ホルスト惑星を解説:保育士が知るべき全曲ガイド
「木星」を子どもに聴かせても反応が薄いのは、曲の”キャラクター”を伝えていないからです。
ホルスト「惑星」の作曲背景と占星術のつながり
ホルスト(Gustav Holst, 1874〜1934)がこの組曲に着手したのは1914年、完成したのは1917年のことです。イギリスの作曲家であるホルストは、この時期に占星術に深くのめり込んでおり、「天文学(科学)」ではなく「占星術(神秘主義)」の視点から各惑星を描きました。つまり、この曲は宇宙の科学的な解説ではなく、人間の運命と感情を星に投影した作品です。
注目すべき点は、曲の配列が太陽からの距離順になっていないことです。水金地火木土天海——という理科的な並びではなく、占星術的な意味の流れで配置されています。第一次世界大戦を目前に控えた時代背景も色濃く反映されており、冒頭の「火星」には迫りくる恐怖のような不安感が漂います。
また、ホルストは腕の神経炎を患っていたため、「水星」を除く6曲のオーケストレーション(管弦楽編曲)を友人や弟子の助力によって完成させました。これは意外と知られていない事実です。つまり「惑星」は、ホルスト一人の手だけで完成した作品ではないということですね。
初演は1920年10月、バーミンガムで行われ大成功を収めます。しかしこの曲ばかりがもてはやされることを、ホルスト自身はやや苦々しく思っていたとも伝えられています。「フィンランディア」が代名詞となってしまったシベリウスと似た複雑な心境だったのではないでしょうか。
保育士として子どもたちにこの曲を紹介するとき、「宇宙の音楽」と説明するより「星にはそれぞれ性格がある、その性格をそのまま音楽にしたもの」と伝えるほうが、子どもたちは曲に感情移入しやすくなります。これが基本です。
ホルスト惑星の全7曲を解説:各曲の性格と聴きどころ
「惑星」は全7曲で構成されており、地球と冥王星(未発見だったため)は含まれていません。各曲には副題がつけられており、それが曲の”キャラクター”を端的に示しています。
- 🔴 第1曲「火星:戦争をもたらすもの」——5拍子のリズムが刻む緊張感が特徴。重くのしかかるような弦のオスティナートは、迫り来る恐怖を表現しています。
- 💛 第2曲「金星:平和をもたらすもの」——穏やかで優しい旋律。「火星」の後に配置されることで、静寂と平和のコントラストが際立ちます。
- 🩶 第3曲「水星:翼のある使者」——軽快で素早い動き。短い曲ですが、弦楽器と管楽器が縦横無尽に動き回り、知性と機敏さを感じさせます。
- 🟡 第4曲「木星:快楽をもたらすもの」——日本では平原綾香の「Jupiter」でおなじみ。壮大で明るいメロディが印象的で、全7曲の中でも最も親しみやすい一曲です。
- 🔵 第5曲「土星:老いをもたらすもの」——ゆっくりとした歩みのような旋律が、時間の経過と人生の重みを表します。ホルスト自身が最も気に入っていた曲とも言われています。
- ⚪ 第6曲「天王星:魔術師」——ユーモラスで不思議な雰囲気。ファゴットの低音から始まり、突然の爆発的なクライマックスが驚きをもたらします。
- 🌊 第7曲「海王星:神秘主義者」——女声合唱が舞台裏から聴こえ、最後はフェードアウトで終わります。1920年の初演当時、これは非常に革新的な手法でした。
全曲の演奏時間は約50〜55分です。東京から新大阪まで新幹線で移動する時間とほぼ同じ、と考えるとイメージしやすいでしょう。保育の場で使うなら、特に「木星」(約8分)や「金星」(約8分)が子どもたちの集中力に合った長さです。これが条件です。
【あそびのピアノ】組曲「惑星」全7曲の解説と各曲のポイントをまとめたページ。各曲の英語副題も確認できます。
「木星」だけじゃない——保育活動に使える惑星の曲選び
保育の現場でクラシックを活用するとき、「木星しか知らないから木星しか使えない」と思い込んでいる保育士は少なくありません。しかし「惑星」の全7曲には、保育のさまざまな場面に対応できる曲がそろっています。
たとえば、お昼寝のBGMには「金星(Venus)」が最適です。穏やかで音量の変化も少なく、子どもたちを穏やかな眠りに誘うのに向いています。一方、体を動かす表現活動には「火星(Mars)」の5拍子リズムが効果的で、子どもたちが自然に体を揺らしはじめることがあります。
「水星(Mercury)」は、その軽やかさから”お使いをする精”のような動きを表現するごっこ遊びに活用できます。音楽に合わせて忍者ごっこや妖精のまねをするだけで、音と体の関係を自然に学べます。これは使えそうです。
「海王星(Neptune)」のフェードアウトは、読み聞かせの締めくくりや、静かに活動を終える「おしまいの音楽」として独特の効果を発揮します。曲が消えるように終わるという感覚は、子どもたちにとっても不思議な体験になります。
「惑星」7曲それぞれのキャラクターを保育の文脈で整理しておくと、日常の保育計画にそのまま組み込めます。曲の「性格」を知ることが出発点です。
ホルスト惑星と保育現場——子どもへの伝え方と導入のコツ
クラシック音楽を子どもに「ただ聴かせる」だけでは、音楽的な感受性はなかなか育ちません。大切なのは、聴く前に「問いかけ」を用意しておくことです。
「この音楽は、どんな星の音だと思う?」「強い星?やさしい星?」——このような問いかけをしてから曲を流すだけで、子どもの集中力と感受性が格段に変わります。特に「火星」と「金星」を続けて聴かせると、その対比が鮮明でわかりやすく、子どもたちが自然と「こっちは怖い」「こっちは優しい」と反応するようになります。
星に名前とキャラクターを与えることも有効な手法です。「火星くんは戦争が好きな怖い星」「金星さんは平和をくれるやさしい星」というように、擬人化して紹介すると就学前の子どもでも感情的につながりやすくなります。絵本と組み合わせる方法も◎です。
保育士自身がピアノで一部を弾いて聴かせるのも、子どもたちの興味を引く有効な方法です。「木星」のメロディ部分(ゆったりした中間部)は難易度も比較的低く、練習すれば初中級レベルで弾けます。CDや音源だけでなく、「先生が弾いてくれた」という体験が子どもたちにとって忘れられない記憶になることがあります。
音楽活動の記録として、子どもたちが「どの惑星が好きか」を絵で描くワークをするのもおすすめです。保護者への発表の場でも喜ばれる活動になります。まず1曲から試してみましょう。
「惑星」が地球と冥王星を含まない理由——保育士が知ると差がつく豆知識
「惑星なのになぜ地球がないの?」——子どもや保護者からこう聞かれたとき、即答できる保育士はほとんどいません。これが差がつくポイントです。
答えはシンプルで、ホルストが「地球に住む人間」の視点から外の星を描いたためです。地球は「観察する側」であり、描く対象ではなかったということですね。占星術の観点でも、地球は特別な立場にあり、惑星の一つとしては扱われません。
また、冥王星は1930年に発見されており、「惑星」が作曲された1914〜1917年にはまだ存在が知られていませんでした。そのため含まれていないのは単純に「知らなかったから」です。現代では冥王星は惑星から準惑星に降格されているため、今後もホルストの「惑星」に追加される可能性はまずありません。
一部の作曲家はその後「冥王星」を補作として追加しています。イギリスの作曲家コリン・マシューズ(Colin Matthews)が2000年に「冥王星:若返らせるもの」を作曲し、ホルストの「惑星」に続けて演奏されることがあります。子どもたちに「続きがあるんだよ」と伝えると、音楽への興味がさらに広がります。
「地球がない理由」「冥王星がない理由」を知っているだけで、音楽活動の場での会話の質が変わります。知識が子どもの疑問に答える力になります。
【Wikipedia】組曲「惑星」の構成・作曲経緯・演奏史などを網羅。地球・冥王星が含まれない背景についても記載があります。

ホルスト:組曲《惑星》 (SHM-CD)

