障がい児音楽療法と歌が育む発達支援の全貌
「歌が上手な子どもほど、音楽療法の効果が高いわけではありません。」
障がい児音楽療法における「歌」の位置づけと基礎知識
音楽療法とは、音楽の働きを意図的に活用して、対象者の心身の発達や生活の質の向上を目指す支援活動です。障がい児を対象とした音楽療法では特に「発達支援」が中心的な目標になります。単なる娯楽やお楽しみ活動とは異なり、個別の目標を設定したうえで音楽を「道具」として使う点が大きな特徴です。
音楽療法の活動には大きく分けて2種類あります。音楽を聴かせる「受動的音楽療法」と、自分で音楽を奏でる「能動的音楽療法」です。歌を歌うことは能動的音楽療法の代表例であり、楽器演奏や手遊びに比べてハードルが低く、道具が不要という点でも保育現場との相性が抜群です。
歌う行為は、呼吸・発声・発語を同時に刺激する複合的な身体活動でもあります。大きく口を開け、息を深く吸い、声の高さをコントロールするこれらの動作は、言語発達や感情表現のトレーニングとして機能します。
ここで重要なのは、「上手に歌えること」は音楽療法の効果に直接は関係しないという点です。研究によれば、自閉症スペクトラム障がい(ASD)の子どもであっても、言語が十分でない状態でも歌には反応できる場合が多く、口形や身体の動きでメロディを表現することで音楽的なやり取りが生まれることが確認されています(角田陽子、東洋英和女学院大学大学院 2018年発表より)。
つまり、歌の上手い・下手ではなく、「音楽を通じたやり取りが生まれているか」こそが療法的な意味を持つのです。これはが基本です。保育士として障がい児の音楽活動に携わるとき、「上手く歌わせようとしない」という姿勢が、かえって子どもの力を引き出す第一歩になります。
参考:音楽療法士・堀田圭江子による障がい児へのプログラム実践情報
子どもの成長を促す音楽療法プログラム例とおさえておきたい3つのこと(音楽療法講座)
障がい児音楽療法で歌がもたらす3つの発達効果
音楽療法における歌の効果は、大きく「身体面」「精神面」「社会面」の3方向に整理できます。それぞれが密接に関係しており、1つの歌活動が複数の領域に同時に働きかけるのが音楽の強みです。
まず身体面への効果として、歌唱は心肺機能・循環器機能を刺激する有酸素運動になります。歌いながら手拍子や身体を動かす振り付けを加えると、粗大運動(歩く・跳ぶなど体全体を使う動き)や協調運動の改善にもつながります。障がい児、特に自閉症スペクトラムの子どもは「自分の体に対する認識(身体認識)」が薄い場合が多く、音楽に合わせて体の各部位を触ったり動かしたりする活動は、この点でも有効です。
精神面では、集団で歌を歌うことがオキシトシン(別名「絆ホルモン」)の分泌を促すことが、Kreutz(2014)の研究で示されています。このオキシトシンは社会的な信頼感や安心感を生み出すホルモンであり、自己報告した幸福感の向上とも関連しています。また好きな曲を歌うと脳の報酬系が活性化してドーパミンが放出されるため、情緒の安定にも貢献します。
社会面では、歌のやり取りや掛け合いが非言語的なコミュニケーション能力を育てます。言葉だけでは難しい対人関係のやり取りが、歌というフォーマットを介することでスムーズに行われる場面があります。例えば「森のくまさん」のような掛け合い曲は、2グループに分かれて交互に歌う活動に発展させることができ、自然な形でコミュニケーションスキルの向上を促します。
いいことですね。これらの効果は特別な施設環境や専門資格がなくても、意図を持って取り組めば保育現場でも十分に引き出せます。
参考:音楽と脳・発達障がい児への科学的な効果の根拠
【特性のある子供にも】音楽の力で発達を促す!保育現場における音楽の可能性(After Reha)
ASD・ADHD別に見る障がい児音楽療法での歌の使い方
障がいの特性によって、歌をどのように活用するかは大きく変わってきます。一人ひとりの特徴を理解したうえで目的を持って歌を使うことが、音楽療法の基本原則です。
🔹 自閉症スペクトラム障がい(ASD)の子どもへのアプローチ
ASDの子どもの多くは「こだわりの強さ」「急な変更への抵抗」「コミュニケーションの難しさ」などの特徴を持っています。音楽療法での歌活動では、毎回必ず同じ「始まりの歌」を使うことが特に重要です。これは子どもに「この歌が流れたら音楽活動が始まる」という見通しを持たせる役割を果たし、安心感につながります。言葉での指示が届きにくい子にとって、音楽による合図は非常に有効なサインとなります。
また、歌での発語促進も重要な目標になります。「感情のこもらない発語」「オウム返し」しか見られない子でも、メロディに乗せた発声は比較的自然に出てくることがあります。歌詞を音読してから歌唱する、というプロセスを踏むことで、発語の量と質が少しずつ向上していく事例も報告されています。
🔹 注意欠如・多動性障がい(ADHD)の子どもへのアプローチ
ADHDの子どもは「集中力が持続しにくい」「衝動的に行動する」「順番が待てない」などの特徴があります。山下ら(2016)の研究では、音楽あそびがADHD児の持続的な注意力を改善することが報告されています。歌活動においても、歌詞を読んでから歌う→終わったら感想を言う、というステップを設けると、集中力を養いながらコミュニケーションの練習にもなります。
「静」と「動」の両要素を組み合わせることが重要です。元気な曲でダンスをしながら歌う時間と、ゆっくりした曲を小さな声で歌うクールダウンの時間を交互に設けると、ADHDの子どもも無理なくセッションに参加し続けられます。
🔹 知的障がいのある子どもへのアプローチ
知的障がいの子どもにとって歌は、理解しやすく参加しやすい活動です。短く繰り返しが多い曲(8〜16小節程度)は、見通しを持って参加しやすく安心感があります。名前を歌の中に組み込んだ「名前の歌」を取り入れると、自分の番を意識し順番という概念の理解にもつながります。
参考:障がい別の具体的なプログラム事例と使用曲の一覧
子どもの成長を促す音楽療法プログラム例(音楽療法講座・堀田圭江子)
障がい児音楽療法での歌の選曲と音量の注意点
保育士が障がい児への音楽療法的な歌活動を行う際に、最も見落とされがちなのが「選曲」と「音量」の問題です。これを間違えると、音楽が逆に子どもへのストレス源になってしまいます。
まず選曲についてです。「子どもが好きな曲を選ぶことが大事」という認識は半分正しく、半分は落とし穴があります。子どもが大好きすぎる曲をセッションの最初(始まりの歌)に使ってしまうと、テンションが上がりすぎてその後の活動が成立しなくなることがあります。始まりの歌では「気持ちを切り替えて活動に集中する」という目的があるため、落ち着いたテンポで短い曲(8〜16小節)が適切です。閉店時に流れる「蛍の光」が「そろそろ帰ろう」という行動を促すように、音楽は繰り返すことで「〇〇の時間が始まる」という合図になります。これはが原則です。
次に音量への配慮は絶対に欠かせません。ASDやADHDの子どもの中には聴覚過敏を持つ子がいます。グランドピアノの蓋を開けた大音量や、急に鳴り響く楽器の音は、その子どもにとって耐えられない苦痛になる可能性があります。実際に日本音楽療法学会認定音楽療法士の事例では、タンバリン・鈴・カスタネット・トライアングル・ジャンベなどさまざまな楽器を小さな音で試し、その子が受け入れられる楽器を1つずつ確認するアセスメントから始めたという報告があります。
楽器の音が大きすぎると感じる場合は、ピアノなら弱音ペダル(ソフトペダル)を踏む、あるいはピアノの代わりにウクレレを使うという選択も有効です。ウクレレはギターより小ぶりで音量が控えめ、音質もやわらかいため聴覚過敏の子どもでも受け入れやすい楽器として現場で活用されています。
| 注意すべきポイント | 具体的な配慮の例 |
|---|---|
| 選曲(始まりの歌) | 8〜16小節、落ち着いたテンポの曲を固定して使う |
| 選曲(盛り上げ曲) | 子どもが好きな曲でも、テンションの変化を事前に確認する |
| 音量 | ピアノは弱音ペダルを使用、ウクレレや小さな楽器を活用 |
| 楽器選び | 鳴らして1つずつ子どもの反応を確認する(耳ふさぎはNGサイン) |
| 感覚過敏の確認 | 事前に保護者や担当者から「苦手な音・好きな音」を聞いておく |
感覚過敏の有無は、保護者や担当者から事前に情報収集しておくことが重要です。子どもが耳をふさぐ・その場を離れようとするなどの反応を見せた場合、それは「音が辛い」というサインです。
参考:始まりの歌の選曲方法と音量配慮の実践的な解説
児童音楽療法や障害児レクレーションでの始まりの歌の選曲方法(柳川円・日本音楽療法学会認定音楽療法士)
保育士が今日から実践できる障がい児音楽療法の歌プログラム例
ここでは、特別な資格がなくても保育士が保育現場でそのまま活用できる音楽療法的な歌活動のプログラム例を紹介します。大切なのは「楽しい活動をする」だけでなく、「何のために、どんな効果を狙うのか」という目的を持つことです。
📋 45分間プログラム(集中力が短い・落ち着きのないお子さん向け)
| 順番 | 活動内容 | 目的 |
|---|---|---|
| ①始まりの歌(5分) | 毎回同じ曲を小さな声で歌う | 活動開始の合図・気持ちの切り替え |
| ②体操・手遊び(5分) | 「手をたたきましょう」など | 身体認識を高め、活動への導入 |
| ③歌唱①(10分) | 子どもが好きな歌・歌詞の音読→歌唱 | 集中力、発語の促進 |
| ④ダンス(10分) | 「ドラえもん」など振り付きで体を動かす | 粗大運動・ストレス発散 |
| ⑤合奏(10分) | 鈴・タンバリンを持ちながら歌う | 協調性・順番を守る練習 |
| ⑥終わりの歌(5分) | ゆっくりした曲を小さな声で歌う | クールダウン・活動終了の合図 |
このプログラムで特に重要なのは、①「始まりの歌」と⑥「終わりの歌」を毎回同じ曲・同じ進め方で固定することです。つまり「同じ曲を繰り返す」が条件です。これにより、こだわりの強い子や見通しを持ちにくい子でも「次は何が来る」と予測できるため、安心して参加できるようになります。
歌うだけで終わらないことも意識してください。歌詞を一人ひとりが音読する時間を設けたり、歌い終わった後に「この歌、どんな気持ち?」と一言問いかけたりするだけで、コミュニケーションの練習の場になります。これは使えそうです。一言の問いかけは、言葉を引き出すきっかけになる場合が多いです。
また、「合奏しながら歌う」形式を取る場合は、全員が最初から最後まで演奏・歌唱し続けるよりも、楽器ごとに出番を分けたり、ソロパートと全員パートを交互に設けたりする構成がおすすめです。自分の出番を待つ→鳴らす→また待つ、というサイクルが自然に「順番」の練習となります。
「こだわりが強く言語コミュニケーションが難しい」子向けには、「星に願いを」のようなゆったりした曲で「名前を呼ばれた人が楽器を鳴らす」というプログラムが効果的です。自分の名前に反応する→道具を使って応答する、という流れが、他者を意識するきっかけになります。
参考:障がい児向け音楽療法の保育・療育現場への導入事例
保育現場での音楽活用と発達支援への具体的アプローチ(After Reha)
【独自視点】保育士が「音楽療法的なまなざし」を持つことで変わること
「音楽療法は専門家がやるもの」という認識は、実は保育士が音楽の力を活かす機会を狭めてしまっています。音楽療法士による本格的な個別セッションと、保育士による音楽活動は、役割も目標も異なります。しかし「目的を持って音楽を使う」という意識、いわば「音楽療法的なまなざし」は、保育士でも十分に持てるし、持つべきだという見方があります。
例えば、毎朝の朝の会でピアノを1音鳴らしてお辞儀する。たったそれだけの行為でも、「聴いて→体を動かす」という複合的な刺激が生まれています。kodomomusiq.comが指摘するように、「たった1音であっても、目的・意図を持って弾けばこどもにとって複合的なアプローチになる」のです。
保育士が音楽療法的なまなざしを持つ具体的なポイントとして、以下の3点が特に重要です。
- 🎵 「なぜこの歌を使うか」を意識する:子どもの今日の状態・目標に合わせて選曲を変える。全員が同じ歌でなくてもよく、個別の配慮こそが大切です。
- 🎵 子どもの変化を記録する:歌活動中に「今日は〇〇くんが少し声を出した」「▲▲ちゃんが最後まで座っていられた」という小さな変化を記録することで、支援の精度が上がります。これが継続的な観察のメリットです。
- 🎵 感覚過敏の子には「受け入れられる音」から始める:大きな音・急な音を避け、その子が安心できる楽器・音量・リズムを探すプロセスそのものが支援になります。
もし「もっと体系的に学びたい」という場合は、一般財団法人全国大学実務教育協会が認定する「こども音楽療育士」という民間資格が保育士向けとしても取得可能です。保育や障がい児療育において、発達に合わせた音楽あそびを実践できる知識・スキルを学べる内容になっており、保育士としての専門性を広げる選択肢の一つです。
また、日本音楽療法学会が発行する認定資格「音楽療法士」も存在しますが、こちらは大学・大学院での専門課程修了が必要です。保育士として「まず音楽療法の基本的な知識を得たい」という方は、こども音楽療育士から入門するのが現実的な一歩でしょう。
「障がいがあるから音楽は難しい」ではなく、「障がいがあるからこそ、音楽という入り口が有効な場合がある」という発想の転換が、保育の質を変える第一歩になります。
参考:こども音楽療育士の資格内容・取得方法の詳細


