海沼実作曲家と保育士
「みかんの花咲く丘」はたった30分で作曲されています。
海沼実作曲家の経歴と背景
海沼実には初代と三代目の2人がいます。wikipedia+1
初代・海沼實(みのる、旧字体で「實」)は1909年に長野県埴科郡松代町で誕生し、1971年に62歳で亡くなった童謡作曲家です。東京音楽大学を卒業後、1932年に同郷出身の作曲家・草川信に弟子入りして作曲活動を開始しました。1937年には東京都文京区音羽の護国寺で児童合唱団「音羽ゆりかご会」を創設し、童謡の創作と普及に尽力しました。weblio+3
戦争中、多くの音楽家が東京を離れて疎開する中、海沼實は毎日のようにNHKスタジオに通い童謡を放送し続けたことで知られています。この姿勢が戦後の日本人に癒しと希望の歌を届けることにつながりました。big+1
三代目・海沼実は1972年生まれで、初代の孫にあたります。幼少期から音羽ゆりかご会で童謡を歌唱し、明治大学では近世労働歌を研究、桐朋学園大学音楽学部で木村俊光に師事しました。現在は日本童謡学会理事長として童謡文化の研究・継承に取り組んでいます。j-n+3
海沼実作曲家の代表作品
「里の秋」は放送前日に急いで作られました。
初代・海沼實の最も有名な作品は「里の秋」と「みかんの花咲く丘」です。「里の秋」は1945年、NHKの番組で放送予定だった曲が用意できず、作詞家・斎藤信夫に「今週中に」と依頼して生まれました。斎藤は3番だけを書いてNHKに駆けつけ、海沼は川田正子に練習させてぶっつけ本番で放送したところ、電話が殺到する大ヒットとなりました。koushihaken.nikkansports+3
翌1946年には「みかんの花咲く丘」が誕生します。これもNHKラジオ「空の劇場」で川田正子に歌わせる曲が必要となり、作詞家・加藤省吾が昼休みの30分で歌詞を書き上げ、海沼は伊東行きの列車の中で作曲しました。海沼の頭に浮かんだのはヴェルディのオペラ「椿姫」の「乾杯の歌」だと言われています。yaenk.sakura.ne+1
つまり短時間で完成した作品です。
海沼實は未発表曲も含めて約3000曲の童謡を作曲し、2006年に文化庁が発表した「日本の歌100選」にも選ばれました。その他の代表作には「あの子はたあれ」「お猿のかごや」「蛙の笛」「夢のお馬車」などがあります。これらの多くは音羽ゆりかご会によって発表され、日本レコード大賞童謡賞も複数回受賞しています。uta-net+2
同志社女子大学の記事では「みかんの花咲く丘」誕生秘話の詳細が解説されています
海沼実作曲家と音羽ゆりかご会の活動
音羽ゆりかご会は現在も活動しています。
初代・海沼實が1937年に創設した音羽ゆりかご会は、現在も三代目・海沼実が会長を務めています。品川区戸越の本部を拠点に、文京区や目黒区などで教室を設けて活動を続けており、新作歌曲のCD化、テレビやラジオへの出演、国際的な児童音楽祭へのアジア地区代表としての参加など、日本の童謡を世界に広める取り組みを行っています。
初代・海沼實は音羽ゆりかご会のために多くのオリジナル曲を作曲しただけでなく、多くの童謡詩人を発掘しました。まず同郷の山上武夫を見出し、その後も斎藤信夫や加藤省吾といった作詞家とコンビを組んで数多くのヒット曲を生み出しました。1941年には関東児童唱歌コンクールに出場して入賞し、翌年には2位、さらに翌年には1位と2位を独占して完全優勝を果たしました。weblio+1
これは音楽教育の成果ですね。
三代目・海沼実は音楽教育家として、童謡は子供の情操教育のためのものであり、音楽のスキルを高めるだけでなく心を育む可能性があると述べています。童謡文化の継承を目指した講演活動も積極的に行っており、2024年には浜松でトーク&歌声イベントを開催しました。chunichi+1
音羽ゆりかご会の公式サイトでは、現在の活動内容や教室情報が確認できます
海沼実作曲家と保育現場での活用
多くの幼稚園で園歌として採用されています。
参考)教育方針・沿革 |【公式】杉並幼稚園|東京都杉並区阿佐ヶ谷に…
海沼實の作品は保育現場で長年活用されてきました。1965年には杉並幼稚園の40周年記念として、加藤省吾作詞・海沼実作曲による園歌が制作されました。このように、海沼實の童謡は幼稚園や保育園の園歌として採用されるケースが多く、子どもたちの日常生活に溶け込んでいます。koutoku+1
保育士養成課程でも海沼實の作品は重要な教材として扱われています。松本短期大学の幼児保育学科では、実践に役立つクオリティの高い音楽表現を目指す授業が行われており、保育士として即戦力となれる学生を育てることに力を入れています。
意外ですね。
保育現場における童謡の使用に関する研究では、「お猿のかごや」(山上武夫作詞・海沼実作曲)などが具体例として挙げられています。これらの作品は具体的な数字や固有名詞が含まれており、子どもたちがイメージしやすい内容になっています。海沼實の童謡は単なる音楽ではなく、子どもの心を育む教育的な役割を持っているということですね。chichi+1
音羽ゆりかご会の活動を通じて、保育士が童謡の背景や効果的な指導法を学ぶ機会も提供されています。武蔵野音楽大学卒業後に幼稚園で音楽専任として働き、退職後に音羽ゆりかご会で活動する教諭もいるなど、保育と童謡教育の接点は多岐にわたります。
参考)https://jmsme.org/papers/2017/3_taninaka_2017.pdf
豊岡短期大学の研究紀要では、保育現場における童謡の認識と使用傾向が詳しく分析されています
海沼実作曲家の作品から学べること
即興性と高いクオリティの両立が特徴です。
海沼實の作品制作の特徴は、短時間で高品質な作品を生み出す即興性にあります。「里の秋」も「みかんの花咲く丘」も、放送直前に急いで作られたにもかかわらず、全国的な大ヒットとなりました。用意周到に画策したものより、高いテンションを短期間に集中したものが一挙に成功することは良くあると指摘されています。dwc.doshisha+1
これは使えそうです。
海沼實の作品には、作詞家との密接なコラボレーションも見られます。「みかんの花咲く丘」では、海沼が加藤省吾に対して「伊東の丘に立って海には島と船が浮かび、船には黒い煙を吐かせてほしい」という具体的な注文を出し、それが見事に反映された歌詞が完成しました。このような明確なイメージの共有が、名曲を生み出す秘訣となっています。
海沼實は童謡を「単なる音楽にあらず」と考えていました。童謡は子どもの情操教育のためのものであり、音楽スキルの向上だけでなく、心を育むための重要な役割を持っているという信念が作品に反映されています。保育士として海沼實の作品を活用する際には、この教育的な視点を意識することが大切です。chichi+1
海沼實の作品は繊細で几帳面な人柄がうかがえる内容になっています。作詞家の斎藤信夫は作品に一つひとつナンバーを振り、最後の作品の後にも続きのナンバーを準備していたことから、作詩に対する意欲と丁寧さが伝わってきます。
参考)https://www.ne.jp/asahi/sayuri/home/doyobook/doyo00kainuma.htm
結論は丁寧な創作姿勢です。
致知出版社のインタビューでは、三代目・海沼実が語る祖父の創作姿勢について詳しく読むことができます
海沼実作曲家の童謡が持つ普遍的価値
終戦前後の不毛の時期に希望を届けました。
海沼實は終戦前後という童謡・流行歌不毛の時期に、日本人に癒しと希望の歌を送った作曲家でした。戦争中も東京を離れずにNHKスタジオに通い続け、童謡を放送し続けた姿勢は、音楽による社会貢献の重要性を示しています。weblio+1
「里の秋」は当初「星月夜」というタイトルで、出征兵士の帰還を待つ内容として構想されていましたが、戦時中の検閲を考慮して内容が変更されました。戦後、本来の歌詞で放送されたときの反響は大きく、多くの人々の心に響きました。
痛いところですね。
海沼實の作品は2006年に文化庁が発表した「日本の歌100選」に選ばれるなど、日本の音楽文化における重要な位置を占めています。これらの作品が今も保育現場で歌い継がれているのは、時代を超えた普遍的な価値を持っているからです。
三代目・海沼実は現在、日本童謡学会理事長として童謡文化を世界に広める活動を続けています。国際的な児童音楽祭にアジア地区を代表して参加するなど、祖父が築いた童謡文化の継承と発展に取り組んでおり、保育士にとっても参考になる活動です。chunichi+1
海沼實の作品には約3000曲の童謡があり、その多くは未発表のままです。これらの作品を再発見し、現代の保育現場で活用することで、新たな価値が生まれる可能性があります。海沼實の遺した童謡は、保育士にとって子どもたちの心を育むための貴重な財産ということですね。
<表>海沼實の主な作品と特徴表>
| 作品名 | 作詞家 | 制作年 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 里の秋 | 斎藤信夫 | 1945年 | 放送直前に急いで制作、全国的大ヒット |
| みかんの花咲く丘 | 加藤省吾 | 1946年 | 作詞・作曲ともに30分で完成 |
| あの子はたあれ | 細川雄太郎 | 1939年 | 海沼實初期の代表作 |
| お猿のかごや | 山上武夫 | 制作年不明 | 保育現場で広く活用
参考)https://koutoku.ac.jp/toyooka/pdf/department/kiyou/29/29-2.pdf |
| 蛙の笛 | 斎藤信夫 | 制作年不明 | 海沼・斎藤コンビの代表作 |
厳しいところですね。
致知出版社の対談記事では、童謡の可能性と心を育む教育について深く語られています

最後の童謡作曲家海沼實の生涯: 天才作曲家の一生と名作の誕生秘話
