森の歌 ショスタコーヴィチ歌詞の歴史的背景と日本での広がり
「森の歌」の歌詞は、もともとスターリンへの礼賛で書かれているため、本国ロシアよりも日本の方が今も演奏回数が多い。
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森の歌 ショスタコーヴィチの作曲背景と歌詞の誕生
オラトリオ「森の歌」(Песнь о лесах)作品81は、ドミートリイ・ショスタコーヴィチが1949年に作曲した声楽曲で、彼の全声楽作品の中でも最もよく知られた一作です。作詞はエヴゲーニー・ドルマトフスキーが手がけており、ショスタコーヴィチ自身が作詩を依頼して完成させました。
しかし、この曲が書かれた理由は「純粋な芸術的衝動」ではありませんでした。1948年、ソ連共産党は「ジダーノフ批判」と呼ばれる芸術家批判を行い、ショスタコーヴィチも西洋モダニズムの悪影響を受けた作曲家として槍玉に挙げられたのです。これが、この曲の歌詞誕生の直接的な引き金でした。
原因はさらにさかのぼります。1945年に発表した「交響曲第9番」が、戦勝を祝う壮大な作品を期待していたスターリンの逆鱗に触れたことでした。ショスタコーヴィチは当局の圧力を回避する手段として、スターリンが当時進めていた植林事業を讃えるオラトリオを書くことを選びました。つまりこの作品、保身のために書かれた側面が強いのです。
歌詞の内容はスターリンによる植林プロジェクトを賞賛するものです。第二次世界大戦のスターリングラード攻防戦で荒廃したヴォルガ川周辺に植林するという国家事業を主題にしており、「スターリンの活躍のおかげで国土が緑化される」というプロパガンダ的なメッセージが全編に貫かれていました。
その結果は大成功でした。1949年11月15日の初演はレニングラード・フィルハーモニーによって行われ、大絶賛を受けました。翌1950年にはスターリン賞第一席を受賞しています。ところが当の本人、ショスタコーヴィチは成功した夜にホテルの一室でむせび泣き、ウォッカを痛飲したと伝えられています。それが「屈辱」の涙であったことは、作曲の経緯を知れば想像に難くありません。
Wikipedia「森の歌」:作曲の経緯・曲の構成・スターリン批判に伴う歌詞変更について詳しく解説されています。
森の歌 ショスタコーヴィチ歌詞の全7曲構成と内容
「森の歌」は全7曲で構成されており、第3〜5曲は連続して演奏されます。演奏時間はおよそ40分という、オラトリオとしては中程度の規模です。各曲の歌詞の内容を整理すると、曲ごとに描かれるテーマが明確に変わることがわかります。
各曲の概要と歌詞の主題
- 🎵 第1曲「戦いが終わったとき」(バス独唱・男声合唱):第二次大戦の勝利をスターリンの活躍として讃える内容。1962年改訂版では「自由と大地を守り抜いた」という表現に変更。
- 🎵 第2曲「祖国を森で覆わせよう」(混声合唱):スターリングラード攻防戦で荒廃した国土に木を植えて緑化すべきと歌う、溌剌としたアレグロの曲。
- 🎵 第3曲「過去の思い出」(バス独唱・混声合唱):かつての荒れ果てた大地が農作物を台無しにしたことを回想し、植林の必要性を歌う。
- 🎵 第4曲「ピオネールは木を植える」(少年合唱):植林に参加する少年少女「ピオネール」の活動を描く、かわいらしい児童合唱の楽章。
- 🎵 第5曲「スターリングラード市民は前進する」(女声・男声合唱):1962年改訂版では「コムソモールは前進する」に変更。7曲中もっとも勇ましい楽章。
- 🎵 第6曲「未来の散歩道」(テノール独唱・混声合唱):植林完了後の豊かな森林世界を歌う抒情的な曲。
- 🎵 第7曲「栄光」(全声部):7拍子という珍しいリズムで始まるフィナーレ。「共産主義の夜明け」「スターリン万歳」で締めくくられる(改訂版では共産党讃歌に変更)。
つまり歌詞全体が、スターリン礼賛と植林事業賛美という2本の軸で成り立っていたということです。
保育士として音楽指導で活用する際には、第4曲「ピオネールは木を植える」が最も子供向けで親しみやすい楽章です。アレグレット(やや速め)、変ロ長調、4分の2拍子というリズミカルな曲調で、少年少女合唱のための明るい楽曲として作られています。第5曲のメロディーは、ショスタコーヴィチ自身が後に「祝典序曲」に引用したほどキャッチーな旋律で書かれています。
森の歌 ショスタコーヴィチ歌詞が1962年に改訂された理由
「森の歌」の歌詞には、重要な”改訂”の歴史があります。これを知らずにいると、楽譜や音源によって歌詞が異なる理由がわからないまま混乱することになります。
1953年にスターリンが死去すると、後継のフルシチョフ書記長はスターリン独裁体制を公式に批判しました(いわゆる「スターリン批判」)。これにより、スターリンを絶賛する「森の歌」の歌詞は政治的に使用困難になったのです。
そこでショスタコーヴィチは作詞者ドルマトフスキーと協議し、1962年に改訂版を発表しました。変更は主に第1・5・7曲に及びます。具体的には「スターリングラード」という地名が「ヴォルゴグラード」に書き換えられ、スターリン賛美の文言が共産党やレーニン賛歌に差し替えられました。
歌詞改訂が行われたということですね。
ところが日本では事情が異なっていました。日本語訳は1953年の初演時に「合唱団白樺」(井上頼豊・桜井武雄訳)の手で作られましたが、その後も原詩のように改訂されませんでした。日本語版の歌詞はすでに「うたごえ運動」の中で政治色が薄められた形で普及していたため、改訂の必要性が薄かったのです。これが現在でも日本で多様な歌詞バリエーションが存在する理由です。
全音楽譜出版社が出版しているショスタコーヴィチ『森の歌』の楽譜(ISBN: 718214)では、ロシア語歌詞にカタカナ読みを付し、対訳は1962年改訂版に沿ったものが掲載されています。同時に1962年以前のスターリン版の歌詞も参照できるよう変更前の旧版テキストも収録されており、演奏者が歌詞選択の参考にできます。
全音オンラインショップ「ショスタコービッチ:森の歌」:日本語対訳・ロシア語歌詞(カタカナ読み付)が収録されており、演奏実践に役立ちます。
森の歌 ショスタコーヴィチの「ピオネールは木を植える」歌詞全文と保育での活用
保育の現場、特に「さくらさくらんぼ保育(斎藤公子メソッド)」では、ショスタコーヴィチの曲がリズム遊びの音楽として活用されていることはよく知られています。その中でも「ピオネールは木を植える」は、明るくリズミカルな旋律が子供の身体活動と非常に親和性が高い曲です。
日本語訳歌詞(合唱団白樺訳)の内容は以下の通りです。
| 節 | 日本語訳歌詞 |
|---|---|
| 1番 | ポプラ ポプラ はやく伸びてくれ ピオネールはゆく 真っ先かけて グミは グミは 草原をかざり コルホーズいっぱいに 白樺植えた |
| 2番 | どんぐりさん どんぐりさんも こがねに実り みんな みんな 大きくなれ リンゴ リンゴ きれいに実れ 雪も消えて 暖かな春 |
| 3番 | かえで かえで 緑も深く 育ちゆけよ 大地彩り 育ちゆけよ 地に満ちて |
「どんぐりさん」というように木の実に敬称を付けるなど、子供が親しみやすいよう丁寧に訳されているのが特徴です。これは日本語訳を担当した井上頼豊らが、教育的使用を意識して配慮したためだと考えられています。
保育でこの曲を使う際の実践的なポイントがあります。まず「ピオネール」「コルホーズ」というロシア語由来の外来語が含まれているため、子供に歌わせる際には「ピオネール=若者・子供たち」「コルホーズ=広い畑」のように噛み砕いて説明するか、歌詞を一部変更して歌わせる保育園も実際にあります。
これは使えそうです。
全音楽譜出版社では簡単なピアノ伴奏版楽譜も流通しており、ピアノが得意でない保育士でも弾きやすく編曲されたものを選べます。まずは楽譜を一冊用意して原曲と比較してみることで、クラスに合った使い方が見えてきます。
森の歌 ショスタコーヴィチ歌詞の日本初演と「うたごえ運動」による普及
「森の歌」の日本初演は、1953年6月14日に京都で行われました。指揮は桜井武雄、独唱は佐佐木行綱・竹内光男が担当し、紫明混声合唱団、こんせーる・ぬーぼーが演奏しました。初演と同時に日本語訳も公開され、合唱団白樺(井上頼豊・桜井武雄訳)による訳詞がその後の普及の土台となりました。
この曲が日本の保育・教育現場へ広がった大きな要因が「うたごえ運動」です。うたごえ運動とは1940年代後半から1970年代にかけて盛んになった、合唱を軸とした民主主義的・社会主義的な文化運動で、工場や学校、地域の合唱サークルを通じて大衆に音楽が普及しました。うたごえ運動の盛り上がりとともに「森の歌」も全国に広まったということですね。
中でも第4曲「ピオネールは木を植える」は1950年代の日本の小学校で歌われ、この曲を通じて「ピオネール」「コルホーズ」という言葉を初めて知ったという子供も少なくなかったといいます。
意外なことに、欧米の演奏会で「森の歌」が演奏される機会は現在ほとんどありません。スターリン礼賛という歌詞の内容が敬遠される理由が大きく、ロシア・旧ソ連諸国においても共産主義失敗の後は演奏が激減しました。それでも日本だけが今もこの曲を演奏し続けているのは、長年にわたって政治色を薄めた日本語訳詞で歌われてきた歴史があるからです。
Wikipedia「ピオネールは木を植える」:日本語訳詞の成り立ち、うたごえ運動との関係について詳しく掲載されています。
保育士として「森の歌」や「ピオネールは木を植える」を子供たちに紹介する際には、「木を植えよう、緑を育てよう」というエコロジーのメッセージとして提示するのが現代的かつ自然な切り口です。歌詞の由来を理解した上で活用することで、この曲が持つ純粋な音楽的魅力を子供たちに届けることができます。保育や合唱指導の現場では、曲そのものの美しさと子供の発達を結びつける視点が大切です。


