赤い靴 童謡 歌詞の真実
歌詞のモデル「きみちゃん」は異人さんと渡米していません。rakukatsu+1
赤い靴の童謡 歌詞全文とふりがな
「赤い靴」は1922年(大正11年)に発表された童謡で、野口雨情が作詞し本居長世が作曲しました。2006年には文化庁と日本PTA全国協議会により「日本の歌百選」に選定されています。wikipedia+1
歌詞は全4番で構成されています。uta-net+1
1番:赤あかい靴くつ はいてた 女おんなの子こ / 異人いじんさんに つれられて 行いっちゃった
2番:横浜よこはまの 埠頭はとばから 船ふねに乗のって / 異人いじんさんに つれられて 行いっちゃった
3番:今いまでは 青あおい目めに なっちゃって / 異人いじんさんの お国くにに いるんだろう
4番:赤あかい靴くつ 見みるたび 考かんがえる / 異人いじんさんに 逢あうたび 考かんがえる
野口雨情は当初4番の歌詞を「思い出す」としていましたが、推敲して「考える」に変更した経緯があります。この変更により、単なる回想ではなく深い思索を表現する歌詞になりました。
参考)6月2日(日):赤い靴(靴)童謡 – イミタチオ・クリスティ
赤い靴 歌詞が表現する意味と解釈
歌詞は表面的には外国へ旅立った女の子の物語ですが、多層的な解釈が可能です。douyou-shouka.himawari-song+1
基本的な解釈として、赤い靴を履いた女の子がアメリカ人宣教師と共に横浜港から船で外国へ行き、今では異国の地で暮らしているという情景を描いています。「青い目になっちゃって」という表現は、異文化に同化した様子を象徴的に表しています。
つまり物理的な変化ではなく心の変化を歌っているということですね。
しかし歌詞には母親の悲しみや後悔が込められているという解釈もあります。娘を手放さざるを得なかった母親が、赤い靴や外国人を見るたびに娘を思い出し考え続けるという心情が4番に表現されています。
参考)302
さらに現代的な視点では、戦争や災害で家族と離ればなれになった子どもたち、夢を叶えられなかった人々の象徴として解釈することもできます。この普遍的なテーマ性が、100年以上経った今でも多くの人の心に響く理由です。
保育現場では子どもの発達段階に応じて、シンプルに「遠くへ行ってしまった女の子のお話」として伝えるのが基本です。
赤い靴のモデル「きみちゃん」の実話
歌詞のモデルとなったのは佐野きみ(明治35年〜44年)という実在の少女です。vill.rusutsu.lg+1
きみちゃんの母・岩崎かよは生活困窮のため北海道の留寿都村にあった平民社農場に入植しましたが、厳しい開拓生活に幼い子を連れていけないと判断し、アメリカ人宣教師ヒュエット夫妻の養子に出しました。nikkei-azabu10+1
しかし6歳のころ、宣教師夫妻が帰国する際、きみちゃんは当時不治の病だった結核に冒されていました。長い船旅ができない状態だったため、夫妻はやむなく麻布十番の鳥居坂教会孤児院(現在の十番稲荷神社がある場所)にきみちゃんを預けました。jin3+2
その後きみちゃんは結核が進行し、明治44年9月15日、わずか9歳でこの世を去りました。
異人さんに連れられて外国へ行くことは一度もなかったのです。sn-hoki+1
野口雨情は札幌の新聞社勤務時代に岩崎かよと知り合い、娘への思いを聞いて深く感動しました。雨情はかよの母親としての愛情と、きみちゃんが幸せに外国で暮らしているという希望的な物語として詩を創作しました。これは詩人としての優しさから生まれたフィクションだったのです。yamap+1
赤い靴の女の子きみちゃんの詳細な生涯については、こちらの記事で実在の場所や資料とともに詳しく解説されています
赤い靴を保育で歌うときの注意点
保育現場で「赤い靴」を歌唱する際は、いくつかの音楽的・教育的配慮が必要です。bvlibrary.hateblo+1
物悲しく遠くに思いをはせるように歌うのが基本です。テンポは落ち着いたアンダンテで、子どもたちが歌詞の情景を思い浮かべられるゆったりとした速度を保ちます。
日本語のイントネーションを崩さないことが最重要ポイントです。
特に「いっちゃった」「なっちゃって」「だろう」といった語尾の発音に注意が必要です。方言的なイントネーションにならないよう、標準的な日本語の抑揚を保ちながら歌います。
母音の流れに意識を持ち、子音は添える程度のイメージで歌うと美しく響きます。言葉を立てすぎると上行形(音が上がっていく部分)のレガート(なめらかな歌い方)が難しくなるため、母音でつなぐ意識が大切です。
参考)「赤い靴」061 – ヴォーカルの耳づくりと歌唱の学び方
単純なメロディの繰り返しですが、実は歌唱技術的には難易度の高い曲です。
保育士が模範を示す際は、ピアノ伴奏に頼りすぎず、アカペラでも正確な音程とリズムで歌えるよう練習しておくと効果的です。子どもたちの声域に合わせてキー(調)を調整することも検討してください。
赤い靴の童謡を季節行事で活用する方法
「赤い靴」は特定の季節に限定されない童謡ですが、保育の文脈では効果的な活用場面があります。
横浜の埠頭が歌詞に登場することから、秋の遠足や園外保育で港や船を見学する機会があれば、事前学習として取り入れることができます。実際の船や港を見た後に歌うと、子どもたちの理解が深まります。
参考)社会福祉法人みのり愛の会|子どもたちの豊かな未来を育む
これは使えそうです。
また母と子の絆をテーマにした活動、例えば母の日や保育参観の際の選曲としても適しています。ただし歌詞の背景にある悲しい実話を、年齢に応じてどこまで伝えるかは慎重な判断が必要です。
3歳未満児には歌詞の意味を深く説明せず、メロディーを楽しむ活動として、手遊びや体を揺らす動きと組み合わせるのが適切です。
4〜5歳児になると「遠くに行ってしまった」「会えなくなった」という別れの概念を理解できるため、絵本や紙芝居と組み合わせた総合的な表現活動として展開できます。
音楽発表会では、情感豊かに歌える年長児向けの楽曲として選ばれることもあります。その際は楽器演奏(鈴、トライアングルなど)を加えてアレンジすると、演奏参加の機会を増やせます。
季節行事と童謡を組み合わせた保育活動の効果については、こちらで詳しく解説されています
赤い靴の歌詞から学ぶ保育士の配慮事項
「赤い靴」を保育教材として扱う際、保育士が理解しておくべき配慮事項があります。
現代の多様な家庭環境を考慮する必要があります。歌詞には母子分離や養子縁組の要素が含まれているため、同様の経験を持つ子どもや保護者がいる可能性を念頭に置くべきです。
配慮が必要な場合は事前に保護者に選曲を伝えておくのが原則です。
また「異人さん」という表現は、現代の多文化共生の観点から説明の仕方に工夫が必要です。歴史的背景として「当時の日本では外国の方をそう呼んでいた」と説明し、現在は適切でない表現であることを年長児には伝えることができます。
結核という病気についても、子どもたちから質問が出る可能性があります。「昔は治らない病気だったけれど、今はお薬で治せるようになった」という事実を簡潔に伝えると、不必要な不安を与えずに済みます。
保育現場では物語の悲劇性を過度に強調しないことが大切です。
野口雨情が込めた「母親の愛情」や「娘が幸せに暮らしているという希望」という肯定的な側面を中心に伝えることで、子どもたちの情緒発達に適した教材となります。
保護者から歌詞の背景について質問された場合に備えて、保育士自身が正確な知識を持っておくことも専門性の一部です。きみちゃんの実話と歌詞の創作的要素を区別して説明できるよう準備しておきましょう。
赤い靴の童謡が持つ保育的価値
「赤い靴」は音楽教育だけでなく、総合的な保育活動に多面的な価値を持っています。
情操教育の面では、悲しみや切なさといった複雑な感情を音楽を通じて体験する機会となります。すべての歌が明るく楽しいものである必要はなく、様々な感情のトーンを知ることが子どもの感性を豊かにします。
厳しいところですね。
言語発達の観点からは、「埠頭(はとば)」「異人(いじん)」といった日常では使わない語彙に触れる機会になります。古い言葉や文語的表現を知ることで、日本語の豊かさを感じ取ることができます。
社会性の育成としては、家族や大切な人との別れ、会えない人への思いといったテーマを扱うことで、他者の感情への共感力を育てます。これは将来的な対人関係能力の基礎となる重要な学びです。
文化的継承の面では、100年以上前から歌い継がれてきた日本の童謡文化に触れることで、世代を超えた文化の連続性を体験できます。祖父母世代も知っている歌として、世代間交流の媒介にもなります。
保育における「赤い靴」は、単なる歌唱活動を超えた総合的な学びの機会なのです。
保育計画の中で、この歌をどの発達領域(健康、人間関係、環境、言葉、表現)のどの側面に位置づけるかを明確にすることで、より意図的で効果的な保育実践が可能になります。年間指導計画や月案に組み込む際は、子どもたちの発達段階と興味関心に合わせた展開を設計してください。
童謡が持つ教育的価値と歴史的背景については、いわき湯本温泉童謡館の資料で詳しく学べます

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