河村光陽 かもめの水兵さん 歌詞と保育で使えるポイント

河村光陽 かもめの水兵さん 歌詞

実は「かもめの水兵さん」の歌詞は、作詞家・武内俊子が横浜港でたった数時間で完成させた作品です。

この記事の3つのポイント
🎵

横浜港で生まれた名曲の背景

武内俊子が叔父を見送る際に目にしたかもめの姿が、その日のうちに歌詞となり、河村光陽が電話で聞いただけで作曲した奇跡の誕生秘話

📝

4番まである完全版歌詞

保育現場で歌われる歌詞の全容と、白い姿のかもめを水兵になぞらえた表現の工夫を詳しく解説

👶

保育士向け指導のコツ

子どもが覚えやすい「ド・ミ・ソ」の三和音から始まる旋律と、アクセントを活かした歌い方のポイント

河村光陽と武内俊子が生んだかもめの水兵さん歌詞

 

かもめの水兵さん」は、1937年(昭和12年)に発表された童謡で、作詞は武内俊子、作曲は河村光陽によるものです。武内俊子は1933年8月、ハワイへ移民した日本人への布教活動に向かう叔父・足利瑞義(浄土真宗本願寺派の宗教家)を見送るために横浜港の大さん橋を訪れました。夕暮れの秋晴れの空を飛び交う数十羽のかもめの姿に魅了された武内は、帰りの列車の中でこの詞を書き上げたと言われています。wikipedia+2

つまり即興で生まれた詞です。

武内はすぐにコンビを組んでいた河村光陽に電話で詞を伝えました。それを聞いた光陽はその場でピアノを弾き始め、その日のうちに曲を完成させたという驚異的なエピソードがあります。光陽は海の青とかもめの白の明瞭な組み合わせを曲で表現するために、音楽の基本的な三和音「ド・ミ・ソ」を歌いだしに用いて簡潔な旋律を作りました。

この曲は1937年4月にキングレコードから河村順子(光陽の長女)の歌唱でレコード化され、戦前および戦中の童謡レコードとしては大ヒットとなりました。meikyokuka.exblog+1

かもめの水兵さん歌詞全4番の内容

「かもめの水兵さん」の歌詞は全4番まで存在します。

以下が完全版の歌詞です。

1番

かもめの水兵さん

並んだ水兵さん

白い帽子 白いシャツ 白い服

波にチャップチャップ 浮かんでる

2番

かもめの水兵さん

駆け足水兵さん

白い帽子 白いシャツ 白い服

波をチャップチャップ 越えていく

3番

かもめの水兵さん

ずぶ濡れ水兵さん

白い帽子 白いシャツ 白い服

波でチャップチャップ お洗濯

4番

かもめの水兵さん

仲良し水兵さん

白い帽子 白いシャツ 白い服

波にチャップチャップ 揺れている

全身が白いカモメを、白い帽子・白いシャツ・白い服を着た水兵になぞらえた表現となっています。「チャップチャップ」という擬音語が波の音や動きを表現し、子どもにとって覚えやすく親しみやすい構成になっています。

参考)かもめの水兵さんの著者・刊行日 わかりやすく解説 Webl…

保育現場では全4番を歌うこともあれば、1番から3番までを選んで歌うこともあります。

河村光陽の代表曲と作曲家としての経歴

河村光陽(本名:河村直則)は1897年8月23日生まれ、1946年12月24日に49歳で亡くなった昭和期の童謡作曲家です。福岡県田川郡上野村(現在の福智町)出身で、「かもめの水兵さん」のほかに「うれしいひなまつり」など数々の名曲を残しました。wikipedia+3

1935年4月にポリドール・レコードの専属作曲家となり、1936年にキングレコードの専属作曲家となったのを機に河村光陽と改名しました。この時点で音楽教師を辞めて作曲に専念するようになります。1936年に発表した山野三郎作詞の「うれしいひなまつり」が大ヒットし、童謡作曲家としての地位を確立しました。weblio+3

光陽独特の跳ねるリズムと底抜けに明るい旋律は、後世に残る名曲を数多く生み出しました。

「かもめの水兵さん」は国内4か所に歌碑が存在し、武内の生誕地である広島県三原市、光陽の生誕地の福岡県田川郡福智町、東京都文京区、そして横浜市の山下公園にも楽譜と歌詞が刻まれた碑があります。

参考)42.かもめの水兵さん(山下公園)昭和12年-その1 : 名…

かもめの水兵さん歌詞を保育で活かすコツ

「かもめの水兵さん」のメロディは、詞の中にある言葉のアクセントを生かしたものとなっており、子どもが歌いやすく覚えやすいように作られています。歌いだしの「ド・ミ・ソ」の三和音は音楽の基本であり、子どもたちにとって音程を取りやすい構成です。wikipedia+2

歌いやすさが最大の特徴です。

保育現場では夏の季節(6月・7月・8月)に歌われることが多く、海や水辺をテーマにした活動と組み合わせて使われます。ピアノ伴奏では、跳ねるようなリズムを意識して明るく軽快に弾くことで、子どもたちが楽しく歌える雰囲気を作れます。

保育士として指導する際のポイントは以下の通りです。

  • 擬音語を強調する:「チャップチャップ」という擬音語を子どもたちと一緒に楽しく表現することで、波の動きをイメージしやすくなります
  • 身体表現と組み合わせる:かもめが飛ぶ様子や波の動きを手や体で表現しながら歌うと、子どもたちの理解が深まります
  • 番ごとの違いを意識する:1番の「浮かんでる」、2番の「越えていく」、3番の「お洗濯」など、各番で異なる動きを表現することで、歌詞の意味を体感できます

戦後は音楽の教科書にも採用され、1955年から1967年まで断続的に小学2年生を対象とした教科書に掲載されました。また、別刷で専門家による踊りの振り付けの解説もあり、運動会などの行事で遊戯として踊った幼児や小学生も数多くいます。

現代の保育現場でも、この歌は子どもたちに親しまれ続けています。

かもめの水兵さん歌詞の独自視点:横浜港の情景と保育での応用

「かもめの水兵さん」の歌詞には、横浜港の山下公園周辺で見られた実際の風景が反映されています。武内俊子が目にしたのは、汽笛とともに船が波止場を離れていく中、秋晴れの夕暮れ空を飛び交う数十羽のかもめたちでした。この美しい光景が、かもめを水兵に見立てるという独創的な発想につながりました。ko-cho+1

実際の風景から生まれた歌詞です。

保育現場でこの歌を扱う際、横浜港という具体的な場所の写真や映像を見せることで、子どもたちの想像力を刺激できます。また、かもめと水兵の共通点(どちらも白い服装)を子どもたちと一緒に探す活動も有効です。

さらに、河村光陽が電話で歌詞を聞いただけでその日のうちに作曲したというエピソードは、保育士にとっても重要な示唆を含んでいます。それは、子どもの表現活動において即興性や直感を大切にすることの価値です。計画的な活動も重要ですが、子どもたちのその場の発想やひらめきを素早く受け止めて形にする姿勢が、創造性を育てる上で欠かせません。

この歌は後に河村順子によって英語をはじめ、ヒンドゥー語、韓国語、ドイツ語など11か国の言葉に訳されました。特に英語訳「シーガル・セーラーズ(Seagull Sailors)」が有名です。多文化保育の観点から、他の言語バージョンを紹介するのも面白い試みになります。

保育現場での応用例としては、歌詞の各番を季節や天候の変化に関連付けて説明することも効果的です。1番の「浮かんでる」は穏やかな日、2番の「越えていく」は少し波のある日、3番の「ずぶ濡れ」は雨や水しぶきのある日というように、天候や自然現象と結びつけることで、子どもたちの観察力や表現力を育てられます。

楽しく学べる工夫が大切です。

「かもめの水兵さん」の詳しい歴史や歌碑の情報が掲載されているWikipediaの記事
横浜港と「かもめの水兵さん」の関係について詳しく解説した記事

赤とんぼ~美しい日本童謡旋律集