少年のためのクラヴィーア曲集と歌の深い関係

少年のためのクラヴィーア曲集と歌を保育士が知ると得する活用法

この曲集を「ピアノ練習用」としか見ていないと、子どもの情操教育で大きなチャンスを逃します。

この記事でわかること
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曲集の成立と「歌」との深いつながり

シューマンが1848年に娘マリーへの贈り物として書き始めたこの曲集には、「狩人の歌」「春の歌」など歌と直結した標題曲が43曲収録されています。

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保育現場で使える歌タイトル曲の選び方

第一部18曲には「歌」「ハミング」「民謡」といった言葉がタイトルに含まれる曲が複数あり、子どもに歌いながら弾いて聴かせる教材として機能します。

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シューマンが楽譜に残した「音楽的家訓」の教育的メッセージ

第2版には「音楽的家訓と処世訓」という付録が添えられており、保育士が子どもへの音楽指導姿勢を見直すヒントがたくさん詰まっています。

少年のためのクラヴィーア曲集とは何か:成立背景と「歌」の関係

 

ロベルト・シューマン(1810〜1856)が1848年に書き上げた《ユーゲントアルバム(少年のためのクラヴィーア曲集)》Op.68は、単なるピアノ練習曲集ではありません。もともとは1848年9月1日、長女マリーの7歳の誕生日の贈り物として書き始めた数曲が発端でした。それが「クリスマスアルバム」「子供たちのためのクリスマスのアルバム」と発展し、最終的に全43曲からなる大きな曲集になりました。

つまり、この曲集は「子どもへの愛」がそのまま音符に変わったものです。

全43曲のうち、「歌」「ハミング」「民謡」という言葉がタイトルについている曲だけで7曲以上あります。具体的には「狩人の歌(第7番)」「小さな民謡(第9番)」「刈入れ人の歌(第18番)」「輪唱歌(第22番)」「カノン風の歌(第27番)」「収穫の歌(第24番)」「北欧の歌(第41番)」「大みそかの歌(第43番)」などがそれにあたります。これほどの数の曲が「歌」と名づけられているのは、シューマンが「ピアノで弾くことと、声で歌うことは同じだ」という信念を持っていたからにほかなりません。

「ハミング(第3番)」の解説にも「歌うことと弾くことは同じである」というシューマンの意図が明確に込められています。これが重要なポイントです。

保育士がこの曲集を理解すると、ピアノのレパートリーが広がるだけでなく、子どもに聴かせる曲選びにも応用できます。音楽は技術だけではなく、聴く人の心に働きかけるものです。

ピティナ・ピアノ曲事典:シューマン「ユーゲントアルバム Op.68」全曲解説と各曲の教育的意義について詳しく掲載されています

少年のためのクラヴィーア曲集の「歌」系タイトル曲一覧と保育活用ポイント

保育の現場で活かしやすい曲を整理するため、歌と関連するタイトルを持つ曲を以下にまとめます。

番号 曲名(日本語) 特徴 保育での活用ヒント
第3番 ハミング(はなうた) 右手・左手で旋律と伴奏を弾き分ける 弾きながら実際にハミングして、子どもに「音楽は歌と同じ」と伝える場面に
第7番 狩人の歌 6/8拍子、ホルンを模したユニゾン 森や動物への興味を引き出す絵本読み聞かせのBGMとして
第9番 小さな民謡 短調→長調への転換、哀愁ある旋律 感情の違い(明るい・悲しい)を子どもに説明するときの音楽例として
第15番 春の歌 ホ長調、付点リズム、歌曲のような旋律 春の製作活動や季節の歌と組み合わせて流すBGMに最適
第18番 刈入れ人の歌 素朴な旋律、秋の情景 収穫・実りの秋をテーマにした保育活動のBGMとして
第24番 収穫の歌 6/8拍子、イ長調、合唱のような雰囲気 秋の遠足やお芋掘りの前後に流すと雰囲気が出る
第43番 大みそかの歌 締めくくりにふさわしい厳かな旋律 年末の発表会や1年間を振り返る保護者向けのBGMとして

これが基本です。

こうして並べると、この曲集が季節や行事を網羅していることが一目でわかります。春の製作活動に「春の歌」、秋の収穫行事に「収穫の歌」、年末行事に「大みそかの歌」と、保育のカレンダーに沿って1年を通じて使えます。特に「春の歌(第15番)」は「非常に美しい旋律は歌詞をつければそのまま歌曲になりそう」と解説されているほどの歌心にあふれた一曲です。

楽譜の入手は比較的簡単です。音楽之友社や全音楽譜出版社から出版されており、1,000〜2,000円程度で購入できます。また、日本が誇るクラシック楽譜印刷サービスでも1曲単位でダウンロードできます。

音楽之友社:シューマン「こどものためのアルバム Op.68」楽譜ページ。初級から中級向け43曲を収録した標準楽譜として保育養成校でも広く使われています

少年のためのクラヴィーア曲集が持つ情操教育としての深み:保育士が見落としがちな視点

多くの保育士がこの曲集を「ピアノの練習教材」として見ています。しかし実は、この曲集はシューマン自身が「音楽技術を教えるためだけに書いたのではない」と明言しています。

「これらの曲をかいている時ほど音楽的に自分の気持ちがのっていたときはありません」というシューマン自身の言葉が残っています。感情がこもっているということです。

京都女子大学の土居知子教授による研究(「R.シューマン《ユーゲントアルバム》Op. 68をめぐる一考察」)では、この曲集が「季節の移ろい、自然の変化、行事・慣習、童話にでてくるような場面描写など、幼い子どもでも理解できる『音楽による一冊の絵本』とも言い換えられる」と指摘されています。これは保育士にとって非常に重要な視点です。

具体的に情操教育の観点から曲集を分析すると、以下の5つの要素が含まれています。

  • 🌸 季節・行事・慣習:「春の歌」「サンタクロース」「大みそかの歌」など、子どもが生活の中で経験する行事が音楽で描かれている
  • 📖 物語・文学的要素:「兵士の行進」「楽しき農夫」「朝の散歩をする子供」など、情景を想像させる標題曲が豊富
  • 🎵 音楽用語・形式の学習:「メロディー」「コラール」「フーガ」など、音楽の基礎用語がそのままタイトルになっている
  • 🕺 民謡・踊り:「シチリアーナ」「田舎風の歌」「北欧の歌」など、異文化への入り口になる曲が収録されている
  • 💧 感情の表現:「あわれな孤児」「はじめての悲しみ」など、さまざまな感情を音楽で学べる

保育士が子どもに「今日は秋の歌を弾きます。どんな場面が浮かびますか?」と問いかけながら「刈入れ人の歌」を弾いて聴かせるだけで、想像力・感受性・語彙力といった非認知能力の刺激につながります。これは使えそうです。

京都女子大学学術リポジトリ:シューマン《ユーゲントアルバム》Op.68に関する包括的な教育的考察。情操教育との関連について詳しく論じられています

少年のためのクラヴィーア曲集の難易度と保育士が練習で押さえるべき曲の選び方

「難しそう」と思って手が出ない保育士は多いでしょう。しかしこの曲集、第一部(第1〜18番)は初級〜初中級レベルで構成されています。

PTNAピアノコンペティションでの難易度表示では、第1番「メロディー」が難易度9(初級上)、第3番「ハミング」が難易度9〜10程度、第10番「楽しき農夫」が難易度10〜11、第16番「はじめての悲しみ」が難易度12(初中級)程度とされています。保育士試験のピアノ実技でよく求められる「バイエル修了程度」のレベルであれば、第一部の前半(第1〜10番程度)は十分に取り組めます。

段階的な練習ルートとして次の順序がおすすめです。

  • 🟢 まず取り組む曲:第1番「メロディー」(両手のバランスを学ぶ基礎)、第2番「兵士の行進」(付点リズムの練習)、第3番「ハミング」(旋律と伴奏の弾き分け)
  • 🟡 次のステップ:第7番「狩人の歌」(6/8拍子への慣れ)、第9番「小さな民謡」(短調の表情)、第10番「楽しき農夫」(左手にメロディーが来る経験)
  • 🔴 目標の曲:第15番「春の歌」(歌曲的な美しいメロディー)、第16番「はじめての悲しみ」(感情表現の幅を広げる)、第18番「刈入れ人の歌」(転調感覚)

第一部の最後の曲(第18番)まで弾けるようになれば、保育現場で「BGM演奏」として十分活用できるレベルです。1曲あたりの長さは多くが1〜2分以内と短いため、忙しい保育士でも隙間時間に少しずつ練習しやすい点も大きなメリットです。

練習に際して便利なのが、YouTubeでピティナ(全日本ピアノ指導者協会)公式チャンネルが公開している各曲の模範演奏動画です。どの曲も無料で参照できます。

ピティナ・ピアノ曲事典:シューマン作曲家ページ。各曲の演奏動画・難易度・解説が一覧で確認でき、練習曲選びの参考になります

少年のためのクラヴィーア曲集に込められた「音楽的家訓」と保育士への応用

この曲集にはもう一つ、あまり知られていない特徴があります。それが第2版(1850年)から付録として加えられた「音楽的家訓と処世訓(Musikalische Haus- und Lebensregeln)」です。シューマンが創刊した音楽雑誌で発表したこの格言集は、子どもに伝えたい音楽への向き合い方が短い言葉で書かれています。

代表的な格言をいくつか挙げると次の通りです。

  • 🎧「耳を養うことが、いちばん大切です。早くから調性と音を知るように心がけなさい。鐘、窓ガラス、郭公——それらがどんな音をだしているかを聞きわけなさい」
  • 🎶「やさしい曲を、上手に、美しく弾くように努力しなさい。難しい曲をいい加減に弾くよりはずっとましです」
  • 🤝「二重奏・三重奏など、他の人といっしょに演奏する機会を逃がさないようにしなさい。それはあなたの演奏を流ちょうに、活発にしてくれます。ときどき歌い手の伴奏もやりなさい」
  • 🌍「音楽の歴史の勉強は、様々な時代の傑作をたくさん聞くことによって支えられ、うぬぼれと虚栄心をいちばん早く直してくれるでしょう」

これらは保育士にとっても有益なメッセージです。

特に「耳を養うことが大切」という格言は、保育の場で子どもが鳥の鳴き声や風の音に気づいたとき「それは何の音?」と問いかける習慣に直結します。また「やさしい曲を美しく弾く」という言葉は、難しい曲に挑戦するよりも子どもに届く演奏を磨くことの大切さを示しています。高い技術より、心を込めた演奏が重要ということです。

保育士として子どもの「音を聴く力」「想像力」「表現力」を伸ばしたいなら、シューマンのこの格言集を一読することをおすすめします。

音楽のお話:シューマンの「音楽的家訓と処世訓」日本語全文。子どもへの音楽教育に関するシューマン自身のメッセージを確認できます

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