南部牛追唄の歌を保育現場で活かすための基礎知識と実践
民謡の「南部牛追唄」は、かつて牛方(うしかた)が牛に語りかけながら歌ったものです。実は、この歌の囃子言葉(はやしことば)には、牛に対する「進め」「止まれ」を指示するリアルな掛け声がそのまま使われています。
南部牛追唄の歌が生まれた背景と400年の歴史
南部牛追唄は、岩手県(旧南部藩)の牛方たちが歌い継いできた民謡です。その歴史は400年以上にさかのぼり、南部氏が三戸を治めていた南部守行・南部利直の時代まで遡るといわれています。
かつて岩手県の山深い地域では、海沿いで産出された塩・海産物、あるいは内陸の米や鉄山の鉄を運ぶために馬よりも力強い牛が使われました。発祥の地とされるのは、岩手県下閉伊郡岩泉町です。牛方たちは荷物を積んだ牛を追いながら、沢内地方(現在の西和賀町)から盛岡まで約50km以上の道のりを歩いて往復しました。現代の道路でも徒歩11時間以上かかる距離で、牛の歩みを考えるとさらに長い旅です。東京ドームのある後楽園から東京の西の端・八王子市あたりまでの距離に相当します。その長旅の中で、孤独を紛らわし、牛を励ますために歌われたのがこの唄の原型でした。
一人の牛方は7〜8頭の牛をまとめ、数十頭の牛でキャラバン(隊列)を組んで山越えをしました。途中、海抜1,000メートル級の峠を越えることもあり、野宿をしながら食料や炊事用具まで持ち歩く過酷な仕事でした。そんな状況の中から生まれた唄だからこそ、聴く人の心に響くものがあります。
歌詞の一節「田舎なれども 南部の国は 西も東も 金の山(かねのやま)」には、当時砂金が多く産出されていたことへの誇りと郷土愛が込められています。つまり南部への誇りが原点です。南部牛追唄は沢内系と九戸系の2系統があり、現在一般に広く歌われているのは沢内系の歌を洗練させたものです。
参考:発祥の地・岩泉町と全国大会の詳細(岩手県観光ポータル「いわての旅」)
南部牛追唄の歌詞の意味と囃子言葉のひみつ
南部牛追唄の最大の特徴は、囃子言葉(はやしことば)に牛への実際の掛け声がそのまま使われていることです。これが分かると、歌の聞こえ方がまるで変わってきます。
「サーハーエー」「コーラサンサエー」といった囃子言葉のうち、「ハーラヨー」は牛方が使った牛への掛け声が転じたものとされています。また、別の節回しでは「キャラホー」は牛を進める合図、「パーパーパー」は静かに止まれ、「コーシッコー」は進めという意味の掛け声がそのまま節回しの中に組み込まれています。つまり、歌そのものが牛との会話だったということです。
代表的な歌詞を見てみましょう。
| 歌詞 | 意味・背景 |
|---|---|
| 田舎なれども 南部の国は 西も東も 金の山 | 砂金が豊富に産出された時代を誇らしく歌っている |
| 今度来るときゃ 持て来てたもれ 奥の深山の なぎの葉を | 「ナギ(梛)」は縁結び・厄除けの木。熊野比丘尼の唄が元になっている |
| 牛よ辛かろ 今ひと辛抱 辛抱する木に 金がなる | 牛をいたわる言葉。長距離の運搬中に牛を励ます歌詞 |
| 肥えた牛(べこ)コに 曲木の鞍コ 金の成る木を 横づけに | よく肥えた牛に荷を積む情景を描写した歌詞 |
「なぎの葉」の部分は特に興味深い歴史があります。ナギ(梛)は関東以南に生息するマキ科の常緑樹で、熊野神社の神木です。熊野巡礼者がお守りとして用いた「びくにうた」の一節が、はるか岩手の牛追い唄の中に取り込まれたとされています。南部藩の領土が広く、遠くまで文化が行き来していた証拠といえるでしょう。歌詞は七七七五調が基本です。
また、歌詞の中には「沢内三千石 お米の出どこ」「江刈葛巻 牛方の出どこ いつも春出て 秋もどる」など、牛方が通った沿道の地名が数多く登場します。春に出発して秋に戻る半年がかりの旅だったことが、歌詞からリアルに伝わってきます。
参考:歌詞の意味や囃子言葉についての詳しい解説(worldfolksong.com)
南部牛追唄(牛方節)歌詞の意味 – worldfolksong.com
南部牛追唄の歌の音楽的特徴「追分様式」と呂陰音階
南部牛追唄は、音楽的に見ると非常にユニークな構造を持っています。一般的な童謡や歌謡曲と根本的に異なる点が2つあります。
まず1つ目は「追分様式(おいわけようしき)」です。これは、自由なリズムで朗々と歌う形式のことを指します。4拍子や3拍子のように規則正しいビートではなく、歌い手が息を継ぐタイミングや感情に合わせて自由に伸ばしたり縮めたりするスタイルです。
- ✅ 追分様式の特徴:メリスマ的(1つの音節に多くの音符を当てる)な歌い方で、音域が比較的広い。歌詞が変わると旋律も変わりやすい有節歌曲の性質を持つ。
- ✅ 対比となる八木節様式:規則的なリズムで歌われる形式。南部牛追唄より歌いやすいとされる。
研究者である岩手大学の資料によると、南部牛追唄は追分様式に分類されるため、八木節様式よりも難易度が高い民謡とされています。小学校の音楽教育では、2〜3年生に配置することが適当とされているほどです。
2つ目は「呂陰音階(りょいんおんかい)」の使用です。南部牛追唄は元来「呂音階」で歌われていたものが、広く全国で歌われるようになる過程で「呂陰音階」に変化したと考えられています。呂陰音階は日本の民謡独特の音階で、西洋音楽とは異なる独特の哀愁を生み出します。ピアノの黒鍵だけで弾くペンタトニックスケールに近いイメージです。この音階が、聴く人に「懐かしさ」や「郷土の匂い」を感じさせる源になっています。
九州の「刈干切唄(かりほしきりうた)」や宮城の「お立ち酒」と旋律が似ていることが指摘されており、日本列島に共通する古い音楽的ルーツのつながりを感じさせます。面白い発見ですね。
参考:追分様式・呂陰音階についての学術解説(文化デジタルライブラリー・国立劇場)
拍節的なリズム・自由リズム – 文化デジタルライブラリー(国立劇場)
南部牛追唄の歌を保育で活かす導入の工夫と実践アイデア
2017年に改訂された保育所保育指針・幼稚園教育要領では、領域「環境」において「我が国や地域社会における様々な文化や伝統に親しむ」ことが明記されました。郷土の伝統音楽を保育に取り入れることは、今や公的な指針にも根拠があります。これは使えそうです。
ただし、南部牛追唄を幼児にそのまま「歌いましょう」と伝えても難しさを感じさせてしまうことがあります。追分様式の自由リズムは、慣れていない子どもにとってとっつきにくいからです。大切なのは「聴かせる」「物語を伝える」ところから始めることです。
以下のような段階的な導入ステップが有効です。
- 🐂 ステップ①:物語として話す……「むかし、岩手のお山では牛と一緒に荷物を運ぶお仕事をしていた人がいてね…」と、絵本を読むように語りかけます。牛への掛け声「キャラホー(進め)」「パーパーパー(止まれ)」を子どもたちと一緒に声に出してみると、身体で体感できます。
- 🎵 ステップ②:音楽として聴かせる……YouTubeなどで本物の演唱を流して聴かせます。「どんな気持ちの歌に聞こえる?」「牛さんは元気そう?疲れてそう?」と問いかけると、感性が育ちます。
- 🎤 ステップ③:囃子言葉だけを真似る……「サーハーエー」「コーラサンサエー」などの囃子言葉は短く、リズムも単純です。難しい旋律全体を歌わなくても、囃子言葉だけ真似ることで参加感が生まれます。
- 🖼️ ステップ④:絵や体を使って表現する……牛が荷物を背負って山を越える場面を絵に描く、あるいは「牛方と牛」役に分かれてごっこ遊びにつなげるのも効果的です。
岩手県出身以外の保育士でも活用できる点は、この曲が「働くことの大切さ」「動物への思いやり」「旅の情景」という、子どもが想像を膨らませやすいテーマを持っていることです。民謡を使った保育活動を設定する際は、曲の背景をひと言添えるだけで子どもの理解が深まります。
参考:郷土の伝統音楽と子どもの音楽的成長に関する研究論文(甲南女子大学)
子どもの音楽的成長のための保育・教育実践 – CORE(甲南女子大学)
南部牛追唄全国大会と現在の継承活動を保育士が知るメリット
南部牛追唄は現在も盛んに継承活動が行われており、毎年9月の最終週に岩手県岩泉町で「南部牛追唄全国大会」が開催されています。2025年は第37回大会が9月28日(日)に岩泉町民会館大ホールで開催されました。大会観覧は無料です。
大会の部門構成を見ると、一般の部(定員60人)・70歳以上の部(定員40人)・年少者の部(定員20人)の3部門があり、中学生以下の参加料は1,000円と手頃に設定されています。子どもから高齢者まで参加できる仕組みが、文化継承の幅広さを示しています。
岩手県出身の演歌歌手・福田こうへいさんがこの曲を得意としており、全国的な知名度向上に貢献しています。2021年の丑年には東京新聞でも「魂の一曲」として取り上げられました。メディアでの露出が増えたことで、岩手県以外の人にも親しみやすくなっています。これはいいことですね。
保育士がこうした「文化継承の現場」を知っておくと、保育活動に具体性が加わります。たとえば「今でもこの歌を競う大会があって、子どもも参加できるんだよ」と子どもに伝えるだけで、民謡が「生きている文化」として子どもの中に根付きやすくなります。
また、岩泉町と連携した保育施設や学校では、地元の民謡歌手やボランティアを招いての鑑賞会が行われる場合もあります。都市部の保育施設でも、YouTubeやCDを活用した「オンライン鑑賞」の形で本物の演唱を届けることができます。大会動画のアーカイブも積極的に活用してみてください。
参考:南部牛追唄全国大会の詳細(岩手放送・IBC)
参考:南部牛追唄の詳細解説(岩手大学教育学部研究論文)
郷土の音楽:岩手(南部牛追い歌) – 株式会社教育芸術社

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