園で歌われるほどに急増しました。同様に「にじ」「あしたははれる」などの現代童謡も大幅に増加しています。
この変化は必ずしも悪いことではなく、子どもたちに親しみやすい曲を選ぶ保育士の工夫の結果でもあります。ただし、同研究では10代の若い世代が「よく知っている・歌ったことがある」唱歌・童謡が非常に少ないことも示されており、文語体の歌が若い保育士自身に知られていないために現場で歌われなくなっているという側面も指摘されています。
つまり、子どもが難しいから歌えないのではなく、保育士自身が知らないから歌えないという状況が生まれているわけです。痛いですね。
自分が知らない曲は現場で歌えません。文語体の歌を歌い継ぐためには、保育士自身がその曲を知り、歌詞の意味をざっくりと把握しておくことが第一歩になります。まず自分が覚えることが原則です。
文語体の代表的な唱歌として、以下のものを知っておくと現場で役立ちます。
- 🌸 春の小川(文語体・文部省唱歌):春の情景を歌った定番曲。歌詞に「さあらさら」など擬音語も多く、子どもが音を楽しみやすい。
- 🍁 もみじ(文語体・文部省唱歌):秋の山の風景。「濃いも薄いも数ある中に」など比喩的な表現が豊か。
- 🌾 故郷(ふるさと)(文語体・文部省唱歌):2007年文化庁「親子で歌いつごう日本の歌百選」にも選定。「うさぎ追いし」「こぶなつりし」などの文語体表現が含まれる。
- 🌙 おぼろ月夜(文語体・文部省唱歌):春の夜の情景を描いた叙情的な歌。
- ☁️ 夏は来ぬ(文語体・文部省唱歌):初夏の風物詩を詠んだ歌。現代では特になじみが薄い文語体だが、歌詞の美しさが際立つ。
参考:信州の保育現場で25年間歌われた曲の調査結果をまとめた学術的な資料です。
信州の保育現場で歌われてきた童謡・唱歌(文化学園大学保育専門学校 研究紀要 第15号)
文語体の歌を保育に取り入れる独自視点:感情語の獲得と共感力の育ち
文語体の歌が子どもの発達に与える影響について、語彙力や日本語力以外にもう一つ注目したい視点があります。それは「感情語(感情を表す言葉)の獲得」です。これはあまり語られていません。
幼児期の子どもは、自分の感情を言葉で表現する力がまだ発達途上にあります。「なんかやだ」「むかつく」といった単純な言葉しか持てない段階では、感情の解像度が低く、自分の気持ちを正確に他者に伝えることができません。これがトラブルの原因になることも多いのです。
文語体の唱歌・童謡には、感情を豊かに描写した表現が豊富に含まれています。
- 😢 「シャボン玉」(野口雨情作詞)→ 「生まれてすぐにこわれて消えた」:喪失・はかなさ
- 🏡 「故郷(ふるさと)」→ 「志をはたして いつの日にか帰らん」:郷愁・決意
- 🌙 「おぼろ月夜」→ 「ほのぼのと霞と光りあい」:穏やかさ・懐かしさ
こうした感情の言葉や情景をメロディーと一緒に繰り返し体験することで、子どもは「悲しい」「懐かしい」「ほっとする」といった、日常会話では出てきにくい感情の幅を少しずつ言葉として内側に積み重ねていきます。
この積み重ねが、共感力の土台になります。友達が泣いているときに「なんで泣いてるの」だけでなく「悲しいの?」と声をかけられる子どもは、自分の中に「悲しい」という感情語をすでに持っているからです。つまり文語体の歌は感情語の種まきでもあります。
保育士として日々の歌唱活動の中に文語体の歌を一曲だけでも意識的に混ぜてみることで、長期的に見れば子どもの感情表現の豊かさに違いが生まれる可能性があります。「難しい言葉は教育にならない」という考え方そのものを、この視点から見直してみてください。
参考:童謡・唱歌が子どもの感性や想像力の育成に与える効果について丁寧に解説されています。


