表現教育と保育と歌あそび
表現教育のねらいとしての保育の歌あそび
保育における歌やリズム遊びは、単に「歌を覚える」活動ではなく、心が安定し豊かになること、歌詞のイメージをふくらませて想像性を育むこと、友達と一体感を味わうことなど、複数の教育的意義を同時に持ちます。 ここでの表現教育の要点は、子どもが感じたこと・考えたことを音や動きにして外へ出す回路を増やすことです。
歌あそびの「ねらい」を書く場面(指導案・週案・月案)では、次のように言語化すると、表現教育として筋が通ります。根拠は、歌やリズム遊びが語彙の豊かさや想像性、一体感、リズム感、表現力などに関わると整理されている点です。
- 🎯 感じたことを声・身体の動きで表す楽しさを味わう(表現)。
- 🎯 友達と一緒に歌い、同じリズムを共有する心地よさを味わう(共同)。
- 🎯 歌詞からイメージを広げ、見立て・模倣・ごっこへつなぐ(想像)。
- 🎯 生活のリズム(切り替え)に歌を位置づけ、気持ちを整える(情緒)。
また、保育者が意識したいのは「正確さの強調はしすぎない」という視点です。教師(保育者)が表情豊かに楽しく歌うことが子どもの意欲につながり、子どもに正確さを強調しすぎない留意点が示されています。 つまり、表現教育としては「評価」より「参加のしやすさ」「試してみたくなる空気」を優先したほうが、結果的に声も動きも広がります。
表現教育を支える保育の環境と教材としての歌あそび
歌あそびを表現教育にするには、「その場で一緒に歌う」だけで終わらせず、子どもが思い出して繰り返せる環境を用意するのが効果的です。新しい歌の歌詞を紙に書いて掲示し、絵も添えることで文字が読めない子にも興味が届く、という具体例が示されています。
環境づくりのポイントは、子どもの“再生”を助ける手がかりを増やすことです。 例えば、次のような仕掛けはすぐ実装できます。
- 🖼️ 歌詞カード+イメージ絵(1番だけでもOK)を、子どもの目線の高さに掲示する。
- 🧸 導入にペープサート・人形・パネルシアターを使い、歌詞のイメージが湧くようにする。
- 🪑 集まりの定位置(円・半円)を固定し、歌うときの視線の落ち着き先を作る。
- 🔁 いつでも口ずさめる「定番」を数曲持ち、生活の切り替えに埋め込む(帰り前、片づけ前など)。
さらに意外と効くのが、「伴奏がない」状態も選択肢として肯定することです。伴奏はあってもなくてもよく、手拍子や足拍子など身近なものでリズムを取る工夫ができる、とされています。 楽器やピアノが必須だと思い込むより、保育室にすでにある“身体”を教材化するほうが、表現教育の入口としては強い場面があります。
参考:歌やリズム遊びの教育的意義・留意点(正確さを強調しすぎない、伴奏がなくてもよい等)
お茶の水女子大学 子ども発達教育研究センター『幼児教育ハンドブック』「音楽活動の指導:歌やリズムに親しむための活動」
表現教育につなげる保育者の援助:歌あそびの声かけと展開
歌あそびは「歌う→終わり」ではなく、「歌う→表す→つくる」へ展開できると表現教育になります。実践のヒントとして、替え歌を子どもが考えた言葉で作って歌い合うことが楽しい、という提案があります。 ここは、保育者が“作らせる”より、“出てきた言葉を拾って形にする”ほうが成功しやすいところです。
声かけのコツは、正解誘導を弱め、観察した事実を言葉にして返すことです。例えば同じ歌でも、表現の焦点を少しずつ変えると、子どもの出方が変わります。
- 👂「今の“ここ”のところ、音が小さくなったね。そうしたくなった気持ち、ある?」(気づきの言語化)
- 🦶「足はどんな歩き方にしたい?ゆっくり?ぴょんぴょん?」(身体表現の選択)
- 🗣️「その言い方おもしろい。みんなも同じ言い方で言ってみる?」(共有化)
- 🧠「歌の途中、手を止めたくなる所ある?止めたらどんな感じ?」(間・集中)
また、活動の配置(いつ歌うか)も援助の一部です。活発に活動した後に休息を兼ねて歌を組み込むと効果的、という留意点が示されています。 歌あそびを「始まりの盛り上げ」だけに固定せず、「落ち着きを取り戻す」「気持ちを整える」時間に置くと、表現教育が“生活”に根づきます。
そして、保育者が一緒に踊ったり歌ったりして共に楽しむことが望ましい姿として示されています。 子どもは保育者の顔・声・動きのエネルギーを手がかりにするので、技術よりも「一緒にやっている」こと自体が最大の援助になる場面があります。
表現教育の実践例:保育の歌あそびを音楽あそびに拡張する
表現教育として厚みを出すなら、歌あそびを「うたあそび・手あそび・リズムあそび・楽器あそび・身体表現あそび・劇あそび」などに横展開できる、という整理が参考になります。 ここでのポイントは、同じ1曲から活動の“種”を複数生み出し、子どもの反応に合わせて次の表現を選べる状態を作ることです。
実践で扱いやすい「拡張ルート」を、保育現場向けに具体化します。
- 🎵 歌→オノマトペ:歌詞や合いの手を、擬音語(ドン、トントン等)に置き換えてリズム遊びにする(声と身体がつながる)。
- 👏 歌→ボディーパーカッション:手拍子・膝打ち・足踏みで“拍”を共有し、揃う気持ちよさを味わう(伴奏がなくても成立)。
- 🥁 歌→楽器:鈴やタンブリン等で「どこで鳴らすか」を決め、繰り返し(オスティナート)を作ると合奏が簡単になる、という考え方が示されています。
- 🎭 歌→物語(音楽劇):好きな歌・身近な歌を数曲選び、歌の間にナレーションやセリフを入れて物語としてつなぐ「ドラムジカ」が紹介されています。
ここで意外性が出るのが、歌と歌の“間”に価値があるという視点です。ドラムジカは、歌の間にセリフやナレーションを織り込み、想像力をふくらませ協同しながら即興表現を楽しむ音楽劇だと説明されています。 日常の歌あそびでも、間に「次どうする?」「どんな声がいい?」を挟むだけで、子どもが表現を“選ぶ”時間が生まれ、活動の質が上がります。
参考:身近な歌から即興表現(ドラムジカ、音楽あそびの種の整理、器楽あそびのねらい等)
山口芸術短期大学研究紀要「表現する力を育む音楽あそびの一考察」(2025)
表現教育×保育の独自視点:歌あそびの「記録」と「再現性」を上げる
検索上位の歌あそび記事はレパートリー紹介や盛り上げ方に寄りやすい一方で、「翌週にどう改善するか」という記録の話が薄くなりがちです。そこで独自視点として、歌あそびを表現教育に変える“記録の型”を提案します(難しい評価尺度ではなく、現場で回る最小単位に落とします)。
記録の目的は、上手にできたかを採点することではありません。歌やリズム遊びが、想像性・表現力・一体感・語彙などに関わると整理されているので、どの芽が動いたかを次の援助へつなぐのが記録の役割になります。
おすすめは、次の「3点だけメモ」です(1回1分で書ける量にします)。
- 🧭 ねらいに対する反応:一体感が出た瞬間はいつか/誰がきっかけか(例:手拍子が揃った、誰かの替え歌に笑いが広がった)。
- 🔍 表現の質感:声の強弱、テンポの変化、動きの工夫など“表現としての変化”が起きた場面(正確さではなく変化を拾う)。
- 🔁 次の一手:替え歌にする/楽器を足す/掲示を作る等、次回の環境か声かけの改善点(伴奏の有無もここで検討できる)。
さらに、掲示や導入小物は「再現性」を上げる装置になります。歌詞を紙に書いて掲示したり、イメージに沿った絵を添えたりする工夫は、子どもがいつでも歌える手がかりになるとされています。 つまり、記録(内省)と掲示(環境)をセットにすると、表現教育として“積み上がる”歌あそびになります。
最後に、保育者の側のハードルも下げておきます。音楽活動は、保育者が楽しんで行うことで子どもが一緒に楽しさを共有し始める、とされています。 「上手にやる」より「次回はここを変えてみる」が回り始めた時点で、もう十分に表現教育の実践です。

まんが表現教育論

