保育現場の課題と保育士が知るべき構造的な問題
給与が10.7%上がったのに、あなたの手取りは変わっていませんか?
保育現場の課題①:人材不足が止まらない本当の理由
こども家庭庁が2025年8月に公表した調査報告書によると、保育施設の80.3%が「保育士の人材不足を感じている」と回答しています。これは単純な求人不足の話ではありません。構造的な問題が積み重なった結果です。
保育士の有効求人倍率は、全職種の平均と比べて2倍以上の水準で高止まりしています。求人数に対して応じてくれる保育士が根本的に足りていない状態が続いているということですね。
重要なのは「資格保持者の数」と「実際に働く人の数」の乖離です。厚生労働省のデータによれば、2021年時点で保育士の登録者数は約167万人に達しているのに対し、実際に保育施設で働いている保育士は約65万人前後です。つまり、登録者の約60%にあたる約107万人が「潜在保育士」として現場の外にいます。
これだけの人数がいるのに戻ってこない。それが最大の謎であり、課題の核心です。
厚生労働省の調査では、潜在保育士が現場に戻らない理由として「給与が低い」「仕事量が多い」「責任が重い割に評価されない」の3点が繰り返し挙がっています。一度離れた人が「もう戻れない」と感じる環境が変わっていない限り、登録者数がいくら増えても人手不足は解消されません。
さらに深刻なのは、若手の早期離職が続いていることです。経験年数2年未満の常勤保育士が全体の15.5%を占め、2〜4年未満が13.3%と続きます。つまり全体の約3割近くが経験4年以内という計算になります。ベテランが育ちにくく、新人が辞め続ける循環が止まっていません。
保育現場の課題②:配置基準と保育士の労働環境の実態
4歳・5歳児のクラスで、保育士1人が子ども25人を担当するのが国の基準です。この数字は2023年にようやく「30人から25人」へと見直されましたが、実は4〜5歳児については戦後の保育環境整備期からほとんど変わっていなかった基準です。約75年ぶりの改定でした。
厳しいところですね。
1歳児については、2025年度から「6対1」を維持しながら、5対1以上の配置を行う施設に加算を出す仕組みが導入されました。ただし、これはあくまで「手厚く配置した分だけ後から補填する」という制度です。先に人を確保できなければ加算も受け取れないため、人材不足の現場には恩恵が届きにくい構造になっています。
労働環境の話をするとき、「残業時間が少ない」と思われがちな保育士の実態も見落とせません。厚生労働省の「令和5年度 毎月勤労統計調査」では保育士の平均残業時間は月3時間と出ています。しかし、この数字には「持ち帰り残業」が含まれていません。
別の調査では、保育士の約70%が何らかの持ち帰り仕事をしており、月平均10時間以上のサービス残業をしているという結果も報告されています。指導案の作成、連絡帳の記入、行事の準備、壁面装飾の制作など、こういった作業は保育時間内に終わらないことがほとんどです。
月10時間のサービス残業が条件です。
時給換算で考えると、月10時間の無償労働は年間120時間に相当します。時給1,500円で換算すると年間18万円分の労働が対価なしに提供されている計算になります。これが「割に合わない」と感じる根拠の一つとなっています。
精神的な負担も無視できません。子どもの安全を守る緊張感は常時続き、保護者対応では予期せぬクレームも発生します。東京都の調査によると、保育士の退職理由として「職場の人間関係」が33.5%で最多、続いて「給与が安い(61.6%)」「仕事量が多い(54%)」が主な理由として挙がっています(東京都保育士実態調査)。
【2025年最新】保育士の配置基準とは?R7年度の1歳児配置改善の詳細(保育士人材バンク)
保育現場の課題③:給与・処遇改善が現場に届かない構造
2025年度、国は保育士の人件費を過去最大となる10.7%引き上げました。しかし、保育士を対象にした調査では52.4%が「処遇改善を実感できていない」と回答しています。つまり、半数以上の保育士にとって、国の施策は「画面の向こうの話」になっています。
なぜ届かないのでしょうか?
仕組みを整理すると、国が「公定価格」を引き上げ → 自治体を通じて各保育園に補助金が入る → 園が保育士の給与に反映させる、という流れです。問題は、この「園が反映させる」という部分です。補助金を受け取った園が、そのまま人件費に充てるかどうかは園の裁量に委ねられている部分が大きく、確実に個々の保育士の手取りに反映される保証がありません。
「実感なし」が半数というのが原則です。
2025年度から処遇改善加算制度の一本化も行われ、手当の仕組みは整理されました。しかし複雑な制度設計のため、自分がどの加算の対象か把握していない保育士も多く存在します。自分の給与明細に「処遇改善加算」が明記されているかどうか確認することが、まず最初にできる行動です。
さらに、2026年4月からは5.3%の追加引き上げが決定しており、1人あたり年間約20万円の改善が見込まれると発表されています。ただし、これも同じ「園経由」の流れで届くため、制度の理解と、勤務先への確認が重要になってきます。
また、2025年度から保育施設への「給与実態の公開義務化」が議論されており、「平均残業時間が少ない園」「有給取得率が高い園」などの情報が開示されやすくなる方向に進んでいます。転職・復職を検討する際にも、この情報が判断材料として使えるようになりそうです。
保育士の給与10.7%引き上げが現場に届かない実態(東京新聞すくすく):給与が上がらない現場の声と構造的背景
保育現場の課題④:ICT化の遅れが保育士の時間を奪っている
「ICT化を進めれば保育士の負担が減る」という話は、多くの保育士がどこかで耳にしているはずです。しかし現実には、全国の保育施設でICT導入が十分に進んでいるとは言えません。
こども家庭庁が公立保育所を対象に行った調査(2023年)では、ICT導入率は約36%という結果が出ています。私立を含めると全体で4〜5割程度という推計もありますが、令和8年度(2026年度)までに全施設100%導入を目指すという政府目標と比べると、まだ道半ばです。
これは使えそうです。
ICT導入の効果は数字で示されています。厚生労働省の調査では、日誌や連絡事項の省力化でICT導入前と比べて4割程度の業務時間削減効果があったと報告されています。保育士が毎日1時間を書類作業に費やしているとすれば、24分が丸ごと空く計算です。月換算で約8時間、これが子どもと向き合う時間や、休憩時間として使えるようになる可能性があります。
導入が進まない理由も明確です。「導入コストがかかる」「操作が不慣れな職員への研修が必要」「従来のやり方を変えたくない」といった声が現場から挙がっています。ただし、こども家庭庁や自治体が「保育所等におけるICT化推進等事業」として補助金を出しており、導入費用の大部分をカバーできる園も増えています。
導入されているのに「使いこなせていない」という問題も同様に重要です。連絡帳アプリや登降園管理システムが入っていても、併用で紙の記録が残っているケースは珍しくありません。ICT化の恩恵を受けるには、現場全体での運用定着が条件です。
令和8年度までにICT導入率100%へ(コドモン):保育ICT導入の政策背景と効果の詳細
ロボット・AI・ICT等を活用した保育士の業務負担軽減(厚生労働省):4割の業務時間削減効果のデータ元
保育現場の課題⑤:「2025年問題」後に保育士を待ち受けるリスク
保育士不足の深刻さばかりが報道されてきましたが、2025年以降は新しい脅威が浮上しています。少子化の影響で保育施設の利用児童数が減少に転じ、定員割れや閉園が加速するという「2025年問題」です。
逆説的な話ですが、これまでは「保育士が足りない」状況でした。しかしこれからは「保育園が余り始める」という局面が重なってきます。特に都市部以外の地方では、子どもの数の減少により施設の統合・閉園が現実のものとなりつつあります。
つまり「人が足りない」と「施設が余る」が同時進行するということです。
保育士にとって何がリスクになるか、具体的に整理しておきましょう。
- 🏫 勤務先の閉園・統合リスク:定員割れが続く園は経営が悪化し、閉園や他園への統合が起こります。自分の職場がなくなる可能性を意識する必要があります。
- 💸 給与水準の低下リスク:子ども一人ひとりに充てられる公定価格は子どもの数と連動します。定員割れが進むと、園全体の収入が減り、保育士の給与に影響が出ることがあります。
- 🔄 異動・配置転換のリスク:複数の園を運営する法人では、統廃合にともない勤務地や担当クラスが変わる可能性があります。
一方で、こうした環境変化はプラスに働く面もあります。子どもの数が減れば、1人の保育士が担当する子どもの比率が下がり、現場の余裕が生まれる可能性があります。また、生き残る施設は「選ばれる保育園」を目指して労働環境の改善を進めるため、保育士の待遇が改善されるケースも出てきます。
2026年度には「こども誰でも通園制度」の本格実施が予定されています。これは保育の必要性認定を受けていない子どもでも、一定時間保育施設を利用できるようにする制度です。利用者の多様化により、保育士の対応範囲や専門性の幅が一層求められるようになります。
一方で、保育士を対象にした調査では「こども誰でも通園制度」に半数以上が「不安」を感じており、最も必要な支援として「給与アップなどの処遇改善」が最多票を集めています(2026年1月調査)。
新しい制度が来るたびに保育士の役割は広がりますが、それに見合う処遇の改善が追いついているかが問われています。保育士にとって、変化を受け入れる姿勢と同時に、自分の権利や制度を正しく理解することが今後ますます重要になっていきます。
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