レッジョ・エミリア保育実践で変わる保育士の関わり方と現場の取り組み
保育士の多くが「子ども主体の保育」と聞いて、子どもを自由に遊ばせることだと思い込んでいますが、実はレッジョ・エミリアでは保育士の準備量が一般的な保育の3倍以上になるケースも珍しくありません。
レッジョ・エミリア保育実践の基本理念と「100の言葉」の意味
レッジョ・エミリア・アプローチは、北イタリアのレッジョ・エミリア市で第二次世界大戦後に生まれた幼児教育法です。戦後の廃墟の中、地域の農民や労働者が戦車をスクラップにして売った資金で学校を建てたという歴史的な出発点を持ちます。その後、教育家のローリス・マラグッツィがこのアプローチを体系化し、世界に広めていきました。
このアプローチの核心にあるのが、マラグッツィの詩「子どもたちの100の言葉」です。「子どもには100の言葉がある。100の手、100の思考、100の考え方、遊び方、話し方がある」というメッセージが込められており、子ども一人ひとりの表現方法は無限であるという理念を象徴しています。
つまり「子どもの可能性を奪わない」が原則です。
大人が「正解」を教えることで、子どもの100の可能性を1つに絞り込んでしまうリスクを、マラグッツィは強く警告していました。保育士として日々子どもと向き合うからこそ、この言葉の重みは深く刺さるのではないでしょうか。
このアプローチが世界的に注目されたきっかけは、1991年のNewsweek誌(米国版)の特集記事でした。同誌がレッジョ・エミリア市の幼児学校を「世界で最も前衛的な学校」として取り上げたことで、世界中の教育者の関心を集めることになりました。現在ではGoogleやDisneyの附属幼稚園にも導入されており、その教育効果の高さが世界規模で評価されています。
基本理念は3つの柱——「社会性」「時間」「子どもの権利」——で構成されています。
| 理念 | 内容 |
|---|---|
| 🤝 社会性 | 4〜5人のグループで対話しながら進めることで、協調性と自主性を育む |
| ⏰ 時間 | 時間割やカリキュラムを設けず、子どものペースで長期的に探求する |
| 🌱 子どもの権利 | 「試す権利」「黙る権利」「迷う権利」など、子どもの主体性を完全に尊重する |
保育士がこの3つを現場で体現することが、レッジョ実践の第一歩になります。
レッジョ・エミリア保育実践の中心「プロジェクト活動」のしくみ
レッジョ実践の根幹となるのが「プロジェクタツィオーネ(プロジェクト活動)」です。これは保育士が「今日はこれを作ります」と指示する活動とは根本的に異なります。子どもが日常の中で感じた「なぜ?」「どうして?」という疑問や興味を起点に、グループ全員で探求を深めていく長期的な活動です。
プロジェクト活動は通常4〜5人の小グループで行われます。テーマは子どもの興味から生まれるため、「雨」「影」「葉っぱの色」といった一見シンプルな題材が、数週間〜1年以上続く深い探求活動へと発展することもあります。
これは使えそうです。
千葉県船橋市の習志野台幼稚園では、「雨」をテーマにした活動の中で、ある男の子が絵具を使って「雨の動き方」を研究し始めました。筆を振って絵具を垂らす、立てた段ボールに絵具を流す——同じ「雨を描く」という活動でも、子どもたちは全員違う答えにたどり着いていたといいます。これがレッジョのアート活動の醍醐味です。
保育士の役割はあくまでも「環境を整える人」と「問いかける人」です。「これはどんな雨なの?」「次はどうなると思う?」と子どもの思考を広げる問いを投げかけることが、プロジェクトを豊かにする鍵になります。大切なのは「答えを教えない」ことではなく、「子ども自身が答えを発見する余白をつくること」です。
プロジェクト活動の進め方の流れを整理すると、以下のような形になります。
- 🔍 観察:子どもの日常の会話や行動から「興味の芽」を見つける
- 💬 対話:子どもと一緒に「なぜだろう?」を掘り下げていく
- 🎨 表現:アート・言葉・身体など100の方法で考えを形にする
- 📝 記録:ドキュメンテーションとして過程を残す
- 🔄 振り返り:子どもと記録を見ながら次のステップを考える
このサイクルを繰り返すことで、子どもの探求が深まっていくのです。
プロジェクト活動の具体例とメリット・デメリット(保育士ワーカー)
レッジョ・エミリア保育実践を支えるアトリエ環境と素材の選び方
レッジョ実践において、「環境は第三の教師」という表現がよく使われます。建物・部屋・素材のすべてが子どもにとって学びのきっかけになるよう設計されているのが、レッジョ環境の特徴です。
本国イタリアでは、施設の中心に「ピアッツァ(広場)」と呼ばれる開放的なオープンスペースがあり、そこから各教室と「アトリエ(創作の場)」へと空間がつながっています。アトリエには数百種類の素材が用意されており、木の葉・貝殻・動物の骨・金属パーツ・廃材・画材など、自然物から工業製品まで幅広く揃えられています。
意外ですね。
しかし、日本の保育士が「アトリエを作らなければ」と身構える必要はありません。大切なのは空間の豪華さではなく、子どもが「触ってみたい」「試してみたい」と感じる素材をどれだけ丁寧に用意できるかという視点です。
具体的な素材選びのポイントとして、以下を参考にしてください。
- 🍂 自然素材:どんぐり・木の実・石・貝殻・落ち葉・枝など(季節感も生まれる)
- ♻️ 廃材・生活素材:ティッシュ・段ボール・食品トレイ・ビニール袋・糸・ボタンなど
- 🖌️ 表現材料:絵具・色鉛筆・粘土・スポンジ・スタンプ素材など
- 💡 光・影の素材:懐中電灯・トレーシングペーパー・透明フィルムなど(光は探求のヒントになる)
素材が条件です。
素材はただ置くだけでなく、「美しく見えるように」配置することも重要とされています。レッジョでは、素材が美しく整えられていると子どもの審美眼が育まれ、触れてみたいという気持ちが自然と湧いてくると考えられているのです。たとえば木の実を色別に小さな器に分けて並べる、貝殻を大きさ順に並べるなど、整頓の方法自体が一つの環境構成になります。
日本の保育実践でも、アトリエリスタに相当する「美術専門スタッフ(CPC)」を配置して実践する園が増えています。しかし専門スタッフがいない現場でも、保育士が素材の選定と配置に少し意識を向けるだけで、子どもの活動の質は大きく変わります。
レッジョ・エミリア保育実践で欠かせないドキュメンテーションの作り方
レッジョ実践において保育士の仕事として最も大きな比重を占めるのが「ドキュメンテーション」です。完成した作品の記念写真を撮ることではありません。子どもが考え、悩み、発見し、表現する過程そのものを記録し、可視化することがドキュメンテーションの本質です。
「ドキュメンテーションは完成作品の写真ではない」が基本です。
具体的には、写真・動画・音声録音・文字メモなどを組み合わせて、子どもの活動の学びの軌跡を記録していきます。1人の保育士が記録係を担当し、子どもたちの対話や発見の瞬間、試行錯誤のプロセスをリアルタイムで残していきます。
ドキュメンテーションには3つの重要な役割があります。
- 👶 子ども自身の振り返り:廊下や教室に掲示することで、子どもが自分の学びを見直し、次の探求へとつなげられる
- 👨👩👧 保護者との共有:「今日何をしたか」だけでなく「子どもがどう考えたか」を保護者に届けられる
- 📊 保育の質の向上:保育士自身が記録を見直すことで、子どもの思考の流れを深く理解し、次の保育計画に活かせる
日本の保育現場でドキュメンテーションを始める際に多くの保育士がつまずくのは「文章が長くなりすぎる」という点です。ドキュメンテーションは論文ではありません。写真1〜2枚に、子どもの発言を1〜2文加えるだけでも立派なドキュメンテーションになります。まずは「子どもが何を言ったか」「どんな顔をしていたか」を記録することから始めれば十分です。
ドキュメンテーションを継続すると、保育士自身にも大きな変化が生まれます。「この子は虫が好きなんだ」という観察が「虫の種類の違いに気づいている」「触感の違いを言葉で表現しようとしている」という深い理解へと変わっていくのです。子どもの見方が変わるということですね。
ドキュメンテーション作成のポイントと保育への活用方法(マイナビ保育士)
レッジョ・エミリア保育実践に特別な資格は不要!日本の保育士が今すぐ始める方法
「レッジョ・エミリアを実践するには特別な資格が必要では?」と思っている保育士も多いかもしれません。しかし、実際にはレッジョ実践のために別途取得しなければならない資格は存在しません。通常の保育士資格・幼稚園教諭資格があれば、レッジョの理念を現場で実践することは十分可能です。
特別な資格は不要です。
もちろん、アトリエリスタ(美術専門スタッフ)については、美術大学の卒業者や専門の研修を受けた方が担当することが多いです。しかし保育士として「アトリエリスタ的な視点」を学ぶための研修・セミナーや、国内外の実践事例を学べる書籍も近年大幅に増えています。
日本の保育現場でレッジョを取り入れる際に大切なのは、「完全再現しようとしない」という姿勢です。本国イタリアのレッジョ・エミリア市の施設を完璧にコピーすることは、日本の保育条件の中では難しいのが現実です。重要なのはレッジョの「哲学・理念」を理解し、自園の環境や子どもたちの実態に合わせて柔軟に応用していくことです。
今すぐ取り組める小さな一歩を、3つにまとめました。
- 📸 ステップ1:スマートフォンで子どもの活動を記録する
今日から始められる最小単位のドキュメンテーション。子どもの「なぜ?」という表情や発言を写真+一言メモで残すだけでOK。 - 🍂 ステップ2:素材コーナーを1つ作る
廊下の棚や保育室の一角に、自然物や廃材素材をセットした「探求コーナー」を作る。子どもが自由に触れる場所を一つ用意するだけで変化が生まれる。 - 💬 ステップ3:「どうしてだろう?」の問いかけを増やす
「こうするんだよ」という指示を減らし、「どう思う?」「次はどうなると思う?」という問いかけに置き換えていく。言葉の習慣を変えることが保育の変化につながる。
習志野台幼稚園(千葉県船橋市)の事例では、理事長が「先生たち全員に反対された」ところから導入をスタートさせ、3年後には教職員全員がレッジョの楽しさを実感するようになったと報告されています。変化には時間がかかります。それが普通です。
また、日本レッジョ・エミリア協会(JIREA)など、国内でレッジョの学びを深められる団体やコミュニティも活用すると、孤立せずに実践を続けることができます。同じ志を持つ保育士とつながることで、現場での悩みを共有したり、アイデアをもらったりできる環境が生まれます。
日本レッジョ・エミリア協会(JIREA):アプローチの概要と学びの場について

子どもたちからの贈りもの: レッジョ・エミリアの哲学に基づく保育実践

