我が祖国 モルダウ解説と保育の現場への活かし方

我が祖国 モルダウ解説:スメタナの傑作を場面・背景から読み解く

「モルダウ」という名前はドイツ語であり、チェコ語の正式名称は「ヴルタヴァ」です。

この記事でわかること
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モルダウとは何か?

スメタナが作曲した連作交響詩「我が祖国」第2曲の全体像と、「モルダウ(ドイツ語)」と「ヴルタヴァ(チェコ語)」二つの呼び名の背景を解説します。

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7つの場面を徹底解説

川の源流から森・狩り・村の婚礼・水の妖精・聖ヨハネの急流・プラハへの到達まで、音楽の場面ごとに楽器の使われ方を丁寧に解説します。

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保育の現場での活かし方

3歳の幼児でもモルダウのメロディーに夢中になった実例あり。子どもたちとの音楽体験に「モルダウ」をどう活用するかのアイデアを紹介します。

我が祖国「モルダウ」とは何か?スメタナと連作交響詩の基本を知ろう

スメタナ(Bedřich Smetana、1824〜1884)は、チェコ(ボヘミア)を代表する国民的作曲家です。彼が生きた時代、チェコはオーストリア・ハプスブルク帝国の支配下に置かれており、公用語はドイツ語でした。スメタナ自身、高齢になるまでチェコ語をほとんど話せなかったというのは歴史的な事実として残っています。そのような時代背景の中で、彼が祖国の自然・伝説・歴史を音楽で描いたのが連作交響詩「我が祖国(Má vlast)」です。

「我が祖国」は全部で6曲から構成されています。

曲番号 タイトル(チェコ語) 内容
第1曲 ヴィシェフラト(Vyšehrad) プラハの古城・チェコ建国の伝説
第2曲 ヴルタヴァ(Vltava)=モルダウ チェコ最大の川の流れを描写
第3曲 シャールカ(Šárka) 伝説の女戦士の物語
第4曲 ボヘミアの森と草原から チェコの雄大な自然
第5曲 ターボル(Tábor) フス派の英雄の歴史
第6曲 ブラニーク(Blaník) 伝説の英雄たちの眠りと復活

この中でもっとも広く演奏されているのが第2曲「ヴルタヴァ(モルダウ)」です。単独でも演奏されることが多く、中学校の音楽鑑賞教材としても長く使われてきました。モルダウという名前はドイツ語であり、スメタナは本来チェコ語の「ヴルタヴァ」と命名しましたが、当時の支配言語の影響で長年「モルダウ」表記が一般的でした。これはチェコ語の使用が抑圧されていた歴史の名残です。意外ですね。

チェコ語読みの「ヴルタヴァ」と「モルダウ」は、どちらもゲルマン祖語の「野生の水(wilt ahwa)」に由来すると考えられています。チェコ国内ではヴルタヴァ川はチェコ最長の川であり、チェコ南部の山間を源流として北に流れ、プラハ市中を通り、最終的にエルベ川(チェコ語でラベ川)に合流します。全長は約430kmで、日本の「木曽川」(全長229km)のほぼ2倍にあたります。

参考:チェコ国民楽派の全体像と「我が祖国」の概要については、早稲田大学交響楽団による詳細な楽曲解説が参考になります。

スメタナ / 連作交響詩「我が祖国」全曲解説 -1 概要 | 早稲田大学交響楽団

我が祖国「モルダウ」の作曲背景:耳が聞こえないまま生み出した傑作

「モルダウ」を語るとき、その作曲時のスメタナの状況を知ることは避けて通れません。これは読者に驚きを与える事実です。

スメタナは1874年、指揮者として絶頂期にあったとき、梅毒の影響によって急激に聴力を失い始めました。わずか4か月ほどで完全な聾状態に陥ったとされています。「モルダウ」はその混乱と絶望の時期に作曲されました。つまりあの美しい川の流れの音楽は、作曲者自身には「音」として一切聴こえていなかったのです。これは基本です。

同じく聴力を失いながら傑作を生み出した作曲家としてはベートーヴェンが有名ですが、ベートーヴェンの場合は20代後半から徐々に悪化したのに対し、スメタナは50歳直前に突然失聴しました。音楽の専門家によれば、スメタナの失聴の様相は「最も悲劇的」なもののひとつと評されています(三重大学の研究より)。

「我が祖国」の全曲初演は1882年にプラハで行われ、大成功を収めました。しかし会場を埋め尽くした聴衆の拍手や感動の声を、スメタナ自身は一切耳にすることができなかったのです。これが条件です。

それでも彼はチェコへの愛国心と音楽への情熱によって作曲を続けました。「モルダウ」のテーマはスメタナが0から作ったメロディーではなく、チェコ人なら誰でも知っている童謡「Kočka leze dírou(コチカレゼディーロウ)」を短調にアレンジして用いています。この童謡は欧州各地の民謡と旋律的なつながりがあり、日本では「こぎつね」というドイツ民謡、また現在のイスラエル国歌とも類似性があると指摘されています。

5月12日はスメタナの命日であり、毎年この日にチェコ最大の音楽祭「プラハの春」が開幕します。そしてその初日には必ず「我が祖国」全6曲が演奏されることが慣例となっています。チェコの人々にとって「我が祖国」は単なるクラシック音楽を超えた「心のふるさと」なのです。

参考:スメタナの失聴とその音楽への影響について、学術的な視点からまとめられています。

スメタナの聴覚障害と絵の謎(愛知大学)

我が祖国「モルダウ」の場面ごと解説:7つの情景を音楽で読み解く

「モルダウ」の最大の特徴は、川の流れに沿った7つの場面で構成されていることです。これが原則です。スメタナ自身が楽譜の中に言葉でのコメントを書き添えており、これは「我が祖国」全6曲の中で「モルダウ」だけに施された特別な工夫です。

以下、7つの場面を順に見ていきましょう。

① 2つの源流(冷たい流れ・温かい流れ)

曲はフルートによる上行音型で静かに始まります。これが第1の源流。続いてクラリネットが下行音型で第2の源流を表します。スメタナの注記によれば、一方は「冷たく」、もう一方は「温かい」支流です。ハープと弦楽器のピッチカート(はじいて弾く奏法)が水の滴るきらめきを表現しています。徐々に音が重なり合い、川の流れが作られていく様子がリアルに感じられます。

② モルダウのテーマ(メインテーマ)

弦楽器が主役になり、誰もが知っているあの有名なメロディーが現れます。ホ短調の哀愁あるテーマです。実はこれが童謡を短調にアレンジしたものだと聞くと、少し聴こえ方が変わるかもしれません。スメタナはこのテーマに細かくクレッシェンド(だんだん大きく)やデクレッシェンド(だんだん小さく)を記していて、こだわりの強さが楽譜から伝わってきます。

③ 森の狩猟

テーマが鳴り響いたのち、視点がモルダウ川の岸辺に移り、森での狩猟の様子が描かれます。ホルンのファンファーレが勇ましく鳴り響きます。ホルンという楽器はもともと狩猟で使われた「角笛」が起源であるため、この場面にぴったりの楽器と言えます。ヨーロッパでは今もホルンは「森や狩り」のイメージと深く結びついています。

④ 農民の結婚式

川を下っていくと、次は村人たちが結婚式の踊りを楽しんでいる場面に切り替わります。2拍子・ト長調の軽快な音楽で、チェコ発祥の民族舞踊「ポルカ」の要素が取り入れられています。この場面では川の流れのテーマは姿を消し、祝いの踊りだけが音楽の中心となっています。農村の素朴で明るい雰囲気が伝わってくる場面です。

⑤ 月の光・水の精の踊り

祭りの賑わいが遠ざかると、夜が訪れます。ハープが幻想的な空気を演出し、弱音器をつけた弦楽器が透き通るような音色で水の精の踊りを表現します。ここで使われる調が変イ長調(♭6つ)と、それまでの調性から一気に転換されていて、雰囲気をガラッと変える効果を生み出しています。保育の現場でこの場面を子どもたちに聴かせると、「妖精が出てきた」「なんか怖い」など豊かな反応が返ってくることがあります。

⑥ 聖ヨハネの急流

穏やかな夜が明けて川が再び動き出したかと思うと、突然音楽が激しくなります。ティンパニが轟き、金管楽器が咆哮し、川が岩に激突する様子がリアルに描かれます。この「聖ヨハネの急流」には実在のモデルがあります。14世紀のボヘミアに実在した司祭「ネポムクのヨハネ」は、国王の怒りを買ってプラハのカレル橋から川に投げ込まれ、遺体が1か月後にこの急流付近で引き上げられました。後にカトリックの聖人として列聖されています。なお、この急流は20世紀に行われたダム建設によって人造湖に沈み、現在はもう存在しません。これは必須の知識です。

⑦ 大河の流れ・ヴィシェフラトの動機

急流を乗り越えた川は、ホ長調(長調)に転調して堂々たるテーマを奏でます。暗かったテーマが明るくなることで、川が大河としてプラハに入っていく壮大な感覚が生まれます。そしてクライマックスでは第1曲「ヴィシェフラト」のテーマが引用されます。プラハの古城ヴィシェフラトへの到達を音楽で表した場面であり、「我が祖国」全曲を通して聴くとさらに深い感動を覚えます。

参考:各場面の楽譜・音源つき解説は以下が参考になります。

名曲モルダウ(ブルタバ)の楽曲解説!(スメタナ:交響詩『我が祖国』)

保育士が知っておきたい「モルダウ」の音楽的特徴と聴かせ方のコツ

「モルダウ」が音楽教育の教材として長年選ばれ続けているのには理由があります。これは使えそうです。

まず、曲の中で描かれる情景が非常にはっきりしています。川の源流・狩り・結婚式・妖精・急流・大河と、場面の転換がわかりやすく、子どもでも「今はどんな場面か」をイメージしながら聴くことができます。また、使われる楽器が場面ごとに変わるため、「次はどんな音がする?」という期待感が生まれます。

音楽的にも、メロディーや和声進行が比較的わかりやすく、オーケストラ曲の中では聴きやすい部類に入ります。スメタナ自身が当時のチェコの聴衆に向けて「わかりやすく」作ることを意識したためとも言われています。

実際の保育の現場でも、3歳の子どもがモルダウのメロディーを自分で歌い始め、CDを車に乗せるようリクエストするほど夢中になったという体験談があります。クラシック音楽は「子どもには難しい」と思われがちですが、モルダウは場面の描写が豊かで旋律が印象的なため、幼児にも自然と馴染みやすい曲です。

保育士として子どもにモルダウを聴かせるときは、以下のような工夫が効果的です。

  • 🌊 川の流れのパートでは、手を波のように動かして流れを体で表現させる
  • 🦌 森の狩猟のパートでは、「何かが聞こえてきたね」と問いかけてホルンの音に注目させる
  • 💃 村の結婚式のパートでは、テンポに合わせて体を動かしたり手拍子をする
  • 🌙 水の精のパートでは、目をつぶって頭の中に浮かんだものを言葉にさせる
  • 🌊 急流のパートでは、音が大きくなったことに気づかせて感想を引き出す

また、モルダウのテーマを合唱曲・ピアノ編曲版として演奏したり、子どもに簡単なリコーダーやシロフォンで弾かせたりするのも一つの方法です。スメタナが用いたチェコの童謡がもとになっていることを話してあげると、「作曲家も子どもの頃知っていた曲があったんだ」という親しみが生まれます。

なお、音量の大きさには注意が必要です。急流のパートは特に大きな音が続くため、保育室での鑑賞時はボリュームを適切に調整した上で、子どもの様子を見ながら進めるようにしてください。

保育士の視点で深める「モルダウ」独自の読み方:音楽で感情を育てる

「モルダウ」を保育の現場で使う際、音楽の背景を少し深く知っておくと、子どもへの伝え方が豊かになります。これが基本です。

スメタナはチェコの独立運動にも加わった人物であり、耳が聞こえなくなるという深刻な体験を乗り越えてこの曲を完成させました。子どもたちに「作曲家スメタナさんはお耳が聞こえなくなったけど、それでも大好きな川の音楽を作り続けたんだよ」と伝えることで、諦めない心・好きなことへの情熱というメッセージを音楽を通して届けることができます。

また、「モルダウ」は川という身近な存在をテーマにしています。保育士として日頃から自然体験を大切にしているなら、川の水の音・森の静けさ・夜の空気感など、日常生活の中で子どもが体験した感覚を音楽と結びつけることができます。「川に行ったとき、どんな音がしてた?」という問いかけからモルダウを聴かせる導入も、子どもの想像力をグッと引き出す効果的な方法です。

モルダウのメインテーマはホ短調(短調)で哀愁を帯びていますが、クライマックスではホ長調(長調)に転調して明るく輝かしい音になります。短調と長調の「聴こえ方の違い」を、子どもに体感させる教材としても非常に優れています。「最初の曲と最後の曲、どっちが明るい感じがする?」という問いかけだけで、子どもは音楽の変化を自分の感覚で捉え始めます。

音楽を「正解を教える」のではなく「自分の感覚で感じる」体験として提供できるのが、モルダウの大きな強みです。感受性・想像力・表現力を育てたい保育の現場において、「我が祖国」モルダウはこれ以上ないほど豊かな素材と言えます。

参考:幼児がモルダウに夢中になった実体験と保護者の視点からのレポートです。

スメタナ交響詩 モルダウに幼児が夢中! | 音楽倉庫@Otomi

参考:「モルダウ」の各場面の解説と鑑賞教材としての活用法(元音楽教員による詳細解説)。

【大人のための中学音楽】名曲「モルダウ」で描かれたチェコの風景を徹底解剖!元音楽教員