肥後民謡の歌を保育に活かす意味と実践
肥後民謡の歌詞には大人向けの内容が含まれているため、保育で使うのは難しいと思っていませんか?実は「おてもやん」を幼児と一緒に歌うと、言語発達スコアが有意に向上するという保育研究報告があります。
肥後民謡の歌とは何か?熊本に伝わる歌の背景
「肥後(ひご)」とは、現在の熊本県にあたる旧国名です。肥後民謡とはその地域に古くから伝わる民謡の総称であり、農作業・漁業・酒席・子守りといった生活の場面から自然に生まれた歌が多数あります。歌の種類も豊富で、陽気な酒盛り唄から哀愁漂う子守唄まで、感情の幅が非常に広いのが特徴です。
保育士として知っておきたい代表的な肥後民謡は、大きく分けて次の3タイプです。
- 🎶 祝い・座敷唄系:「おてもやん」「キンキラキン」「ポンポコニャ」など、テンポが速く陽気な雰囲気の曲。運動会や夏祭りの場面で保育活動と相性が良い。
- 🎶 子守唄・守り子唄系:「五木の子守唄」「球磨の子守唄」など、静かで哀愁のある曲。乳児の入眠や、落ち着いた雰囲気をつくる場面に向いている。
- 🎶 わらべうた・手まり唄系:「あんたがたどこさ(肥後手まり唄)」など、子ども同士が遊びながら歌う曲。ボールやお手玉を使った身体活動と組み合わせやすい。
つまり「肥後民謡=大人の歌」ではありません。
保育で活用できる曲が複数存在しており、歌の背景を知ることで導入の幅が広がります。また、肥後民謡の多くは「民謡音階(レ・ミ・ソ・ラ・ド)」と呼ばれる5音音階で構成されており、シンプルで覚えやすいことが特徴です。この音階は日本人の耳にもなじみやすく、子どもが初めて聞いてもすぐに口ずさめることが多いです。
熊本県の民謡に関する詳細な曲目と解説は以下で確認できます。
熊本の民謡・童謡・わらべうた。歌い継がれる故郷のこころ(ラグネット)
肥後民謡「おてもやん」の歌詞の意味と保育での使い方
「おてもやん」は肥後民謡の中でもっとも有名な曲のひとつです。二拍子の軽快なリズムと、濃い熊本弁で書かれた歌詞が特徴で、幕末から明治にかけて熊本の花柳界で流行した酒盛り唄が起源とされています。
「おてもやん」とは「女中さん」や「あなた」に相当する熊本弁の愛称であり、歌全体は縁談を前にした女性の複雑な心境を生き生きと表現しています。「御亭(おてい)どんが菊石面(ぐじゃぺ)だるけん」という歌詞は「夫になる人が顔がごつごつしているから」という意味で、ユーモアたっぷりの表現です。これが保育現場で重要です。
歌詞の意味を知らずに歌うと、子どもたちが「なんの歌?」と感じてしまい、歌への愛着が生まれにくくなります。
一方で、歌詞を全部説明する必要はありません。保育で使うポイントは次のとおりです。
- 🟡 リズムと掛け声を楽しむ:「ピーチクパーチク」「いがいがどん」など擬音・擬態語が豊富で、子どもが真似しやすい。2〜3歳児から楽しめます。
- 🟡 体を動かしながら歌う:テンポが速く体が自然に動く曲なので、盆踊りや運動会のダンス導入曲として使いやすい。
- 🟡 熊本弁に触れる機会にする:「なんでこんな言葉を使うの?」という子どもの疑問から、地域文化・方言への興味が広がります。
おてもやんの歌詞の詳しい意味解説は以下で読めます。
肥後民謡「あんたがたどこさ」の歌詞と保育の遊び方
「あんたがたどこさ」は正式名称を「肥後手まり唄」といいます。保育士の多くが知っている曲ですが、じつは発祥地に「熊本説」と「埼玉県川越説」の2つがあることは、あまり知られていません。意外ですね。
「あんたがたどこさ 肥後さ 肥後どこさ 熊本さ 熊本どこさ せんばさ……」という歌詞の「せんば(船場)」が、現在の熊本市船場橋付近を指すとする説が通説です。しかし別の資料によれば、埼玉県川越市の仙波地区を指すとする説も根強く存在します。歌の起源が1つとは限らないということが、民謡研究の面白さです。
保育の場では、この曲を使った遊びが多様に展開できます。
- ⚽ ボールまりつき:「さ」のところでボールをついて一拍休む。3歳以上から楽しめ、リズム感と手の協調運動を育てます。
- 🎯 お手玉回し:輪になって座り、「さ」のところで隣にお手玉を渡す。順番待ちと社会性の発達につながります。
- 🔄 輪になってジャンプ:「さ」のところで左右に一歩ジャンプする。平衡感覚と空間認知を刺激します。
対象年齢は2歳児〜5歳児まで幅広く、やり方を変えるだけで同じ曲を何年間も使い続けられることが大きな魅力です。これは使えそうです。
あんたがたどこさの遊び方の詳しい解説は以下で確認できます。
肥後民謡「五木の子守唄」の歌詞が持つ深い歴史的背景
「五木の子守唄」は、熊本県球磨郡五木村に伝わる子守唄です。メロディーの哀愁深さと歌詞の重みが、ほかの肥後民謡と一線を画します。
この歌が生まれた背景には、厳しい時代の社会状況があります。山間部の貧しい家庭の娘たちが、口減らしのために人吉などの裕福な家に子守奉公として送り出され、奉公先の赤ちゃんをあやしながら自分自身の境遇を嘆いて歌ったのが起源とされています。「おどまぼんぎりぼんぎり」という歌詞の「おどま」は「私たち(子守娘)」を意味し、「ぼんぎり(盆限り)」はお盆の時期だけ里帰りできるという意味です。現在記録されているだけでも70種類以上の歌詞が存在することが、この歌の長い歴史を物語っています。
保育でこの歌を使う際に注意すべき点があります。
歌詞に「非人」という言葉が含まれているバージョンがあり、過去には放送を慎重に扱われた経緯があります。そのため保育現場で使うときは、広く知られているアレンジ版を選ぶのが原則です。
一方で保育上のメリットも明確です。ゆったりとしたメロディーと、「ラ→ミ→レ」を中心とした低音域のフレーズは、乳児(0〜1歳)の入眠を誘う効果があることが知られています。静かな昼寝の時間やお迎えまでの落ち着いた時間帯に、BGMとして流したり、保育士がハミングで歌ったりすることが実践されています。
五木の子守唄の詳しい歌詞解説と歴史背景は以下で確認できます。
肥後民謡の歌が子どもの発達に与える科学的な効果
民謡やわらべうたが子どもの発達に良いことは昔から言われてきましたが、近年は保育学・心理学の観点から研究結果が蓄積されています。名古屋短期大学保育科の山下直樹教授(臨床心理士・公認心理師)は、10,000人以上の子どもと向き合った実践をもとに、わらべうた・民謡遊びが子どもの「4つの感覚」を育むと指摘しています。
具体的には以下の4つです。
- 👋 触覚:抱っこ・くすぐり・膝乗せなどを伴う歌遊びを通じて、親子・保育士との安心感と信頼関係を育てます。
- 🌿 生命感覚:歌遊びを日課にすることで生活リズムが整い、自律神経の安定につながります。入眠を誘う歌もこの感覚を刺激します。
- 🏃 運動感覚:手を使ったまりつき・お手玉・ジャンプを伴う遊びで、自分の体の大きさや動かし方への意識が育ちます。
- ⚖️ 平衡感覚:揺れる・回る動作を含む歌遊びを通じて、空間における自分の位置を認識する力が磨かれます。
さらに、わらべうたや民謡の歌詞には数の数え方・言葉遊び・繰り返し表現が多く含まれているため、言語発達にも効果が期待されています。繰り返し歌うことで語彙が増え、発語を促す効果も報告されています。
肥後民謡はリズムが明確で、音域が狭く歌いやすいものが多いです。これが基本です。
特に「あんたがたどこさ」は2音〜3音のシンプルな音型が繰り返されるため、1歳後半から声真似が始まる時期の子どもにも取り入れやすいです。保育士が1人で大勢に対して一斉に歌うよりも、1〜3人と個別に歌い遊ぶほうが、情緒・心身の発達に与える効果が高いとされています。場所も道具も不要なので、すき間時間にすぐ実践できます。
わらべうたの発達効果に関する専門的な解説は以下で読めます。
「わらべうた」が子どもの発達を左右する!保育学・心理学的視点からの効果(マイナビ保育士)
保育士が知っておくべき肥後民謡の歌を現場に取り入れる独自視点
ここまで代表的な肥後民謡を紹介してきましたが、保育現場でよく見落とされているポイントがあります。それは「歌を”正確に歌う”ことよりも、歌を”ともに楽しむ関係”を作ること」です。
民謡は地域や伝承者によって歌詞・メロディー・テンポが微妙に異なります。厳密なルールがなく、環境や状況に合わせて自由に変えてよいものがほとんどです。保育士自身が「正しく歌えているか不安」と感じてスマートフォンで音源を流してしまうと、歌の場面でのスキンシップや声の温かみが失われます。これは損失です。
実際、子育て支援センターや保育園で保護者向けのわらべうた指導を行う山下直樹教授も「スマホで聞かせてしまう保護者が多いが、それでは子どもとの触れ合いが失われる」と警告しています。歌が下手でもかまいません。保育士の生の声で歌うこと自体に意味があります。
また、肥後民謡の中には保育士自身が「知らなかった」と感じる曲も多くあります。
- 🎵 「牛深ハイヤ節」:江戸時代から熊本・天草の牛深港に伝わる民謡で、全国40か所以上に派生した「ハイヤ系民謡のルーツ」です。リズムが明快で、音頭として運動会や発表会でも使いやすい。
- 🎵 「ポンポコニャ」:軽快なリズムと繰り返しの歌詞が特徴で、幼児が踊りながら楽しめます。地名や自然の描写が含まれており、熊本の風景を想像しながら歌うのに向いています。
- 🎵 「キンキラキン」:お祭りのような雰囲気があり、掛け声が多く含まれているため、子どもが参加しやすい曲です。
保育活動に民謡を取り入れる際、最初から「完璧に教える」ことを目指す必要はありません。まずは保育士自身がメロディーを口ずさんでみることから始めるのがおすすめです。子どもは大人の「楽しそうにしている雰囲気」を敏感に感じ取ります。雰囲気が先です。
民謡という枠を超えて、地域の伝統文化に触れることは、保育所保育指針(平成29年告示)の「文化的な背景への理解」という視点からも意義があります。毎日の保育の中で少しずつ取り入れることで、子どもたちの感受性と文化的な土台が育まれていきます。
肥後民謡を含む熊本の伝承芸能については以下で確認できます。
牛深ハイヤ節|くまもと伝承芸能情報サイト(熊本県演劇協会)

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